旅立ちの理由
青い稲妻が暗い空を切り裂き、雷鳴が断崖の上に立つ古城を震わせた。
「ホーッホッホッホ! いかがですか、わたくしの『閃電貫矢』の威力は!」
クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスの高らかな笑い声が、荒れ狂う嵐の音さえも掻き消した。彼女の長い紫紺の髪が風に舞い、雷光に照らされるたびに宝石のように輝いた。鮮やかな赤と金を基調にした派手な鎧は、雨に濡れてさらに光彩を放っている。
「クラウディア様! もう引き上げましょう! この雨では——」
レオ・グラントの心配そうな声は、次の雷鳴にかき消された。
彼女はまるで聞いていないかのように、巨大な剣を再び天に掲げた。
「まだまだ! 本気を見せていませんわ! 雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」
彼女の剣から無数の青白い光条が放たれ、暗闇を切り裂いた。それは夜空に咲く花火のように美しく、そして恐ろしいまでに破壊的だった。稲妻は周囲の木々を次々と打ち砕き、地面に無数の焦げ跡を残していく。
レオは頭を抱えた。「またやってしまった……」
クラウディアの豪快な高笑いが再び響き渡る。
「わたくしが最強ですわ! ホーーーッホッホッホ!」
「あなたの力は制御できていません」
エルナ・セフィリアの静かな声がクラウディアを振り向かせた。雨は上がり、三人は古城の廃墟の一室で一夜を過ごすことにしていた。レオが集めてきた薪で小さな焚き火を起こし、その炎が壁に揺らめく影を映し出している。
「何を言っているのですの?」クラウディアは眉をひそめた。「あの程度の力、わたくしにとっては朝飯前ですわよ」
「そうじゃない」エルナは真っ直ぐにクラウディアを見つめた。「あなたの中の力は、あなた自身が思っている以上に大きい。それなのに……」
「それなのにわたくしは自慢ばかりしているとでも?」クラウディアは笑った。しかしその笑いには、どこか虚ろなものがあった。
レオは二人の間を見つめ、静かに言った。「クラウディア様には、お話していただきたいことがあります」
「何のことかしら?」
「あなたの過去です」エルナが言った。「あなたがなぜそこまでして『最強の女王』になりたいのか」
炎が弾け、火花が舞い上がった。クラウディアの紫の瞳が、その光を映して妖しく輝いた。
「ふん、退屈しのぎにでも聞きますか?」クラウディアは言ったが、その声には普段の高らかさがなかった。「いいでしょう。わたくしの素晴らしい物語、存分にお聞きなさい」
「わたくしはヴァル=ザ=イグニス家の長女として生まれました」
クラウディアは炎を見つめながら語り始めた。
「浮遊大陸アルメイダの中でも、イグニス家は古くからの名家。七英雄の一人、『雷王』ザゴラス・イグニスの血を引く家系です」
レオは息を呑んだ。「七英雄の……」
「そう、古代戦争で神に立ち向かった英雄たちの一人よ」クラウディアは淡々と続けた。「わたくしの血には、その力が流れている」
彼女は手のひらを上に向けると、小さな青い電光がそこに踊った。
「生まれた時から、わたくしは『異質』でした。普通の赤ん坊は泣き叫ぶものでしょう? でもわたくしは笑っていたそうよ。そして……」
彼女は一瞬言葉を詰まらせた。
「そして、わたくしが初めて感情を高ぶらせた時、部屋中の灯りが爆発し、家中の金属が磁化されたと言われています」
「まるで……雷のように」エルナはつぶやいた。
「そう」クラウディアは苦笑した。「『雷鳴の子』と呼ばれたわ」
彼女は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。月明かりが彼女の横顔を照らし出す。
「最初は誇らしげに思われていたようですわ。七英雄の力を色濃く受け継いだ子供として。でも……」
その声が沈む。
「わたくしの力は、成長するにつれて制御が難しくなった。感情が高ぶれば高ぶるほど、周囲に被害が及ぶようになった」
—— それは八歳の誕生日の夜のことだった。
「クラウディア様、お誕生日おめでとうございます」
家臣たちに囲まれ、豪華な晩餐会が開かれていた。クラウディアは艶やかな紫のドレスに身を包み、長いテーブルの上座に座っていた。
「ありがとう」彼女は微笑んだ。しかし、その笑顔の奥には寂しさがあった。
両親は政務で忙しく、誕生日会にも顔を出さなかった。代わりに家臣たちが集められ、形だけの祝いの場が設けられたのだ。
「お嬢様、これは家からの贈り物です」
老執事が差し出したのは、小さな木箱だった。クラウディアはそれを開けた。
中には一本の指輪があった。銀製の細い輪に、小さな青い宝石が埋め込まれている。
「これは……」
「雷王の遺品の一つです。家宝として代々受け継がれてきました」老執事は微笑んだ。「『雷鳴の子』にふさわしい品と、お父上が」
クラウディアの顔が輝いた。「父上が選んでくださったの?」
老執事は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を取り戻した。「もちろんです」
嘘だった。それは執事が勝手に選んだものだ。
クラウディアは指輪を指にはめた。青い宝石が彼女の体温を感じたかのように、かすかに光った。
「素敵ですわ」彼女は微笑んだ。
その時、大広間の扉が開き、両親が姿を現した。クラウディアの顔が喜びに満ちる。
「父上! 母上! 来てくださったのね!」
彼女は席を立ち、両親に駆け寄ろうとした。しかし、父イグナティウスの冷たい視線が彼女を止めた。
「座っていなさい、クラウディア」彼の声は氷のように冷たかった。「淑女たるもの、そのような行動は慎みなさい」
クラウディアの笑顔が凍りついた。彼女はゆっくりと席に戻る。
「何か用事でも?」彼女は小さな声で尋ねた。
「ああ」イグナティウスは言った。「明日から、お前は『制御』の特別訓練を受ける」
「制御……?」
「お前の力だ」彼は冷たく言い放った。「今朝、お前の部屋のメイドが感電して倒れたそうだな」
クラウディアは顔を下げた。確かに朝、目覚めた瞬間に体から電気が走り、近くにいたメイドが軽い感電を負った。彼女自身もそれを意図したわけではなかった。
「わたくし、わざとじゃ……」
「意図しようがしまいが、結果は同じだ」イグナティウスは彼女の言葉を遮った。「イグニス家の血筋として生まれながら、その力を制御できないなど恥ずべきこと。明日から、お前は城の東塔で特訓を受ける」
「でも、明日は……」
クラウディアは言いかけて止まった。明日は父が約束していた乗馬の日だった。八歳の誕生日プレゼントとして、初めて本格的な馬に乗せてもらえるはずだった。
しかし父は、そのことなど忘れてしまったかのように言った。
「言い訳は無用だ。これ以上の恥を家にもたらすわけにはいかない」
言葉の棘が、クラウディアの心を突き刺した。
彼女の体が微かに震え始めた。指にはめた指輪の青い宝石が、突然強く輝き始める。
「わたくしは……」
彼女の周りの空気がピリピリと帯電し始めた。テーブルの上のナイフやフォークが微かに震え、銀の燭台が不自然な角度に傾き始める。
「クラウディア!」母親が初めて声を上げた。「自分を抑えなさい!」
しかし彼女には聞こえていなかった。彼女の中の何かが、長い間押し込められていたものが、今まさに噴出しようとしていた。
「わたくしはわざとじゃないのに! わたくしは恥ずかしくなんかないわ!」
その瞬間、彼女の体から青白い稲妻が放たれた。
それは部屋中を駆け巡り、シャンデリアを粉々に砕き、テーブルを焦がし、窓ガラスを爆ぜさせた。家臣たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
「止めなさい、クラウディア!」父が叫んだ。
しかし彼女にはもう制御できなかった。指輪の青い光が彼女の全身を包み込み、稲妻はさらに激しく部屋中を駆け巡った。
「わたくしは……わたくしは……!」
彼女の声が雷鳴のように響き渡る。
「わたくしが最強ですわ!」
初めて口にした、その言葉。
そして——世界が白く染まった。
「あの日、わたくしは城の一翼を吹き飛ばしました」
クラウディアは静かに言った。月の光が彼女の横顔を照らし、その瞳に宿る影を浮かび上がらせていた。
「けが人は出なかった……奇跡的にね。でも、それからわたくしは『問題児』として扱われるようになった」
彼女は指に宿る小さな指輪を見つめた。あの日から離すことのなかった、青い宝石の指輪。
「東塔での『特訓』は、実質的な監禁でした。わたくしの力を封じる術を施された部屋で、感情を抑え、力を制御する訓練の名の下に」
レオとエルナは息を呑んだ。
「七英雄の血筋として誇りに思われるはずが、わたくしは『恐れられるべき存在』になってしまった」彼女は苦笑した。「家族にさえも」
「それで……逃げ出したのですか?」レオが静かに尋ねた。
クラウディアは首を横に振った。
「いいえ。わたくしは十二歳まで、その『訓練』に耐えました。毎日、感情を殺し、力を押し込め、『あるべき淑女』を演じることを強いられて」
彼女の声に力が込められていく。
「でもある日、わたくしは気づいたの。この力は『呪い』ではなく『祝福』なのだと」
クラウディアは両手を広げた。かすかな青い電光が、彼女の指先から流れ出る。
「わたくしの中の力は、制御するものではなく、解き放つもの。抑え込むべきではなく、誇るべきもの」
彼女は振り返り、二人をまっすぐに見つめた。
「だからわたくしは決めたの。世界で最も強い女王になると。わたくしの力を恐れるのではなく、崇めるような世界を作ると」
「そして東塔を出たのですね」レオがつぶやいた。
「ええ」クラウディアは高らかに笑った。「わたくしが十三の時、東塔を『雷鳴剣・壱の型』で吹き飛ばし、浮遊大陸を旅立ちました。以来、最強の証明のために各地を渡り歩いてきたというわけ」
彼女の笑い声は徐々に静まり、静かな決意に満ちた声に変わった。
「わたくしは、誰にも抑え込まれない。この力も、この心も、この魂も——すべてがわたくしのもの。そして、わたくしはそれを誇りに生きる」
炎が弾け、火花が舞い上がった。
「ずいぶん壮大な抱負ですね」エルナは静かに言った。「でも、理解できます」
彼女はクラウディアに向き直った。
「私も同じです。ずっと——」
エルナは言葉を詰まらせた。彼女の過去もまた、簡単に語れるものではなかった。
「煉界教団に追われ、力を封じられ……私も自分の運命から逃れたいと思っていました」
クラウディアは彼女をじっと見つめた。
「あなたの中にも『神の因子』がある。わたくしには分かる」彼女は言った。「だからこそ、煉界教団はあなたを追っている」
エルナはうなずいた。「そして、あなたも」
「なるほど」クラウディアは腕を組んだ。「わたくしたちは似た者同士というわけですわね」
レオはしばらく黙って二人の会話を聞いていたが、ようやく口を開いた。
「私も……クラウディア様とエルナ様についていきたい」
「ほう?」クラウディアは彼を見上げた。「昨日まで、わたくしに剣を突きつけていた騎士殿が?」
「あなたは私の任務でした」レオは真摯に言った。「王宮から派遣され、『雷鳴の覇姫』を監視するよう命じられていました」
クラウディアは眉をひそめた。「やはり父上の差し金ですわね」
「しかし——」レオは一歩踏み出した。「今は違います。あなたの力、あなたの決意、そしてあなたの過去を知った今、私はただの監視役ではいられません」
彼は剣を抜き、床に突き立てた。
「私は騎士レオ・グラント。今この瞬間から、クラウディア様の盾となり、エルナ様の守護者となることを誓います」
クラウディアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに豪快な笑みに変わった。
「ホーッホッホッホ! 男らしい決断ですわね!」彼女は立ち上がり、レオの肩を力強く叩いた。「わたくしの家来になりたいというのなら、喜んで迎えましょう!」
「家来ではなく、守護騎士として」レオは静かに訂正した。
「あら、随分と自信家ですこと」クラウディアは面白そうに笑った。「いいでしょう。あなたの忠誠を見せてみなさい」
エルナは微笑み、二人を見つめた。彼女の胸に、温かいものが広がっていくのを感じた。