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水の都市

「まったく、あなたたちは本当に面倒ですこと」

クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスは長い金髪を指で弄びながら、氷のような視線で目の前の三人の男を見下ろした。彼女の背後で、七色に輝く海が広がっていた。

「『碧水の都』シーブルームへ行くだけの話なのに、なぜこんなに騒ぐのかしら?」

「な、何を言ってるんだ!」先頭の男性が怒鳴った。「貴様が我々の船を燃やしたんだぞ!」

クラウディアは顔を覆い隠すように大きな扇子を開き、優雅に仰ぎながら笑った。

「ホーッホッホッホ! そんな小さな漁船、わたくしの『雷鳴剣』の訓練には最適でしたわ。感謝されこそすれ、なぜ怒るのかしら?」

レオ・グラントは溜息をついた。背が高く、真面目そうな顔立ちの青年は、常にクラウディアの横で彼女の暴走を見守っていた。額に手を当て、疲れた表情で言った。

「クラウディア様、他人の船に避雷針の練習をするのはダメだと何度も申し上げているでしょう」

「あら、レオったら!あの船はまるで『雷電を呼べ』と言わんばかりに波間に浮かんでいたのよ?」

クラウディアの背後で、白い魔法のローブを身にまとった少女が小さく咳払いをした。エルナ・セフィリアだ。彼女は人ごみの中でも浮かび上がるような透明感を持ち、淡い青紫色の髪が風に揺れていた。

「クラウディアさん、私たちは注目を集めないようにしなければならないのでは…?」

クラウディアは派手な赤と金のドレスの裾を持ち上げ、高らかに笑った。

「ホーッホッホッホ!わたくしは『雷鳴の覇姫』ですのよ? 隠れる必要などないわ!」

怒った漁師たちはさらに仲間を呼び集め、今や十人近くがクラウディアたちを取り囲んでいた。港町フェリシアの埠頭は、魚や香辛料の香りが立ち込め、人々の話し声や海鳥の鳴き声が響いていた。浮遊大陸アルメイダの西に位置するこの港町は、『碧水の都』シーブルームへの重要な中継地点だった。

「賠償金を払え!」漁師の一人が叫んだ。

「あら、お金がほしいの?」クラウディアは微笑み、胸元に手を当てた。彼女のデコルテは大胆に開かれており、レオは少し目をそらした。「わたくしがサインをあげるわ。これで十分でしょう?『雷鳴の覇姫』クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスのサイン入り肖像画は、いずれ高値で取引されることになるのだから!」

漁師たちの顔が怒りで真っ赤になった。

「冗談じゃない!金を出せ!」

レオは前に出て、落ち着いた声で言った。「申し訳ありません。彼女の行動には責任を持ちます。適正な補償をさせていただきます」

彼は小さな革袋から金貨を取り出し、漁師たちに渡した。漁師たちは金貨を数え、最終的に納得したようだった。

「これでいいんだ。だが、あの女は二度とここに近づくな!」

彼らが立ち去ると、レオはため息をついた。

「クラウディア様、私たちの資金は限られています。こうして無駄遣いしていては…」

クラウディアは手を振った。「大丈夫よ、レオ。いざとなれば、わたくしの魅力で何とかなるわ!」

彼女は胸を張り、自信に満ちた笑みを浮かべた。確かに、クラウディアの美しさは人々の視線を集めていた。黄金の髪、真っ赤な瞳、そして完璧なプロポーション。しかし、彼女の騒々しい性格と自己顕示欲は、しばしば彼らを危険な状況に追い込んでいた。

エルナは静かに言った。「でも、クラウディアさん。『水の断片』を探しに行くなら、もう少し…慎重に行動した方がいいと思います」

クラウディアは扇子を閉じ、真面目な表情になった。

「そうね、エルナ。あなたの言うとおりかもしれないわ」

突然、彼女の真剣な表情が崩れ、いつもの高笑いに戻った。

「でも、わたくしは『雷鳴の覇姫』ですの!目立つのがわたくしの役目よ!ホーッホッホッホ!」

レオは再び溜息をついた。「では、シーブルームへの船はどうしますか?」

クラウディアは腰に下げた剣の柄に手を置いた。雷鳴剣と呼ばれるその武器は、古の神々と戦った英雄「雷王」ザゴラス・イグニスから伝わる秘宝だった。

「安心なさい、レオ。わたくしには計画があるわ」

レオとエルナは顔を見合わせた。クラウディアの「計画」は、通常、さらなる混乱をもたらすだけだった。

フェリシア港の最も大きな酒場「海竜亭」は、夕刻になると船乗りや冒険者でにぎわっていた。壁には巨大な海獣の剥製が飾られ、空中に浮かぶ発光石が淡い光を放っていた。

クラウディアたちは角のテーブルに座り、次の行動を相談していた。

「シーブルームは浮遊大陸アルメイダの中でも特別な場所です」エルナは小さな声で説明した。「『水の断片』は、シーブルームの中心にある『永久の泉』に眠っているはずです」

レオはテーブルの上に地図を広げた。シーブルームは港町フェリシアから北西に位置し、巨大な滝に囲まれた都市だった。

「普通の船では近づけないわね」クラウディアは思案顔で言った。

「そうです」エルナは頷いた。「シーブルームは魔法の結界に守られています。特別な『水晶の船』でなければ、滝の帳を越えることができません」

クラウディアは突然、顔を輝かせた。「それなら簡単よ!ここで『水晶の船』を持つ船長を見つけ出し、わたくしの魅力で協力させればいいのね!」

レオは苦笑いした。「そう簡単にはいかないでしょう。『水晶の船』は数が限られていますし、持ち主は簡単に他人に貸したりしません」

この時、酒場の入り口が勢いよく開き、五人の男たちが入ってきた。彼らは黒い制服を身につけ、胸には「煉」の文字が刺繍されていた。

「煉界教団…!」エルナは小さく息を飲んだ。

クラウディアは軽く眉を上げただけだった。「あら、追っ手が来たようね」

彼女は立ち上がろうとしたが、レオが彼女の腕を掴んだ。

「ここでは駄目です。無関係の人々を巻き込んでしまう」

クラウディアは不満そうに唇を尖らせたが、すぐに笑みを浮かべた。

「わかったわ。では…別の方法で」

彼女は優雅に立ち上がり、酒場の中央にあるステージへと歩いていった。教団の男たちはまだクラウディアたちに気づいていないようだった。

「クラウディア様、何をするつもりですか?」レオは焦った声で呼びかけたが、クラウディアは聞こえない振りをした。

ステージに立ったクラウディアは、高らかな声で宣言した。

「諸君!今宵、特別な歌をお聞かせしますわ!」

酒場の客たちが彼女に注目し始めた。クラウディアの美しさと堂々とした態度は、すぐに人々の視線を集めた。

「レオ、エルナ。わたくしが注意を引いている間に、裏口から逃げなさい」彼女は小さく囁いた。

レオは困惑した表情を見せた。「クラウディア様を置いていくわけにはいきません」

「大丈夫よ。わたくしは『雷鳴の覇姫』ですもの。あとで合流するわ」

クラウディアは歌い始めた。その声は驚くほど美しく、酒場中が静まり返った。古の英雄たちを讃える叙事詩を、彼女は感情を込めて歌い上げた。

教団の男たちも足を止め、クラウディアの歌声に聴き入っていた。しかし、すぐに一人が彼女の正体に気づいたようだった。

「あれは…クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスだ!」

教団の男たちが一斉にクラウディアに向かって動き出した。クラウディアは歌を中断し、高笑いを上げた。

「ホーッホッホッホ!やっと気づいたのね。遅いわよ!」

彼女は雷鳴剣を抜き、剣先から青い電光が走った。

「みなさん、少々お騒がせしますわよ!」

教団の男たちが魔法の詠唱を始めたとき、クラウディアは剣を振り下ろした。

「雷鳴剣・壱の型『閃電穿破』!」

空気を切り裂き、青白い電撃が敵を直撃した。一人の男が悲鳴を上げ、床に倒れた。残りの男たちは互いに顔を見合わせ、一斉に攻撃を開始した。

「炎よ、燃え上がれ!」

赤い火球がクラウディアに向かって飛んできた。彼女は軽々と身をかわし、テーブルの上に飛び乗った。

「あら、これでは建物が燃えてしまうではありませんの!」

彼女は再び剣を振るった。

「雷鳴剣・弐の型『閃電貫矢』!」

剣を横に振ると、青い電光の矢が黒い影の前方に飛んでいった。その矢は地面に突き刺さり、爆発した。男たちは吹き飛ばされ、酒場の客たちは悲鳴を上げて逃げ出した。

「ふふ、これぐらいでダウンとは、煉界教団も大したことないわね」

クラウディアが高笑いを上げていると、後ろから声がした。

「クラウディア様!」

振り返ると、レオとエルナがまだ店内にいた。

「あら、あなたたち、まだいたの?早く逃げなさいと言ったでしょう!」

レオは真剣な表情で言った。「クラウディア様を置いていくわけにはいきません。それに…」

彼は入り口を指さした。そこには、さらに多くの煉界教団の構成員が現れていた。中央には、赤い髪の男性が立っていた。

「赤き腕のレイゼル…!」エルナの声が震えた。

レイゼルは冷たい微笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス。お前を見つけるのに手間取ったぞ」

クラウディアはまったく動じていなかった。

「あら、これはこれは。『紅蓮の七賢』の一人が直々にお出ましとは光栄ですわ」

彼女は扇子を開き、顔の下半分を隠した。

「ただ、残念ながら、今日はお相手する時間がありませんの」

レオが前に出て、剣を構えた。「クラウディア様、エルナ様、逃げてください。私が時間を稼ぎます」

クラウディアは軽く頭を振った。「いいえ、レオ。あなたこそエルナを連れて逃げなさい。わたくしは…」

彼女は雷鳴剣を高く掲げた。剣から青い電光が走り、空気中にパチパチという音が響いた。

「雷鳴剣・参の型『天雷落衝』!」

彼女の剣から巨大な雷が酒場の天井を突き破り、空へと伸びていった。轟音とともに、建物全体が揺れ始めた。

「今よ!」

クラウディアはレオとエルナの手を掴み、混乱に乗じて裏口へと走った。彼らが外に飛び出すと、酒場の屋根が崩れ落ち始めていた。

「クラウディア様、またですか…」レオは呆れた声で言った。

「文句は後にして!早く港へ向かいましょう!」

三人は港に向かって走り出した。夜の闇に紛れ、彼らは追手から逃れようとしていた。

月明かりだけが照らす浜辺で、クラウディアたちは息を整えていた。港から少し離れた入り江は、人目につかず、隠れるには最適の場所だった。

「ふぅ、なんとか逃げ切れたわね」クラウディアは髪を整えながら言った。

レオは彼女を厳しい目で見た。「クラウディア様、今回の件は度が過ぎています。あなたのせいで、また一つ建物が崩壊してしまいました」

クラウディアは悪びれる様子もなく肩をすくめた。「仕方ないでしょう?煉界教団が現れたのだから、多少の犠牲は覚悟しないと」

エルナは不安そうに海を見つめていた。「でも、これでシーブルームへ行くのが難しくなりました。レイゼルたちは港を監視しているでしょうから…」

クラウディアは突然、明るい表情になった。

「大丈夫よ、エルナ。見てごらんなさい」

彼女は浜辺の奥にある洞窟を指さした。月明かりに照らされ、そこには美しい船が停泊していた。その船体は透明な水晶でできており、淡く青い光を放っていた。

「『水晶の船』!」エルナは驚きの声を上げた。「どうやって…?」

クラウディアは得意げに胸を張った。「ホーッホッホッホ!わたくしが知り合いの船長から借りてきたのよ」

レオは疑わしげな目で彼女を見た。「知り合いの船長…?」

「そうよ。ちょっとした取引をしただけ」

「クラウディア様…まさか盗んだのでは?」

クラウディアは扇子で彼の頭を軽く叩いた。「失礼ね!わたくしは盗みなんてしませんわ。ちゃんと高額の担保を置いてきたのよ」

「担保…?」

「ええ、雷鳴の覇姫の直筆サイン入り肖像画よ!価値は計り知れないわ!」

レオは頭を抱えた。「それは担保になりません…」

エルナは水晶の船に近づき、その美しさに見とれていた。「本物の水晶の船…これでシーブルームに行けます」

クラウディアは満足げに頷いた。「さあ、乗り込みましょう。夜明け前に出発するわよ」

三人は船に乗り込んだ。水晶の船の内部は外観と同様に透明で、床下には海水が見え、時折魚の群れが泳ぐ姿も確認できた。

「魔法の船ね…」クラウディアは感心したように呟いた。

レオは船の操縦席に座り、複雑そうな魔法の装置を調べ始めた。「どうやって動かすのでしょう…」

エルナが小さく咳払いをした。「私が…知っています」

彼女は前に出て、操縦席の中央にある青い宝石に手を当てた。宝石が彼女の手に反応し、明るく輝き始めた。

「エルナ、あなた『水晶の船』の操縦方法を知っていたの?」クラウディアは驚いた様子で尋ねた。

エルナはわずかに頷いた。「はい…以前、シーブルームに行ったことがあります」

「そう…」クラウディアは思案顔になった。「あなたには謎が多いわね」

エルナは水晶の船の操縦に集中し始めた。船はゆっくりと浮き上がり、水面から数メートルの高さで静止した。

「出発します」エルナが静かに言った。

船は静かに、しかし素早く海上を進み始めた。波を切る音もなく、まるで空を飛んでいるかのような感覚だった。

夜明け前の海は静かで、遠くには浮遊大陸アルメイダの輪郭が見えていた。クラウディアは船の先端に立ち、風を受けて髪を靡かせていた。

「すばらしい眺めね」

レオは彼女の隣に立った。「クラウディア様、煉界教団の『紅蓮の七賢』が直接動いているということは…」

「ええ、わかっているわ」クラウディアは真剣な表情になった。「彼らはわたくしの力を『異端の鍵』として狙っている。そして今、『水の断片』まで…」

エルナは船を操縦しながら、静かに言った。「七つの断片が集まると、神兵アポクリュファが復活します。そして…」

「神々との決戦が再び始まる」クラウディアは呟いた。「わたくしの血に眠る『神の因子』が…目覚めてしまうわ」

一瞬の沈黙の後、クラウディアは突然、いつもの高笑いを上げた。

「ホーッホッホッホ!でもそんなこと、わたくしは恐れませんわ!わたくしは『雷鳴の覇姫』クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス。いずれ世界最強の女王になる者ですもの!」

彼女の高笑いは海風に乗って遠くまで響いた。

水晶の船は黎明の海を静かに進んでいた。朝日が昇り始め、海面が金色に輝き始めた頃、遠くに巨大な水柱が見えてきた。

「あれが…シーブルームの守り?」レオが尋ねた。

エルナは頷いた。「はい、『永遠の滝』です。外側からは近づけないようになっています」

彼らが近づくにつれ、その滝の壮大さが明らかになってきた。巨大な水の壁が円を描き、その内側に都市が浮かんでいた。水は上から下へではなく、下から上へと流れ、まるで重力に逆らっているかのようだった。

「見事な魔法の結界ね」クラウディアは感嘆の声を上げた。

エルナは船を操り、滝に向かって進んだ。

「このまま…滝に突っ込むの?」レオは不安そうに尋ねた。

「大丈夫です。水晶の船なら通れます」

エルナの言葉通り、船は滝の壁に触れると、まるで水が開くかのように、すっと内側へと通り抜けた。

水の帳を抜けると、そこには夢のような光景が広がっていた。

「これが『碧水の都』シーブルーム…」クラウディアは息を呑んだ。

都市全体が巨大な水盤の上に浮かんでいた。建物は青や緑の半透明な水晶でできており、至る所に小さな運河や噴水が配置されていた。都市の中心には巨大な塔が立ち、その頂上から虹色の光が放たれていた。

「美しい…」レオも感嘆の声を上げた。

エルナは船を都市の港へと向けた。「あそこに停泊します」

港には他にも数隻の水晶の船が停泊していた。彼らの船が近づくと、水の精霊のような姿をした港の管理人が手を振った。

「ようこそ、シーブルームへ」

船が停泊すると、クラウディアたちは上陸した。シーブルームの空気は湿度が高く、しかし不思議と心地良かった。水の香りがし、どこからともなく優しい音楽が聞こえてきた。

「まず、『永久の泉』に向かいましょう」エルナが提案した。「そこに『水の断片』があるはずです」

クラウディアは派手な赤と金のドレスで街を歩き始めた。彼女の姿は、青と緑を基調としたシーブルームでは一際目立っていた。

「クラウディア様、もう少し目立たないようにした方が…」レオが提案した。

「無理よ、レオ」クラウディアは笑った。「わたくしが目立たないなんて、太陽が輝かないようなものだわ!」

彼らが中央広場に向かって歩いていると、突然、警報の音が響き渡った。

「なに?」クラウディアは驚いて立ち止まった。

周囲の人々が慌ただしく動き始め、広場の中央にある水晶の塔から青い光が放たれた。

「侵入者警報です」エルナが小声で言った。「煉界教団が…」

彼女の言葉を裏付けるように、空から黒い煙が立ち昇り、それが人の形に変化していった。十数人の黒装束の人物が、空から降り立った。

「まさか、ここまで追ってくるとは…」レオは剣を抜いた。

クラウディアは不満そうに唇を尖らせた。「本当に面倒な連中ね」

彼女も雷鳴剣を抜き、戦闘態勢に入った。

黒装束の一人が前に出て、宣言した。

「全ての者に告ぐ!我々、煉界教団は『水の断片』を回収しに来た。邪魔する者は容赦しない!」

シーブルームの住民たちは恐怖に震え、逃げ惑い始めた。

「ホーッホッホッホ!」クラウディアの高笑いが広場に響き渡った。「わたくしの前で、そんな大口を叩くとは!」

彼女は前に進み出て、雷鳴剣を高く掲げた。

「聞きなさい!わたくしは『雷鳴の覇姫』クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス!あなたたちの相手をしてあげるわ!」

黒装束たちはクラウディアに気づき、一斉に攻撃の姿勢を取った。

「それが『異端の鍵』を持つ女か…捕らえろ!」

彼らは一斉に魔法の詠唱を始めた。空気が重くなり、水の精霊たちが苦しそうな表情で蠢き始めた。

「水の精霊たちを苦しめるなんて…許せない!」エルナの声には珍しく怒りが含まれていた。

彼女は杖を取り出し、詠唱を始めた。

「水の精よ、我に力を…」

クラウディアは剣を振るった。

「雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」

無数の電撃が放たれ、敵達を次々と打ち倒していった。しかし、敵の数は多く、次々と魔法を放ってきた。

「クラウディア様、このままでは民間人が巻き込まれます!」レオが叫んだ。

クラウディアは一瞬考え、頷いた。「わかったわ。では…」

彼女は高く飛び上がり、広場の中央にある噴水の上に着地した。

「聞きなさい、煉界教団の諸君!わたくしを捕まえたいのなら、あの塔で待っているわ!」

彼女は中央にそびえ立つ水晶の塔を指さした。

「来られるものなら来なさい!ホーッホッホッホ!」

クラウディアは再び高く飛び上がり、驚くべき身軽さで建物の屋根を飛び移り、塔の方向へと走り去った。

「クラウディア様!」レオは叫んだ。

「レオ、エルナ!あなたたちも来なさい!」

クラウディアの声が風に乗って届いた。

レオとエルナは顔を見合わせ、彼女を追いかけることにした。敵の一部もまた、クラウディアを追って塔の方向へと移動し始めた。

「作戦はあるのでしょうか?」レオは走りながらエルナに尋ねた。

エルナは小さく頷いた。「多分…クラウディアさんは『永久の泉』に向かっています」

シーブルームの中央に立つ水晶の塔は、「セレスティア」と呼ばれていた。塔の内部は螺旋状の階段が続き、壁には古代の文字で書かれた碑文が刻まれていた。

クラウディアは軽やかな足取りで階段を駆け上がっていた。彼女の背後からは、煉界教団の追手の足音が響いていた。

「ホーッホッホッホ!もっと速く追いかけなければ、わたくしには追いつけませんわよ!」

彼女の高笑いは塔内に響き渡った。

やがて彼女は塔の最上階に辿り着いた。そこには広大な円形の部屋があり、中央には巨大な泉が輝いていた。

「これが『永久の泉』…」

泉の水は七色に輝き、まるで星空のようだった。そこからは清らかな水が絶え間なく湧き出し、塔の外壁を伝って都市全体を潤していた。

クラウディアは泉に近づき、その中央を覗き込んだ。底の方に、小さな青い光が見えた。

「あれが『水の断片』ね…」

彼女が手を伸ばそうとしたとき、階段から声が聞こえてきた。

「クラウディア様!」

振り返ると、レオとエルナが息を切らして部屋に駆け込んできた。

「あなたたち、よく来たわね」クラウディアは笑顔で迎えた。

「煉界教団が後を追っています」レオは警戒しながら言った。「何か計画があるのですか?」

クラウディアは泉を指さした。「あそこに『水の断片』があるわ。エルナ、取り出し方を知っている?」

エルナは泉に近づき、静かに言った。「はい…でも、簡単ではありません。『水の断片』は、相応しい者にしか取り出せないように封印されています」

「相応しい者?」レオは首を傾げた。

「そう…」エルナは自分の胸元の小さな青い石を触った。「これは『水の鍵』。私の一族に伝わるものです」

クラウディアは驚いた表情を見せた。「あなたが『水の鍵』を持っているの?」

エルナは小さく頷いた。「はい。私は…」

彼女の言葉は中断された。階段から黒い影が現れ、十数人の煉界教団の構成員が部屋に入ってきた。

「捕まえた!」先頭の男が叫んだ。

クラウディアは不満そうに唇を尖らせた。「まったく、タイミングが悪いわね」

彼女は雷鳴剣を構え、レオも剣を抜いた。彼らは泉を守るように立ちはだかった。

「エルナ、『水の断片』を取り出して!わたくしたちが時間を稼ぐわ!」

エルナは頷き、泉に向かって歩み寄った。彼女は胸元から青い石を取り出し、両手で持ち上げた。

「さあ、始めるわよ!」クラウディアは高らかに宣言した。「レオ、背中を任せるわ!」

「はい、クラウディア様!」

煉界教団の構成員たちが一斉に攻撃を開始した。黒い魔法の弾が飛び交い、部屋中に闇の触手が伸びていった。

クラウディアは剣を振るい、魔法の弾を叩き落とした。

「雷鳴剣・伍の型『雷震怒濤』!」

彼女の剣が宙を舞い、青い光の渦が怪物を襲った。いくつかの影が倒れたが、すぐに別の者が前に出てきた。

レオも素早く剣を振るい、クラウディアの背後からの攻撃を防いでいた。

「思ったより手強いわね」クラウディアは息を切らしながら言った。

この時、部屋の後方から新たな足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには赤い髪の男性が立っていた。

「レイゼル!」クラウディアは歯を食いしばった。

赤き腕のレイゼルは冷たい微笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス。ついに追い詰めたぞ」

彼の右腕が赤く輝き、炎に包まれた。

「その『異端の鍵』を、我が主のために頂く」

クラウディアは高笑いを上げた。「ホーッホッホッホ!いつも同じセリフですこと。あなたがわたくしに勝てると思っているの?」

レイゼルは冷笑した。「前回は運が良かっただけだ。今回はそうはいかない」

彼は突然、前に踏み出し、赤い炎の刃を形成した。その速さは目を見張るものだった。

「くっ!」

クラウディアは急いで身をかわしたが、彼女のドレスの裾が炎に触れ、燃え始めた。彼女は素早く剣で炎を叩き消した。

「あら、このドレス、気に入っていたのに!」

彼女は怒りを露わにし、剣を構え直した。

「レオ、頼むわ。エルナを守って!」

「しかし、クラウディア様!」

「行きなさい!」

レオは渋々頷き、エルナの側へと移動した。エルナは泉の前で祈りを捧げるように立ち、青い石から光が放たれていた。

クラウディアとレイゼルは対峙した。彼女の剣から青い電光が、彼の腕から赤い炎が放たれ、空気が震えるほどの緊張感が漂っていた。

「始めましょうか、レイゼル」

クラウディアは真剣な表情で言った。彼女の赤い瞳には決意の光が宿っていた。

「望むところだ!」

レイゼルは炎の刃を振るい、クラウディアに襲いかかった。彼女もまた剣を振るい、二人の武器がぶつかり合った瞬間、青と赤の光が爆発のように広がった。

泉の前でエルナは静かに詠唱を続けていた。彼女の持つ青い石は、泉の水と共鳴するように輝きを増していった。

「水の精よ、古の約束を思い出せ…」

彼女の周りには淡い青い光が満ちていた。レオは彼女を守るように立ち、時折飛んでくる魔法の弾を剣で叩き落としていた。

一方、クラウディアとレイゼルの戦いは激しさを増していた。二人は互いに一歩も譲らず、攻撃と防御を繰り返していた。

「『雷王』の血を引く者の力、確かに侮れんな」レイゼルは言った。

クラウディアは息を整えながら、扇子で顔を扇いだ。「あなたも、なかなかやるじゃない。でも…」

彼女は突然、剣を高く掲げた。

「わたくしは負けませんわ!雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」

無数の電撃が放たれ、レイゼルに向かって飛んでいった。彼は右腕から炎の盾を作り出し、防御した。

「無駄だ!」

彼は炎の壁を突き破り、クラウディアに接近した。二人の間で激しい剣戟が交わされ、部屋中に光と闇が渦巻いた。

「クラウディア様!」レオは彼女を心配して叫んだ。

「心配いりませんわ、レオ!」クラウディアは高笑いを上げた。「これくらい、朝飯前ですわよ!」

彼女の自信に満ちた声に、レオは少し安心したように見えた。

この時、エルナの詠唱が最高潮に達した。

「来たれ、『水の断片』!古の契約に従い、我が手に!」

泉から青い光が噴き出し、水が渦を巻き始めた。部屋中の者が一瞬、動きを止めて見守った。

泉の中から、小さな青い結晶が浮かび上がってきた。それは手のひらサイズの、美しい水晶だった。

「『水の断片』!」レイゼルが叫んだ。

彼はクラウディアを押しのけ、泉に向かって突進した。

「させるか!」レオが剣を構え、彼の前に立ちはだかった。

「邪魔するな!」

レイゼルの炎の剣がレオの胸を貫いた。

「レオ!」クラウディアは叫んだ。

レオは痛みに顔を歪めながらも、剣を握りしめ、レイゼルの動きを止めていた。

「クラウディア様…エルナ様を…」

彼の言葉は途切れた。レイゼルは冷たく彼を見下ろし、剣を引き抜いた。レオは床に倒れ込んだ。

「レオ!」

クラウディアは怒りに震え、雷鳴剣から強烈な電光が放たれた。

「許さない…許さないわ!」

彼女の怒りは、剣の力を増幅させているようだった。青い電光が部屋中を覆い、煉界教団の構成員たちは恐怖に震えた。

「雷鳴剣・玖の型『天帝結界』!」

剣から青い電光が放射状に広がり、エルナとレオを覆う半球状の盾を形成した。

「エルナ!『水の断片』を!」

エルナは頷き、泉から浮かび上がった青い結晶を手に取った。その瞬間、結晶から強烈な光が放たれ、部屋中が青い光に包まれた。

「なんということだ…」レイゼルは眩しい光に目を細めた。

光が収まると、エルナの手の中の結晶は彼女の体内に吸収されたようだった。彼女の体は淡く青く輝いていた。

「エルナ?」クラウディアは驚いて彼女を見た。

エルナはゆっくりと目を開け、静かに言った。「大丈夫です…『水の断片』は、私の中に…」

レイゼルは怒りに震えた。「そんなことを許すか!」

彼は再び攻撃しようとしたが、クラウディアは雷鳴剣を振るい、彼の前に立ちはだかった。

「あなたの相手はわたくしよ!」

二人はまた戦いを始めようとしたが、突然、塔全体が揺れ始めた。

「なに!?」

床に亀裂が入り、壁から水が噴き出し始めた。

「塔が崩れる!」誰かが叫んだ。

レイゼルは状況を見極め、後退した。

「今回はここまでだ。だが、次は必ずお前を捕らえる」

彼は黒い煙に姿を変え、塔の窓から飛び出していった。残りの煉界教団の構成員たちも、次々と逃げ出した。

クラウディアはすぐにレオの元に駆け寄った。

「レオ!大丈夫?」

レオは弱々しく目を開けた。「クラウディア様…エルナ様は…?」

「無事よ。『水の断片』も手に入れた」

彼は安心したように微笑んだ。「よかった…」

エルナが近づいてきて、レオの傷に手を当てた。

「治療します…」

彼女の手から青い光が放たれ、レオの傷が徐々に癒えていった。

「エルナ、あなた…」クラウディアは驚いた表情で見守った。

「『水の断片』の力です…」エルナは静かに説明した。「でも、塔がもたない。早く逃げましょう」

クラウディアはレオを抱きかかえ、立ち上がった。

「行きましょう!」

三人は急いで塔を降り始めた。塔は激しく揺れ、壁から水が噴き出し、階段が崩れ落ちていた。

「ここも崩壊するのね…」クラウディアは少し恥ずかしそうに言った。

「今回はクラウディアさんのせいではありません」エルナは小さく笑った。「『水の断片』が抜かれたことで、塔のバランスが崩れたのです」

彼らは何とか塔の外に脱出した。振り返ると、美しい水晶の塔が少しずつ崩れ落ちていた。

「申し訳ありません…」エルナは悲しそうな表情で言った。

「あなたのせいじゃないわ」クラウディアは彼女の肩に手を置いた。「それより、レオの具合は?」

レオは意識を取り戻し、自分の足で立てるようになっていた。

「大丈夫です。エルナ様のおかげで…」

エルナは静かに頷いた。「でも、完全に治るには時間がかかります」

シーブルームの住民たちが混乱する中、クラウディアたちは水晶の船が停泊する港に向かった。

「水の断片」を手に入れたことで、彼らの旅はまた一歩進んだ。しかし、煉界教団の追跡は続き、前途には更なる危険が待ち受けていた。

シーブルームの港は混乱の渦中にあった。中央の塔が崩れ落ちる様子に、住民たちは恐怖と悲しみで声を上げていた。

「何が起きているのか?」 「永久の泉が…」 「これは前兆なのか?」

不安の声が飛び交う中、クラウディアたちは急いで水晶の船に乗り込んだ。

「早く出発しましょう」エルナは操縦席に座った。

レオはまだ傷の痛みを感じているようだったが、必死に耐えていた。

「次はどこに向かいますか?」

クラウディアは思案顔で言った。「そうね…『水の断片』を手に入れたことで、次は『土の断片』を探すべきね」

エルナが静かに言った。「『土の断片』は、砂漠の都市『テラドーム』にあるとされています」

「テラドーム…」クラウディアは考え込んだ。「浮遊大陸の東端にある都市ね」

船は水の壁を抜け、外海へと出た。彼らの背後では、シーブルームの塔が完全に崩れ落ちていた。

「塔が崩れても、都市は無事なのね」クラウディアは少し安心した様子で言った。

エルナは頷いた。「はい、『永久の泉』自体は損なわれていません。新しい塔を建てれば、また元通りになるでしょう」

レオは傷を押さえながら、エルナに尋ねた。「エルナ様、なぜあなたが『水の鍵』を持っているのですか?」

エルナは少し沈黙した後、静かに話し始めた。

「私は…『水の一族』の末裔です。古代戦争の際、七英雄と共に戦った『七賢者』の一人、『水の賢者』ウンディーネの血を引いています」

クラウディアは驚いた表情を見せた。「そうだったの?」

エルナは小さく頷いた。「はい。だから、私は『水の断片』と特別な繋がりがあるのです。そして…」

彼女は少し躊躇した後、続けた。

「七つの断片が集まると、神兵アポクリュファが復活します。それは『神を殺す武器』…使えば、使用者の生命力も消費します」

クラウディアは真剣な表情になった。「でも、なぜ煉界教団はそれを欲しがるの?」

「彼らは神の復活を望んでいます。そして、神兵アポクリュファを使えば、神の力を自分たちのものにできると考えているのです」

「なるほど…」クラウディアは考え込んだ。「でも、わたくしたちが先に集めれば、彼らの計画は阻止できるわね」

エルナは静かに言った。「でも、それには代償があります。神兵を扱うには、『神の因子』を持つ者…つまり、クラウディアさんのような存在が必要なのです」

クラウディアは自分の手を見つめた。「わたくしの血に眠る『神の因子』…」

レオは心配そうな表情で言った。「クラウディア様、無理はなさらないでください」

クラウディアは突然、いつもの高笑いを上げた。

「ホーッホッホッホ!心配は無用よ、レオ!わたくしは『雷鳴の覇姫』クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス。神の力だろうと、わたくしのものにしてみせるわ!」

彼女の声は海風に乗って響き渡った。しかし、その笑い声の奥に、わずかな不安が隠されていることを、レオとエルナは感じ取っていた。

船は夕日に照らされながら、東の地平線に向かって進んでいった。彼らの旅は、まだ始まったばかりだった。

彼らが知らない場所で、赤き腕のレイゼルは自分の主に報告していた。

「申し訳ありません、『水の断片』を奪取できませんでした」

暗闇の中、座る人物の顔は見えなかった。しかし、その声は氷のように冷たかった。

「気にするな、レイゼル。彼らが集めさせておけばよい。最終的には、すべてが我らのものとなる」

「はい、紫影のベリアル様」

暗闇の中で、紫色の瞳が光った。

「『雷鳴の覇姫』…興味深い女だな。彼女の持つ『神の因子』が目覚めたとき、真の戦いが始まる」

ベリアルの唇が微笑みに変わった。

「楽しみにしているぞ、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス」



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