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風の都市

風は高らかに空を切り裂いていた。

浮遊大陸アルメイダの北部に位置する「風の都市ヴェントリア」。その姿が浮雲の向こうから徐々に見えてきた時、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスは思わず息を呑んだ。

曇天を突き抜けるように建てられた螺旋状の塔群。塔と塔の間には、浮いた状態で繋がる細長い橋。そして都市全体を包む、淡い緑色の風の結界。風の流れによって七色に輝くその結界は、まるで虹色の宝石のように空に浮かんでいた。

「さすがは風の都市と謳われるだけありますわね!」

クラウディアは豪快に笑った。彼女の長い金髪が風に踊り、濃紅色の瞳が好奇心に輝いている。豊満な体つきを強調する赤と金のド派手な衣装は、風の中でも一際目立っていた。

「ホーーッホッホッホ! わたくしのような女王様にふさわしい都市ですわ!」

「…クラウディア様」エルナ・セフィリアは小さく息をついた。巫女の白と青の装束に身を包んだ少女は、いつものようにクラウディアの振る舞いに若干の疲れを感じていた。「どうか目立たないようにお願いします。煉界教団の手が伸びている可能性が…」

「心配するな、エルナ」レオ・グラントが二人の間に立った。彼の鎧は風に反射して銀色に輝いていた。温かな眼差しで少女を見つめながら、彼は静かに続けた。「俺がついている。教団の者たちが現れても、必ず守る」

エルナは安堵の笑みを浮かべた。

「では進みましょう、皆様」彼女は言った。「風の断片を見つけるためには、まず『風車亭』というギルドハウスで情報を集めるべきです」

「風車亭ねぇ」クラウディアは興味深そうに言った。「何やら面白そうな名前ですわね!」

三人は小さな気球型の乗り物に乗り、都市の入口へと向かった。ヴェントリアは風の流れを利用した交通システムが発達しており、これらの「風船車」は都市の至る所に設置されていた。


風の都市ヴェントリアの中心部は、常に人でごった返していた。

多種多様な人々が行き交う中、クラウディアたちは風船車からゆっくりと降り立った。ヴェントリアは商業都市としても名高く、大陸各地から商人や冒険者、学者が集まる場所だった。

「すごい…」エルナの声には畏敬の念が込められていた。「私、こんな大きな都市は初めてです」

「俺も前に一度来たことがあるだけだ」レオが付け加えた。「ずいぶん変わったな。風の結界が以前より強化されている」

クラウディアは周囲を見回していた。真っ直ぐな視線とわずかに緊張した表情。彼女のいつもの饒舌さが少し影を潜めていることに、レオは気づいていた。

「クラウディア様?」

「ああ、なんでもありませんわ」クラウディアはいつものように笑ったが、どこか無理があるように見えた。「ただ…この都市には昔、来たことがあるような…」

彼女の言葉は途中で途切れた。記憶の奥底に何かがあるようだったが、それは霧の中のように朧げでつかみどころがなかった。

「風車亭はこのブロックを進んだところにあるはずです」エルナが地図を広げながら言った。「ここで情報を集めて、風の断片の手がかりを…」

その時だった。

「おい、あれを見ろよ!」

「金髪の女だ!赤い目をしている!」

「教団の報せ通りだ!」

振り返ると、黒い装束に身を包んだ数人の男たちが彼らを指さしていた。煉界教団の追っ手だ。

「くっ…」レオは剣に手をかけた。「やはり待ち伏せか!」

「まあ、驚きましたわ」クラウディアはにやりと笑った。今度の笑みには戦意が宿っていた。「こちらから会いに行かなくても向こうからやってくるなんて…親切な方々ですこと」

「クラウディア様!レオ様!」エルナは二人の背後に立った。「この場所では戦えません!民間人が多すぎます!」

レオはすぐに状況を判断した。「広場を抜けて、あの空き地へ!」

三人は急いで人混みをかき分け、都市の東側にある広い空き地へと走った。追手も後を追う。

風の広場と呼ばれるその場所は、建物が少なく、風の流れが強い場所だった。ここなら民間人を巻き込む心配は少ない。

「ホーッホッホッホ!」クラウディアは高らかに笑った。「わたくしに挑むとは、命知らずの愚か者ども!」

彼女は両手を空に掲げた。指先から青い電光が走る。

「雷鳴剣・壱の型『閃電穿破』!」

クラウディアの掛け声とともに、空気を切り裂く青白い電撃が放たれた。敵の一人に直撃し、男は悲鳴を上げて地面に倒れた。

「神の血を持つ者…」追っ手の一人が呟いた。「確かにこの力は…」

「闇に堕ちた雷王の末裔!」別の男が叫んだ。「我らが主のために、その命を捧げよ!」

十人ほどの追っ手が一斉に動き出した。彼らの手には奇妙な形の短剣が握られている。

「これは…」エルナの顔色が変わった。「血の儀式用の短剣!彼らはクラウディア様の血を奪おうとしています!」

「させるか!」レオは剣を抜いた。彼の剣に風が集まり、緑色の光を放った。「風よ、我が剣となれ!」

レオの一撃は鋭く、敵の二人を吹き飛ばした。彼の動きには無駄がなく、騎士としての訓練の賜物だった。

「あら、レオ殿。なかなかやりますわね」クラウディアはからかうように言った。「でも、わたくしに追いつくのはまだ百年早いですわよ」

彼女は再び術を唱えた。

「雷鳴剣・弐の型『閃電貫矢』!」

剣を横に振ると、青い電光の矢が黒い影の前方に飛んでいった。その矢は地面に突き刺さり、爆発を起こした。三人の追っ手が吹き飛ばされる。

「クラウディア様、力の使いすぎに…」エルナが心配そうに言いかけたとき、異変が起きた。

クラウディアの周りに赤い霧のようなものが立ち昇り始めた。彼女の瞳の紅色が一層強くなり、髪が風もないのに宙に舞い上がる。

「これは…!」エルナは驚愕の表情を浮かべた。「神の因子が反応している…!」

クラウディアの表情が一瞬、痛みに歪んだ。しかし、彼女はすぐに笑みを取り戻した。

「ホーーッホッホッホ!これが女王様の真の力ですわ!」

その時、風の広場の向こう側から一つの影が現れた。他の追っ手とは明らかに違う、威厳のある佇まい。

「赤き腕のレイゼル…!」エルナが恐怖に震える声で言った。

煉界教団の『紅蓮の七賢』の一人、レイゼルが姿を現したのだ。彼の右腕は血のように赤く、古代文字の紋様が刻まれていた。

「雷王の血を引く者…」レイゼルの声は低く響いた。「汝の力、まことに神々しい。されどその力、我らの主に捧げよ」

「あら、どこの馬の骨ですの?」クラウディアは挑発的に言った。「人の力を狙うとは、随分と卑しい趣味をお持ちで?」

レイゼルは無言で右腕を掲げた。赤い腕が炎のように燃え上がる。

「炎の神槍!」

彼の腕から赤い光線が放たれ、クラウディアに向かって飛んでいった。

「クラウディア様!」レオが彼女の前に飛び出し、剣で光線を受け止めようとした。しかし、その力は強烈で、レオは吹き飛ばされた。

「レオ殿!」クラウディアの表情が変わった。怒りの炎が彼女の瞳に宿る。

彼女の周りの赤い霧がさらに濃くなり、まるで血の嵐のように渦巻き始めた。クラウディアの顔が苦悶に歪み、それでも彼女は笑みを浮かべていた。

「こんな程度で…わたくしが倒れると思って?ホッホッホ…!」

彼女は両手を天に掲げた。空が暗くなり、雷鳴が轟いた。

「雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」

無数の電撃が天から降り注ぎ、敵たちを次々と打ち倒していく。しかしレイゼルだけは赤い結界を展開し、その攻撃を防いでいた。

「クラウディア様!」エルナが叫んだ。「これ以上力を使うと…!」

少女の警告は遅かった。クラウディアの体から放たれる赤い霧が制御を失い始めた。彼女の周りの空間が歪み、風の広場の地面が割れ始める。

ヴェントリアの風の結界が反応し、不安定になってきた。都市全体を覆う緑色の光が明滅し始める。

「こ、これは…!」エルナは恐怖に顔を青ざめさせた。「都市の結界が不安定に…!このままでは都市全体が…!」

レイゼルは状況を見て取り、冷静な表情で言った。「汝の力を制御できぬか…まだ覚醒には早かったか」

彼は後退し始めた。「次は真の力を見せてもらおう。その時こそ、神の因子を頂戴する」

レイゼルは赤い光に包まれ、姿を消した。残りの追っ手たちも急いでその場を去っていく。

しかし、問題はクラウディアだった。彼女の力は暴走を始め、赤い霧は都市の方向へ広がっていた。

「クラウディア様!」レオは怪我を押して彼女に近づこうとした。「自分を取り戻すんだ!」

「わ、わたくし…」クラウディアの声は震えていた。「力が…制御できない…!」

その時、一人の老人が現れた。白い長いローブを纏い、杖を持った賢者の姿。

「風の賢者、アリオン様!」エルナは驚きの声を上げた。

風の賢者アリオンは杖を振り上げ、風の結界を呼び起こした。緑色の風がクラウディアを包み込み、赤い霧を押し戻していく。

「若き雷王の末裔よ」アリオンの声は穏やかだが、力強かった。「汝の内なる嵐を鎮めよ。汝の力は汝のもの。神の因子に支配されてはならぬ」

クラウディアは苦しそうに両手で頭を抱えた。彼女の意識は混濁し、かつての記憶の断片が脳裏をよぎる。



「クラウディア様!」

エルナの叫び声が記憶の断片を打ち消した。クラウディアは現実に引き戻された。

「わ、わたくし…」

彼女は深く息を吸い込み、全身の力を振り絞って赤い霧を体内に引き戻そうとした。アリオンの風の力が彼女を助け、徐々に赤い霧は消えていった。

ついに、都市を脅かしていた異変は収まった。クラウディアは膝をつき、苦しそうに呼吸していた。

「つ、強くなる…女王様に…ふさわしく…」

彼女の言葉は弱々しく、しかし意志の強さを感じさせるものだった。


風車亭の一室。クラウディアはベッドに横たわり、意識を失っていた。

「彼女の状態は?」レオがエルナに尋ねた。彼の腕には包帯が巻かれ、表情には疲労の色が見えた。

「安定していますが…」エルナは心配そうに答えた。「神の因子が彼女の中で目覚め始めています。このままでは…」

部屋の隅に座るアリオンが口を開いた。「彼女の中に眠る力は凄まじい。雷王ザゴラス・イグニスの血を引く者としては最も純粋な系譜だ」

「それは…」レオが身を乗り出した。「クラウディア様が七英雄の血を引いているということですか?」

アリオンは深くうなずいた。「しかも、その中でも特別な存在だ。彼女の母は神の血を引く一族。父は雷王の直系。そんな二つの血が交わった結果が…」

「神の因子…」エルナは震える声で言った。「煉界教団がクラウディア様を狙う理由は…」

「そうだ」アリオンは重々しく続けた。「彼らは古の神を復活させようとしている。そのためには神の因子を持つ者の血が必要なのだ」

レオは拳を握り締めた。「俺には…この戦いの意味が分からない。ただ、教団に家族を殺され、復讐のために騎士となった。しかし今は…」

彼はクラウディアの寝顔を見つめた。「彼女を守りたい。それだけだ」

エルナは優しく微笑んだ。「レオ様…」

アリオンは立ち上がり、窓の外を見た。風の都市の夜景が広がっている。

「風の断片はここにある。風車亭の地下深くにな」

レオとエルナは驚いた表情を見せた。

「しかし、それを手に入れるためには試練がある」アリオンは続けた。「風の試練だ。明日、クラウディアが目覚めたら、試練の間へ案内しよう」


翌朝、クラウディアは目を覚ました。

「む…ここは?」

彼女は周囲を見回し、レオとエルナが心配そうに自分を見つめているのに気づいた。

「やれやれ、みなさん心配しすぎですわよ」彼女はいつもの調子で言おうとしたが、声には力がなかった。

「クラウディア様」エルナが近づいて来た。「無理をなさらないでください」

「ふん、わたくしが無理するなんて…」クラウディアは言いかけて、昨日の出来事を思い出した。「あ…あの赤い腕の男は?」

「逃げました」レオが答えた。「しかし、また現れるでしょう」

クラウディアは黙ってうなずいた。彼女の表情には珍しく翳りが見えた。

「わたくしの力が…暴走したのですわね」

エルナが静かに答えた。「神の因子が目覚め始めています。クラウディア様の中の…特別な力です」

「特別…?」

この時、アリオンが部屋に入ってきた。「目覚めたか、雷王の末裔よ」

クラウディアは老賢者を見上げた。「あなたは…わたくしを助けてくださった方…」

「風の賢者アリオンだ」老人は穏やかに言った。「汝の母、エレナ・ヴァル・サクラとは旧知の仲」

クラウディアの目が見開かれた。「母の…名を?」

「そうだ」アリオンはうなずいた。「汝の父はザゴラスの血を引く戦士、ガルム・イグニス。汝の母はエレナ・ヴァル・サクラ。神の血を引く巫女だった」

クラウディアの顔に複雑な感情が浮かんだ。彼女は幼い頃に両親を亡くしており、彼らについての記憶はほとんどなかった。

「そんな…わたくしは何も聞いていません…」

「時が来れば全て明かされる」アリオンは言った。「今は風の断片を手に入れることを考えろ」

クラウディアは驚いた表情を見せた。「風の断片が…ここに?」

「風車亭の地下深くにある」アリオンは説明した。「しかし、それを手に入れるためには風の試練を乗り越えねばならぬ」

クラウディアは考え込んだ。しかし、すぐに彼女らしい自信に満ちた笑みを浮かべた。

「ほーっほっほっほ!なんですの、試練なんて!わたくしのような女王様にとっては朝飯前ですわ!」

レオはほっとした表情を見せ、エルナは小さく笑った。

「でも…」クラウディアは真剣な表情になった。「昨日の力の暴走…二度とああはなりたくありませんわ。わたくし、自分の力をもっと理解する必要がありそうですね」

アリオンは頷いた。「その通りだ。神の因子は諸刃の剣。使いこなせれば強大な力となるが、制御を失えば自らを滅ぼす」

クラウディアは立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。レオがすぐに彼女を支えた。

「無理をするな」

「ふん、わたくしが無理なんて…」クラウディアは言いかけたが、レオの腕の包帯に気づいた。「…あなたが怪我をしたのは、わたくしを守ろうとしたから?」

レオは黙ってうなずいた。

クラウディアの表情が柔らかくなった。「ありがとう…レオ殿」

その言葉は、いつもの高飛車な調子ではなく、心からの感謝の気持ちが込められていた。


風車亭の地下へと続く階段は、古びていて長く感じられた。アリオンを先頭に、クラウディア、レオ、エルナの順で進んでいく。

「この風車亭は古代から存在する建物です」アリオンが説明した。「かつて七英雄が神と戦った時、ここは彼らの隠れ家だった」

壁には古代文字が刻まれ、ところどころに七英雄の彫刻が見られる。

「あれが雷王ザゴラスですか?」クラウディアは一つの彫刻を指さした。雷を操る男の像だった。

「そうだ」アリオンは答えた。「汝の祖先だ」

クラウディアはその像をじっと見つめた。どこか懐かしさを感じる顔立ち。

階段を下りきると、広大な円形の部屋があった。部屋の中央には巨大な風車が回っており、緑色の風の力が渦巻いていた。

「ここが試練の間」アリオンが言った。「風の断片を手に入れるには、風の試練を乗り越えねばならぬ」

「どんな試練ですか?」エルナが尋ねた。

「三つの試練がある」アリオンは説明した。「体の試練、心の試練、そして魂の試練だ」

クラウディアは腰に手を当て、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「ほーっほっほっほ!何であれ、わたくしにかかれば朝飯前ですわ!」

しかし、その自信満々な態度の裏に、昨日の出来事への不安が隠されていることを、レオは見抜いていた。

「クラウディア様」レオは声をかけた。「無理はするな。俺たちがついている」

クラウディアは一瞬、素の表情を見せた。「…ありがとう、レオ殿」

アリオンは中央の風車に向かって杖を掲げた。「では、試練を始めよう」

杖から緑色の光が放たれ、風車がさらに速く回り始めた。風が強まり、部屋中を吹き荒れる。

「最初は体の試練」アリオンの声が風に乗って響いた。「風の力に抗い、中央の風車まで進め!」

風は徐々に強くなり、立っているのも困難になってきた。クラウディアは前に進もうとしたが、風の力が彼女を押し戻す。

「くっ…」

クラウディアは雷の力を使おうとしたが、すぐに思いとどまった。昨日の暴走が頭をよぎる。

「力に頼らず、風と一つになるのだ」アリオンのアドバイスが聞こえた。

「風と一つに…?」

クラウディアは自分の呼吸を整え、風の流れを感じ取ろうとした。風は一定のリズムを持っている。彼女はそのリズムに合わせて動き始めた。

風が弱まる瞬間を見計らって一歩前に出る。また風が強まる前に体を低くする。そうして少しずつ、風車に近づいていった。

レオとエルナも同じように風と一体になろうとしていた。三人は互いに声をかけ、励まし合いながら進む。

「クラウディア様、右側の風が弱まっています!」

「レオ殿、今です!」

三人は協力して、少しずつ中央へと近づいていった。ついに風車の前にたどり着いた時、風は突然やんだ。

「体の試練、合格」アリオンの声が響いた。

クラウディアは少し息を切らしながらも、満足げな表情を浮かべた。

「次は心の試練」

風車が光り始め、三人の周りに幻影が現れた。それぞれが自分の過去、恐れ、後悔を映し出す幻影だった。

クラウディアの前には、炎に包まれた城の幻影。その中で倒れる両親の姿。幼いクラウディアが泣き叫んでいる。

「こ、これは…!」クラウディアの顔が青ざめた。「わたくしの記憶…!」

レオの前には、襲撃される故郷の村。教団の手によって殺される家族たち。

エルナの前には、彼女を追う黒い影。「鍵」を奪おうとする無数の手。

「心の試練では、自分の恐れと向き合わねばならぬ」アリオンは静かに言った。「過去に囚われず、しかし忘れることもなく、前へ進め」

クラウディアは震える手で幻影に触れようとした。「母上…父上…」

彼女の目に涙が浮かんだ。いつもの高飛車な態度はどこにもなく、ただ親を失った一人の少女の姿があった。

「わたくしは…強くなりたかった。母上のように死なないために…父上のように無力にならないために…」

レオも自分の幻影と向き合っていた。「復讐だけを考えてきた…だが今は…」

彼はクラウディアを見た。「守るべき人がいる」

エルナは自分の運命を見つめていた。「私はただの『鍵』ではない…私には使命がある…」

三人はそれぞれの恐れと向き合い、受け入れていった。自分の弱さを認め、それでも前に進む覚悟を決めた時、幻影は光となって消えていった。

「心の試練、合格」アリオンの声が響いた。

クラウディアは涙をぬぐい、深く息を吸った。彼女の表情には新たな決意が宿っていた。

「最後は魂の試練」アリオンは言った。「自らの本質と向き合い、受け入れよ」

風車が強く光り、部屋全体が白い光に包まれた。

光が収まると、クラウディアは一人、無限に広がる空間に立っていた。レオもエルナもアリオンも姿が見えない。

「こ、これは…?」

「我が末裔よ」

低く響く声に、クラウディアは振り返った。そこには雷王ザゴラス・イグニスの幻影が立っていた。彼の姿は半透明で、青い電光に包まれていた。

「あなたは…わたくしの先祖…?」

「そうだ」ザゴラスは頷いた。「汝の中に流れる血は我が血。汝の力は我が力の継承」

「わたくしの力…」クラウディアは自分の手を見つめた。「昨日、制御できなくなりました…恐ろしかった…」

「力を恐れるな」ザゴラスは言った。「されど、力に溺れるでもなし」

「どうすれば…?」

「汝自身を知れ」ザゴラスは答えた。「汝の強さは何か。汝の弱さは何か。汝の存在意義は何か」

クラウディアは考え込んだ。「わたくしは…女王様になりたい。最強の…」

「何故だ?」

「強くなれば…大切な人を守れる。二度と…失わずに済む」

ザゴラスは静かに頷いた。「汝の力の源は汝の意志。神の因子も汝の血の一部。拒絶せず、されど心を奪われるでもなし」

クラウディアは自分の心の奥深くを見つめた。彼女の中には確かに異質な力が眠っていた。しかし、それは敵ではなく、自分自身の一部。

「わたくしは…わたくしの力を受け入れます」彼女は静かに宣言した。「この力で、大切な人を守る。それがわたくしの…女王様としての道」

ザゴラスの幻影は満足げに微笑み、光となって消えていった。

光が収まると、クラウディアは再び試練の間にいた。レオとエルナも戻ってきており、彼らも何かと向き合ったようだった。

「魂の試練、合格」アリオンの声が響いた。

中央の風車が光り輝き、その中から小さな結晶が現れた。緑色に輝く『風の断片』だ。

「よくぞ三つの試練を乗り越えた」アリオンは言った。「風の断片はこれなる。次なる断片、『火の断片』はヴォルカヌス山の火の都市にある」

クラウディアは風の断片を手に取った。小さな結晶だが、中に凄まじいエネルギーを秘めているのを感じる。

「これが…神兵アポクリュファの一部…」

エルナが近づいてきた。「七つ集めれば、神兵の復活に必要な鍵となります」

「そして、その鍵を使えるのは私…」エルナは小さく付け加えた。

クラウディアはエルナの肩に手を置いた。「心配しないで、エルナ。わたくしが必ず守りますわ」

彼女はいつもの高笑いを浮かべた。「ホーーッホッホッホ!わたくしのような女王様の庇護があれば恐れることなどありませんわ!」

レオはクラウディアの変化に気づいていた。彼女の笑い声はいつも通りだが、その目には新たな輝きがあった。単なる自信過剰ではなく、責任感と覚悟が宿っていた。


風車亭に戻った一行。クラウディアたちは次の行動について話し合っていた。

「火の都市への道のりは険しい」アリオンは地図を広げて説明した。「ヴォルカヌス山は活火山。その麓に火の都市がある」

「煉界教団も必ず追ってくるでしょう」エルナは心配そうに言った。「特に赤き腕のレイゼルは…」

「ふん、あの男…」クラウディアは唇を噛んだ。「次は絶対に負けませんわ」

「力の使い方を学ばねばならぬ」アリオンは彼女を見つめた。「神の因子を制御する術を」

「どうすれば…?」

「瞑想」アリオンは簡潔に答えた。「自らの内なる嵐を知り、受け入れ、導く」

クラウディアは不満そうな顔をした。「瞑想なんて、じっとしているだけでしょう?わたくしには向きませんわ」

アリオンは小さく笑った。「かつてのザゴラスも同じことを言っていた。しかし、最も強い雷は、最も静かな心から生まれるのだ」

レオが口を挟んだ。「旅の道中で練習するといい。俺も手伝う」

クラウディアは彼を見つめた。レオの傷は徐々に癒えていたが、まだ包帯を巻いている。彼が自分を守るために受けた傷だ。

「わかりましたわ」彼女はいつもより素直に答えた。「試してみます」

エルナは嬉しそうに笑った。クラウディアの変化に、彼女も心強さを感じていた。

「火の都市へは明日出発しましょう」エルナは提案した。「今夜はしっかり休んで…」

その時、窓の外に不穏な気配が漂った。空が突然暗くなり、赤い閃光が一瞬、夜空を照らした。

「これは…!」アリオンが窓に駆け寄った。

ヴェントリアの風の結界が揺らいでいた。そして遠くから、爆発音が聞こえてくる。

「煉界教団の奴ら…!」レオは剣を手に取った。

「風の結界を突破しようとしていますわ!」クラウディアも立ち上がった。

アリオンは杖を構えた。「彼らは風の断片の力を感じ取ったのだ。速やかに都市を出ねば住民たちが危険に晒される」

「しかし、夜の森は危険だぞ」レオが言った。「モンスターも多い」

「わたくしが守りますわ!」クラウディアは自信たっぷりに宣言した。「クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスに不可能などありませんのよ!」

エルナは風の断片を特殊な袋に包み、自分の荷物に入れた。「急ぎましょう」

四人は急いで荷物をまとめ、風車亭の裏口から外へ出た。夜のヴェントリアは不穏な空気に包まれていた。住民たちも不安な様子で家の中に隠れている。

「あそこ!」レオが指さした。

都市の東門付近で、黒い影が動いているのが見えた。煉界教団の兵士たちだ。その中心に立つ赤き腕のレイゼルの姿も。

「あいつ…!」クラウディアの目が怒りに燃えた。

「今は戦わず、逃げるべきだ」アリオンは彼女の肩に手を置いた。「民を巻き込むわけにはいかぬ」

クラウディアは悔しそうな表情を浮かべたが、理解して頷いた。

「西門から出よう」エルナが提案した。「私が道案内します」

四人は暗い路地を通り、人目を避けながら西門へと向かった。空には赤い光が広がり、風の結界がさらに揺らいでいる。

「急げ!」レオが声をかけた。

西門に着くと、そこには数人の教団の兵士が立っていた。

「くっ、奴ら…」レオは剣を構えた。

「静かに処理しましょう」クラウディアは囁いた。彼女の指先に小さな電光が走る。「雷鳴剣・壱の型、小規模バージョンで…」

彼女は集中し、過剰な力を抑えて精密に攻撃を放った。「閃電穿破」

青白い電撃が放たれ、二人の兵士を無力化した。残りの兵士にはレオが素早く接近し、剣の柄で気絶させた。

「見事だ」アリオンは頷いた。「力の制御、少しずつだが上達しておる」

クラウディアは満足げな表情を浮かべた。

四人は西門を抜け、ヴェントリアの外へ出た。都市から離れるにつれて、赤い光と爆発音は徐々に遠ざかっていく。

「森の中を進もう」アリオンが言った。「森の精霊が我らの姿を隠してくれるだろう」

彼らは月明かりに照らされた森の小道を進んだ。風の精霊たちが緑色の光を放ちながら、彼らの周りを舞っている。

「風の精霊たち…」エルナは驚きの声を上げた。「私たちを導いてくれているんです」

「アリオン様の力ですね」レオは老賢者を見た。

アリオンは静かに杖を振った。「風の都市の賢者として、せめてもの餞別じゃ」

彼らは森の奥へと進んでいった。夜の森は神秘的で美しく、同時に危険に満ちていた。

途中、何度か怪物たちとの小競り合いがあったが、クラウディアの雷の力とレオの剣技、エルナの結界魔法、そしてアリオンの風の力で切り抜けた。

「クラウディア様」レオが戦いの後、彼女に声をかけた。「力の制御が上手くなりましたね」

「ええ、まあ」クラウディアは少し照れくさそうに答えた。「わたくしは天才ですから、すぐに習得できますわ」

しかし、その言葉の裏には真摯な努力があることを、レオは知っていた。彼女は戦いの合間にも、アリオンから教わった瞑想を実践していたのだ。

森を抜けると、彼らは小さな丘の上に出た。遠くに見える風の都市ヴェントリアは、まだ赤い光に包まれていた。

「彼らはしばらく都市を捜索するだろう」アリオンは言った。「我らの姿が見つからなければ、やがて追ってくるはずだ」

「火の都市までの道のりは?」エルナが尋ねた。

「三日の行程」アリオンは答えた。「だが、古道を使えば二日で着く」

「古道?」

「かつて七英雄が使った秘密の道だ」アリオンは説明した。「危険も多いが、教団の者たちの目を逃れることができる」

クラウディアは遠くの都市を見つめていた。「風の都市…守れなくてごめんなさい」

アリオンは彼女の肩に手を置いた。「汝の責ではない。都市の民は強い。教団が去れば、また日常を取り戻すだろう」

クラウディアは静かに頷いた。かつての彼女なら、自分の失敗を認めることはなかっただろう。その変化に、レオは心の中で微笑んだ。

「さあ、進もう」アリオンが杖を振り上げた。「火の断片を求めて」

四人は夜明け前の薄暗い空の下、火の都市へと足を進めた。クラウディアの心には、新たな決意と、自分の運命への覚悟が芽生えつつあった。風の試練で見た幻影、ザゴラスの言葉、そして仲間たちとの絆。

彼女は前を歩くレオの背中を見つめた。彼の強さ、優しさ、そして揺るぎない信念。知らず知らずのうちに、クラウディアは彼を尊敬するようになっていた。

「レオ殿」彼女は小声で呼びかけた。

レオが振り返った。「なんだ?」

「あ、いえ…」クラウディアは少し照れて目をそらした。「その…怪我は大丈夫ですの?」

レオは少し驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」

「べ、別に心配なんてしていませんわよ!」クラウディアは急に高飛車な態度に戻った。「わたくしの騎士が弱いなんて許せないだけですわ!」

レオは小さく笑い、前を向いて歩き続けた。クラウディアは彼の背中を見つめながら、小さく微笑んだ。

エルナは二人のやりとりを見て、静かに微笑んでいた。クラウディアの変化は、彼女自身にも希望を与えてくれていた。

アリオンは杖を掲げ、まだ暗い道を照らしながら、一行を導いていく。遠くには、朝日が少しずつ顔を出し始めていた。

新たな一日の始まりと、彼らの冒険の続きを告げるように。


「追うぞ」

風の都市ヴェントリアの東門で、赤き腕のレイゼルは冷たく言い放った。彼の周りには、煉界教団の兵士たちが集まっていた。

「はっ!」兵士たちは敬礼した。

レイゼルは赤い腕を掲げ、遠くの森を見つめた。「神の因子を持つ女…必ず捕らえる」

彼の赤い腕が炎のように燃え上がった。

「偉大なる主のために」


夜が明け、森の中の一行。彼らは古道と呼ばれる獣道のような細い道を進んでいた。アリオンによれば、これは七英雄が使った古の道だという。

「火の都市へは、まずこの森を抜け、次に『忘却の谷』を渡り、そして『灼熱の荒野』を越えねばならぬ」アリオンは説明した。「最後に『ヴォルカヌス山』の麓にある火の都市に到着する」

「忘却の谷?」エルナが不安そうに尋ねた。

「記憶を失わせる霧が立ち込める場所」アリオンは答えた。「されど、風の断片があれば安全に通過できよう」

クラウディアはエルナの持つ袋を見た。その中には風の断片が入っている。

「風の断片って、こんな効果もあるんですね」

「神兵の断片にはそれぞれ特別な力がある」アリオンは頷いた。「風の断片は『記憶を守る』力を持つ」

レオが先に立って道を切り開いていた。「気をつけろ、何か来るぞ」

森の奥から、低いうなり声が聞こえてきた。巨大な狼のような姿が見え隠れする。

「森の番人だ」アリオンが説明した。「我らが古道を使うことを許すかどうか、試しているのだろう」

巨大な狼——その体長は優に3メートルを超え、背中には緑の苔が生えていた——が彼らの前に現れた。琥珀色の瞳で一行を見つめている。

「動くな」アリオンが静かに言った。「敵意を見せるな」

狼は一行を慎重に観察した後、特にクラウディアを長く見つめた。彼女の赤い瞳に興味を持っているようだった。

「雷王の末裔を見抜いたか」アリオンはつぶやいた。

狼はしばらくの間そこに立っていたが、やがて頭を下げ、道を開けた。彼らに古道を使うことを許可したのだ。

「ありがとう、森の番人よ」アリオンは杖を少し下げ、感謝の意を示した。

狼は一声低く鳴いた後、森の奥へと消えていった。

「…すごい」エルナは感嘆の声を上げた。

「七英雄の血を引く者に対しては敬意を示すのだろう」アリオンは説明した。「古の約束を守っているのだ」

クラウディアは狼が消えた方向をまだ見つめていた。「わたくしの血には、そんな力があるんですね…」

レオは彼女の表情の変化に気づいていた。以前のクラウディアなら、「さすがはわたくしですわ!」と豪語しただろう。しかし今は、自分の血筋の意味を真剣に考えているようだった。

「進もう」アリオンが言った。「日が高くなる前に、忘却の谷に着きたい」

一行は再び歩き始めた。森の中は薄暗く、時折奇妙な生き物の気配を感じることもあったが、森の番人に認められた彼らを、他の生き物は襲わなかった。

クラウディアは時折、立ち止まって深呼吸をし、アリオンから教わった瞑想の練習をしていた。彼女の中の神の因子を制御するためには、精神の安定が必要だった。

「クラウディア様」エルナが彼女に近づいてきた。「よろしいですか?」

「ああ、エルナ」クラウディアは微笑んだ。「何かしら?」

「あの…神の因子のことを」エルナは少し遠慮がちに言った。「私にも少しわかるんです。私も、特別な血を引いていますから」

クラウディアは少し驚いた表情を見せた。「あなたも?」

エルナは小さく頷いた。「私は…『鍵の一族』の末裔です。神兵を操る力を持つ一族」

「それで煉界教団に追われているのね…」クラウディアは理解した。

「はい」エルナは悲しそうに言った。「彼らは私を使って神兵を復活させ、神を降臨させようとしています。でも、それは世界の破滅を意味します」

クラウディアはエルナの肩に手を置いた。「心配しないで。わたくしが守るわ」

彼女はいつもの高笑いを浮かべた。「ホーーッホッホッホ!クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス様の庇護があれば、怖いものなしですわ!」

エルナは安心したように笑った。クラウディアの豪快な笑い声と自信に満ちた態度は、時に鬱陶しいこともあったが、今はとても心強く感じられた。

二人が話している間に、森の景色が変わり始めた。木々が少なくなり、代わりに白い霧が立ち込め始めていた。

「忘却の谷が近いぞ」アリオンが警告した。「皆、近くに寄れ。離れてはならぬ」

四人は肩を寄せ合うように近づいた。森の出口が見えてきたが、その先には白い霧が渦巻く深い谷が広がっていた。

「忘却の谷…」レオはつぶやいた。「聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ」

白い霧の向こうは何も見えない。まるで世界が霧の中で途切れているかのようだった。

「エルナ、風の断片を」アリオンが言った。

エルナは袋から風の断片を取り出した。緑色に輝く小さな結晶。アリオンはそれを杖に取り付けた。

「皆、私の近くにいろ。風の断片の力が我らの記憶を守る」

四人は互いに肩を寄せ合い、アリオンを中心に円陣を組んだ。アリオンは杖を掲げ、風の断片を光らせた。

「行くぞ」

彼らは忘却の谷へと足を踏み入れた。


霧の中は不思議な感覚だった。

視界は数メートル先までしか見えず、声もこもったように響く。そして最も奇妙なのは、過去の記憶が断片的に浮かんでは消えていくことだった。

「皆、私の声に集中するんだ」アリオンの声が霧の中で響いた。「記憶を失いそうになったら、自分の名前を唱えろ」

クラウディアは自分の幼少期の記憶が霧と共に流れていくのを感じた。

「わたくしは…クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス…」彼女は小声で呟いた。「雷王の末裔…わたくしは…」

レオも似たような状態だった。「俺は…レオ・グラント…騎士団の…」

エルナは震える手で風の断片に触れていた。「私は…エルナ・セフィリア…鍵の一族の…」

アリオンだけが比較的冷静な様子で、杖を掲げて前進していた。「前へ…谷の出口は近い…」

彼らは霧の中をゆっくりと歩いた。時折、霧の中に人影のようなものが見え隠れする。それらは過去の記憶が具現化したものなのか、それとも忘却の谷に迷い込んだ旅人の残骸なのか…

「あそこ…!」レオが前方を指さした。

霧の向こうに、うっすらと光が見えた。谷の出口だ。

「急げ…」アリオンは杖を強く掲げた。「風の断片の力も限りがある…」

四人は最後の力を振り絞って、光に向かって走り出した。霧が濃くなり、記憶が流れ出していく感覚が強まる。クラウディアは自分の名前を何度も呟きながら、必死に前へ進んだ。

そして——

光の中に飛び出した時、四人は大きく息を吸い込んだ。霧の向こうは青空が広がっていた。彼らは忘却の谷を無事に通過したのだ。

「み、皆さん…無事ですか?」エルナが震える声で尋ねた。

レオは頷いた。「ああ…記憶は…大丈夫だ」

「わたくしも…」クラウディアは言った。「ホーッホッホッホ!さすがはわたくし様ですわ!少しの霧ごときに記憶を奪われるわけありませんわ!」

アリオンは杖から風の断片を外した。断片の輝きはやや弱まっていた。

「風の断片の力が我らを守ってくれた」アリオンは言った。「しかし、これで消費されたエネルギーは大きい」

エルナは断片を受け取り、再び特殊な袋に包んだ。「お疲れ様でした、風の断片」

彼女の仕草は、断片に対する敬意を示しているようだった。

忘却の谷の向こうには、まったく異なる景色が広がっていた。乾燥した大地、まばらに生える赤茶けた植物。そして遠くに見える赤褐色の山脈。

「灼熱の荒野」アリオンは言った。「ここを越えると、ヴォルカヌス山だ」

クラウディアは空を見上げた。太陽は既に高く昇り、その熱が容赦なく大地を焼いていた。

「暑いですわね…」彼女は額の汗を拭った。豪華な衣装は、この気候には適していなかった。

「水を大切に」レオがアドバイスした。「この先、水場は少ない」

四人は荒野へと足を踏み入れた。忘却の谷の記憶の霧の恐怖を乗り越え、次なる試練へと向かって。

クラウディアは時折、振り返って忘却の谷を見つめていた。あの霧の中で見た記憶の断片…特に両親の姿が彼女の心に引っかかっていた。

「母上…父上…」彼女は小さく呟いた。「わたくし、必ず強くなって見せますわ…」

彼女の決意は、かつてないほど強くなっていた。



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