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運命の少女

青い電光が森を駆け巡った。クラウディアの剣から放たれた雷撃は、山賊たちの武器を砕き、彼らの体を震わせた。だが、それは致命傷を与えるものではなかった。クラウディアはただ相手を威嚇し、戦意を喪失させるだけの力加減だった。

「ホーーッホッホッホ!どうですか、わたくしの力は?」

山賊たちは恐怖に顔を引きつらせ、よろめきながら後退した。リーダーらしき男は、膝を震わせながらも何とか踏みとどまっていた。

「お、おのれ...!」

男は震える手で懐から何かを取り出した。それは小さな赤い結晶体だった。突然、その結晶が不気味な光を放ち始め、男の腕に赤い筋が浮かび上がる。

「その結晶は...!」レオが驚きの声を上げた。

「まさか、煉界教団の...」クラウディアの表情が一瞬だけ引き締まった。

結晶の力を取り込んだ山賊のリーダーは、突如として変貌し始めた。筋肉が膨張し、皮膚が赤黒く変色していく。目は血走り、歯は獣のように鋭く変わっていった。

「力が...力がほとばしる!!」男は歪んだ声で叫んだ。

その姿は、もはや人間のそれではなかった。巨大化した体躯、赤黒い皮膚、そして獣のような鋭い爪と牙を持つ怪物へと変わっていた。

「教団の『獣変の結晶』ですね。あれを使うと、代償として理性を失い、最後には命さえ失うというのに...」

レオは静かに言った。他の山賊たちは、仲間の変貌を目の当たりにして、恐怖のあまり逃げ出した。

変貌した怪物は咆哮し、クラウディアに向かって猛烈な速さで飛びかかった。その速度は、先ほどの人間の時とは比較にならないほど速かった。

「甘いですわ!」

クラウディアは優雅に身をかわし、怪物の攻撃をいなした。だが、怪物の爪が彼女の肩をかすめ、豪華な衣装の一部が裂けた。

「あら、この衣装、お気に入りだったのに」

彼女は少し不機嫌そうに言ったが、顔には戦いの昂揚感が浮かんでいた。

「レオ、あなたは下がっていなさい。この程度の相手、わたくし一人で十分ですわ」

レオは一瞬躊躇したが、彼女の実力を知る者として、一歩退いた。

怪物は再び襲いかかってきた。クラウディアは剣を構え、その刀身に青い電光を走らせる。

「雷鳴剣・壱の型『閃電穿破』!」

クラウディアの剣が空気を切り裂き、青白い電撃が怪物を直撃した。怪物は苦悶の声を上げ、一瞬身動きが取れなくなった。

「もう一撃、決めますわ!」

彼女は怪物に向かって跳躍し、頭上から剣を振り下ろした。

「雷鳴剣・参の型『天雷落衝』!」

怪物を切り裂くかと思われた刹那、突如として巨大な土柱が地面から噴出し、クラウディアの攻撃を防いだ。

「何!?」

クラウディアが驚きの声を上げる。森の奥から、フードを被った人影が現れた。

「獣変の結晶はまだ実験段階だというのに...勝手な真似をしてくれたな」

低く沈んだ声が響く。フードの男は右腕を露わにした。その腕は全体が赤く染まり、鱗のような模様が浮かび上がっていた。

「赤き腕の...」レオが恐れるように呟いた。

「レイゼルか」クラウディアは剣を構えなおした。

煉界教団の幹部「赤き腕のレイゼル」。その名は大陸中に鳴り響いていた。彼は右手を地面に向け、再び土柱を出現させた。

「君が噂の『雷鳴の覇姫』か。予想以上に若いな」

「失礼な方ね。わたくしはまだ二十歳ですわ」クラウディアは不敵に微笑んだ。

レイゼルは無表情で怪物に向き直った。

「実験体としては失敗だ。回収する」

彼が手を翳すと、怪物の体から赤い光が抜け出し、レイゼルの腕に吸収されていく。怪物は徐々に元の人間の姿に戻っていったが、生気を失ったような蒼白な顔で地面に倒れた。

「あなた...彼を殺したのね」クラウディアの声に怒りが滲んだ。

「彼自身が選んだ道だ。教団の結晶を使うということは、命を捧げることを意味する」

レイゼルはクールに答えた。

「腐った理屈ですわね」

クラウディアが剣を構え直すと、レイゼルも戦闘態勢に入った。彼の赤い腕から、不気味な力が放射されている。

「本当に戦うつもりか?ここで君を殺す予定はない」

「ならば、さっさと去りなさい」

「もう少し話を聞いてからにしよう」レイゼルは静かに言った。「君の血に流れるものについて、教えてあげよう」

「わたくしの...血?」

クラウディアは一瞬だけ動揺した。それを見逃さなかったレイゼルは続けた。

「君は自分の出自について、何も知らされていないのだな。ヴァル=ザ=イグニス家が、どれほど古くからの血脈なのか...」

「黙りなさい!」

クラウディアの剣から強烈な電撃が放たれた。しかし、レイゼルはそれを赤い壁で防いだ。

「教えてやろう。君は——」

レイゼルの言葉が途切れた。突如として、遠くから爆発音と黒煙が上がったのだ。それは彼らがいる場所からかなり離れた、谷を挟んだ向こう側だった。

「!?」

全員が驚きの表情を浮かべる中、レイゼルだけが状況を理解したように目を細めた。

「ラズベリー村か...どうやら我が同僚たちが先に動いたようだ」

「何を言ってるの?」クラウディアが詰め寄る。

「私の目的は、実はあちらの村にいる。君との戦いは今回は見送ろう」

そう言うと、レイゼルは地面を蹴った。彼の足元から赤い魔法陣が広がり、彼の体は風のように森の中へと消えていった。

「待ちなさい!」

クラウディアは追いかけようとしたが、レオが彼女の腕を掴んだ。

「追わないほうがいい。あの男は危険だ」

「でも...」

彼女は遠くに上がる黒煙を見つめ、唇を噛んだ。

「村が襲われているのよ」

「行くつもりか?」

「当たり前でしょう!わたくしは...」

クラウディアは一瞬だけ言葉を探すように黙った。

「わたくしは、弱き者を守るのが真の強者の務めだと信じていますわ!」

彼女はきっぱりと宣言した。レオの顔に微かな笑みが浮かんだ。

「それでこそ、覇姫と呼ばれるだけの価値がある」

「さあ、急ぎましょう!あのレイゼルとやらに先回りされてはなりませんわ!」

二人は馬に飛び乗り、黒煙の上がる方角へと疾走した。


ラズベリー村は、浮遊大陸アルメイダの北東に位置する小さな村だった。その名の通り、ラズベリーの栽培で知られ、特に「霧のラズベリーワイン」は大陸中で珍重されていた。

しかし今、その平和な村は炎に包まれていた。

クラウディアとレオが村に到着したとき、すでに多くの家屋が燃え上がっていた。村人たちは混乱し、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。彼らを追うようにして、黒いローブを着た男たちが村を蹂躙していた。

「煉界教団の手下どもね」

クラウディアは睨みつけるように言った。

「目的は何だろう。ラズベリー村には特別なものは...」

レオの言葉が途中で途切れた。村の中央広場で、一人の少女が煉界教団の信者たちに囲まれていたのだ。

その少女は十六、七くらいだろうか。長い銀髪と清楚な白い服を身にまとい、青い瞳は恐怖に震えていた。周囲には村人たちの死体が散乱し、少女は泣きじゃくりながらも、信者たちに立ち向かおうとしていた。

「捕まえろ!その娘を生きたまま連れ帰るのだ!」

黒ローブの一人が命令を下した。少女は必死に抵抗したが、すでに疲労困憊の様子だった。

「やめなさい!」

クラウディアの声が響き渡った。彼女は馬から飛び降り、広場に向かって駆けていった。

「クラウディア、待て!」

レオは彼女を追ったが、彼女の方が先に教団の信者たちと対峙していた。

「ほう、またお前か」

黒ローブの一人が振り返る。どうやらレイゼルはまだ到着していないようだった。

「わたくしに構うのはいいけれど、無力な村人を巻き込むなんて卑怯者のすることですわ!」

クラウディアの目が怒りに燃えていた。彼女は剣を構え、信者たちに向かって突進した。

「覇姫だ!気をつけろ!」

信者たちが慌てふためく中、クラウディアは猛烈な勢いで彼らの中に斬り込んだ。彼女の剣筋は美しく、一撃一撃に雷の力が宿っている。

「雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」

クラウディアの剣から放たれた無数の電撃が、信者たちを次々と打ち倒していく。彼女は致命傷を与えないよう気をつけながらも、容赦なく攻撃を加えた。

レオも剣を抜き、信者たちと交戦した。彼の剣技は派手さはないが洗練されており、一撃一撃が無駄なく敵を倒していく。

「少女を守れ!彼女さえ連れ帰れば良いのだ!」

黒ローブのリーダーが叫ぶ。その声に反応するように、数人の信者が少女に飛びかかった。

「させませんわ!」

クラウディアは少女の前に立ちはだかった。彼女の剣が宙を舞い、信者たちを弾き飛ばす。だがその隙に、別の信者が後ろから少女に迫っていた。

「気をつけて!」レオが警告の声を上げる。

少女は恐怖に目を見開いたが、突然、彼女の体から淡い青い光が放たれた。その光は輪を描き、彼女を攻撃しようとした信者を弾き飛ばした。

「あの力は...」

クラウディアは驚きの表情を浮かべた。少女自身も自分の力に戸惑いの表情を見せている。

「なんとしても、あの娘を捕らえろ!」

黒ローブのリーダーが叫んだ。だが、クラウディアとレオの反撃により、信者たちは次々と倒れていった。

「退くぞ!今日のところは引くのだ!」

リーダーが撤退の命令を下した。残った信者たちは、傷ついた仲間を担いで村から逃げ出していく。

黒ローブのリーダーは最後に、少女を睨みつけるように見つめた。

「覚えておけ、エルナ・セフィリア。お前は我らのものだ」

そう言い残すと、彼も姿を消した。

広場に残されたのは、クラウディア、レオ、そしてエルナと名前を呼ばれた少女だけだった。彼女は力尽きたように膝をつき、泣き崩れた。

「大丈夫ですわ。もう安全よ」

クラウディアは少女に近づき、優しく肩に手を置いた。彼女の普段の豪快さからは想像できない、穏やかな声音だった。

「みんな...みんな死んでしまった...」

少女——エルナは震える声で言った。彼女の周りには、彼女を守ろうとして命を落とした村人たちの亡骸が横たわっていた。

「あなたがエルナ・セフィリアね」

「は、はい...」

エルナは涙に濡れた顔を上げた。彼女の青い瞳は、深い悲しみと恐怖に満ちていた。

「なぜ煉界教団があなたを狙っているの?」

レオが静かに尋ねた。エルナは目を伏せ、小さく首を振った。

「わ、わからないんです...突然、村に現れて...私を連れていこうとして...」

彼女の言葉は途切れがちだった。

「あの力...さっき使った力は何?」クラウディアが尋ねる。

「私にも...わからないんです。怖くなると、時々...体から光が...」

「教団が彼女を狙う理由は、その力かもしれない」

レオが推測した。クラウディアはエルナの顔をじっと見つめた。

「あなた、家族は?」

エルナは悲しげに首を振った。

「いないんです。私は...この村で孤児として育てられました」

その言葉を聞いて、クラウディアの目が柔らかくなった。彼女もまた、孤独を知る者だった。

「そう...孤児なのね」

彼女は立ち上がり、村を見回した。多くの家が燃え、死体が散乱している。もはやエルナがこの村に残れる状況ではなかった。

「クラウディア」レオが静かに声をかけた。「我々は彼女をどうするつもりだ?」

クラウディアは少し考え込むように黙った後、突然、大きく微笑んだ。

「決まっているじゃないですか!」

彼女はエルナの前に立ち、指を天に向けて宣言した。

「わたくし、世界最強の女王になるつもりですの。あなたを守ってあげるわ!」

彼女の高らかな宣言に、エルナは驚いたように目を丸くした。

「え...で、でも...私なんかを...」

「いいのよ。一人で逃げ回るより、わたくしと一緒の方が安全ですわ。そうでしょう?」

クラウディアは自信満々に胸を張った。その姿は確かに、覇姫の名にふさわしい堂々としたものだった。

「覇姫様...」エルナは小さく呟いた。

「ホーッホッホッホ!『覇姫様』なんて呼ばなくていいですわ。クラウディアでいいのよ」

彼女は豪快に笑いながら、エルナの頭を優しく撫でた。レオは呆れたようでいて、少し微笑んでいた。

「困った人ですね。しかし...」

彼は小声で続けた。

「それがあなたの一番の魅力なのかもしれませんね」

クラウディアはエルナを立ち上がらせ、両肩をぎゅっと掴んだ。

「エルナ・セフィリア。あなたはもう一人じゃない。わたくしと一緒に旅をしましょう。煉界教団からあなたを守り、そしてあなたの真の力の秘密を探りましょう」

エルナの瞳に、かすかな希望の光が灯った。

「本当に...いいんですか?」

「当然ですわ!わたくしが決めたことですもの!」

クラウディアは高らかに笑った。その笑い声は、燃え盛る炎の音さえも掻き消すほど力強かった。

「さぁ、この村を出ましょう。でも、その前に...」

クラウディアは村人たちの遺体を見つめた。

「彼らのための弔いをしなければなりませんわね」

三人は、生き残った村人たちと協力して、死者たちのための簡素な埋葬を行った。エルナは涙を流しながらも、自分を守ってくれた人々に最後の別れを告げた。

夕暮れ時、三人は村を後にした。クラウディアとレオは馬に乗り、エルナはクラウディアの後ろに乗せてもらった。

彼らの前には、不確かな旅路が広がっていた。煉界教団の脅威、エルナの謎めいた力、そしてクラウディア自身の出自の謎。全てが複雑に絡み合っていることを、彼らはまだ知らなかった。

だが、クラウディアの顔には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。

「さあ、行きましょう!わたくしの冒険はまだ始まったばかりですわ!」

彼女の宣言が夕焼けの空に響き渡った。これが「鋼の覇姫」と呼ばれる少女の、新たな旅の始まりだった。


ラズベリー村から数日の旅を経て、一行は森と山々に囲まれた小さな町、ブルームヘブンに到着した。ここは大陸の主要交易路から少し外れた静かな町で、煉界教団の手が届きにくい場所でもあった。

「ひとまず、ここで休息を取りましょう」

レオが提案した。長旅でエルナは疲れ切っていた。彼女の顔色は優れず、時折咳き込むこともあった。

「そうですね。エルナのためにも、少し休むべきですわ」

クラウディアも同意した。彼女はエルナの体調を心配そうに見つめていた。普段の豪快な態度とは打って変わって、彼女はエルナに対しては姉のように優しかった。

町の中心部にある宿「青葉亭」に部屋を取り、三人は荷物を解いた。宿の主人は初め、派手な出で立ちのクラウディアを怪しんだが、レオの穏やかな説明で納得したようだった。

「エルナ、ゆっくり休みなさい。わたくしたちが見張りをしていますから」

クラウディアはエルナの部屋に毛布を運びながら言った。エルナは感謝の表情を浮かべた。

「クラウディアさん...本当にありがとうございます」

彼女は小さな声で言った。クラウディアは微笑み、彼女の額に軽く手を当てた。

「熱はありませんわね。ただの疲労でしょう。ゆっくり休みなさい」

クラウディアが部屋を出ると、廊下でレオが待っていた。彼は腕を組み、壁に寄りかかっていた。

「随分と優しいんですね。普段のあなたからは想像できません」

「失礼な方ね」クラウディアは少し頬を膨らませた。「わたくしだって、弱っている人に優しくしますわ」

レオは小さく笑った。

「冗談です。それより、今後のことを話し合いましょう」

二人は宿の裏庭にある小さなテーブルに座った。秋の日差しが心地よく感じられる午後だった。

「エルナのことですが...」レオが切り出した。「彼女の力は確かに並外れています。私も昔、似たような力を持つ者の話を聞いたことがあります」

「それは?」

「『封印の巫女』と呼ばれる存在です。古代戦争の際、神の力を封じるための儀式を行える特別な血筋だと言われています」

クラウディアは驚いたように目を見開いた。

「もしエルナが『封印の巫女』の血を引いているならば...煉界教団が彼女を狙う理由も説明がつきます」

レオは静かに続けた。

「彼らは古の神を復活させようとしている。そのためには、『封印の巫女』の力を逆用する必要があるのかもしれません」

クラウディアは思案顔で空を見上げた。

「煉界教団、レイゼル...そして『わたくしの血に流れるもの』か...」

彼女は自分自身の出自について、レイゼルが何を知っているのか気になっていた。ヴァル=ザ=イグニス家は名門貴族だったが、彼女は幼い頃から家族と疎遠だった。自分の力の源について、詳しく教えられることもなかった。

「レオ、あなたはわたくしの家系について何か知っていますの?」

レオは少し驚いた表情を見せた後、静かに頷いた。

「ヴァル=ザ=イグニス家は、古代戦争で活躍した七英雄の一人、イグニス・ザ・サンダーの血を引くと言われています。彼は雷を操る力を持ち、神と渡り合った伝説の戦士です」

「わたくしの力の源は...そこにあるのですね」

クラウディアは自分の手のひらを見つめた。青い電光が指先に小さく踊る。

「しかし、それだけでは煉界教団があなたに興味を持つ理由としては足りません。他の英雄の子孫も存在するはずですから」

レオの言葉に、クラウディアは首を傾げた。

「何か特別なことがあるのでしょうか...」

「伝説によれば、七英雄の中でもイグニス・ザ・サンダーは特別だったと言われています。彼は...」

レオの言葉が途切れた。突然、宿の方から女性の悲鳴が聞こえたのだ。

「エルナ!」

クラウディアは即座に立ち上がり、宿へと駆け出した。レオも剣を抜き、彼女の後を追った。

宿に戻ると、エルナの部屋の扉が開け放たれ、中では宿の女中が悲鳴を上げていた。部屋の中にエルナの姿はなかった。

「どうしたの!?エルナはどこ?」

クラウディアは女中に詰め寄った。彼女は青ざめた顔で震えながら答えた。

「窓...窓から黒い影が...少女を連れて...」

「まさか!」

クラウディアは窓から身を乗り出した。そこには小さな庭があり、その向こうに森が広がっていた。地面には足跡が残されており、何者かが森の方向へ逃げたことを示していた。

「追いましょう!」

クラウディアは窓から飛び降り、足跡を追いかけ始めた。レオも彼女の後に続いた。

「煉界教団の連中でしょうか」

「間違いないわ。でも、レイゼルほどの力を持つ者ではないでしょう。エルナが抵抗した形跡がないわ」

彼らは森の中を走り続けた。やがて足跡は小道に合流し、さらに奥へと続いていた。

「あまり遠くには行けないはず。エルナを運んでいるのですから」

クラウディアは言いながらも、焦りを隠せなかった。彼女は自分が約束したエルナの安全を守れなかったことに責任を感じていた。

「前方に人影があります」

レオが指さした方向に、確かに黒い影が移動しているのが見えた。それは子供のような小柄な人影を担いでいるようだった。

「エルナ!」

クラウディアは叫びながら駆け出した。彼女の声を聞いて、黒い影は一瞬立ち止まった後、さらに速度を上げて逃げ始めた。

「逃がさないわ!」

クラウディアは剣を抜き、剣先に雷を集中させた。

「雷鳴剣・弐の型『閃電貫矢』!」

彼女は剣を横に振り、青い電光の矢が黒い影の前方に飛んでいった。その矢は地面に突き刺さり、爆発を起こした。黒い影は驚いて立ち止まり、担いでいたエルナを地面に降ろした。

「ついに追いついたか...」

黒い影はフードを脱ぎ、その素顔を現した。それは若い男で、顔の左半分に不気味な刺青が入っていた。

「煉界教団の構成員ね。さっさとエルナを返しなさい!」

クラウディアは剣を構える。男は冷たく笑った。

「返すわけがないだろう。彼女は我らの神の復活に必要な生贄なのだから」

「生贄...?」

クラウディアは眉をひそめた。エルナは気を失っているようで、地面に横たわったままだった。

「彼女の血には、封印の力が流れている。我らの神を解放するために必要なのだ」

男は言いながら、懐から何かを取り出した。それは、山賊のリーダーが使っていたものと同じ赤い結晶だった。

「また獣変の結晶を...」

レオが警戒するように言った。男は結晶を掲げ、呪文のような言葉を唱え始めた。

「覇姫よ、貴様の力も我らの神のもとに捧げるが良い!」

結晶が不気味な光を放ち、男の体に溶け込んでいく。彼の体は膨張し、皮膚が赤黒く変色していった。これまでに見た獣変体とは違い、形状がより整った、人型の怪物へと変貌していた。

「コントロールできているのね...」

クラウディアは驚きの声を上げた。変身した男は、今や二メートルを超える巨体になっていた。その腕からは鋭い刃が突き出し、目は赤く輝いていた。

「覇姫、そして騎士よ...死を覚悟しろ!」

怪物と化した男は、猛烈な速さでクラウディアに襲いかかった。クラウディアは剣で受け止めたが、その衝撃で数メートル後方に吹き飛ばされた。

「強い...!」

彼女は驚きながらも、すぐに体勢を立て直した。レオが彼女の横に立ち、剣を構える。

「普通の獣変体とは違います。あの結晶の使い方を習得しているようだ」

「まあ、退屈しのぎには丁度いいですわね!」

クラウディアは不敵な笑みを浮かべた。どんな強敵が現れようとも、彼女の自信は揺るがない。

「レオ、あなたはエルナを守りなさい。わたくしがこの怪物を相手します!」

「しかし...」

「いいから!」

クラウディアの剣から青い電光が迸る。彼女は怪物に向かって躍り出た。

「雷鳴剣・伍の型『雷震怒濤』!」

彼女の剣が宙を舞い、青い光の渦が怪物を襲った。怪物は腕を交差させて防御したが、衝撃波で後退させられた。

「なかなかやるじゃないか、覇姫!」

怪物は嘲笑うように言い、今度は地面を両手で叩いた。突然、地面から赤い結晶の棘が生え始め、クラウディアめがけて急速に伸びてきた。

「な、何!?」

クラウディアは後方に跳躍し、かろうじて棘を避けた。だが、一本の棘が彼女の脚を掠め、衣装を引き裂いた。

「獣変の結晶には、もっと多くの可能性があるのだよ。お前たちは、その一端を見せてやる!」

怪物は両手を広げ、周囲の空気が赤く染まっていく。空気中に赤い結晶の粒子が浮かび、それが渦を巻いていた。

「これは...まずいですわ!」

クラウディアは直感的に危険を感じ、レオとエルナのいる方向に走り出した。

「レオ!エルナを守って!」

彼女がそう叫んだ瞬間、怪物は両手を叩き合わせた。空中に浮かぶ赤い粒子が一斉に爆発し、衝撃波が森全体を襲った。

クラウディアは咄嗟にレオとエルナの前に立ち、剣を掲げた。

「雷鳴剣・玖の型『天帝結界』!」

彼女の剣から青い電光が放射状に広がり、三人を覆う半球状の盾を形成した。爆発の衝撃波がその盾に当たり、激しく震動を起こした。

「くっ...」

クラウディアは歯を食いしばりながら盾を維持した。だが、爆発の威力は予想以上に強く、盾にヒビが入り始めた。

「もう少し...耐えて...!」

彼女は全身の力を込めて盾を強化しようとした。そのとき、背後から小さな声が聞こえた。

「わ、私が...」

エルナが目を覚まし、弱々しく手を伸ばしていた。彼女の手から淡い青い光が放たれ、クラウディアの盾と同化するように広がっていく。

「エルナ...!」

クラウディアは驚きの表情を浮かべた。エルナの力が加わったことで、盾は一層強固になり、ヒビも修復されていった。二人の力が共鳴するかのようだった。

爆発が収まり、クラウディアは盾を解除した。エルナは力を使い果たしたように、再び倒れこんだ。

「エルナ!大丈夫?」

クラウディアが駆け寄るが、エルナは意識を失っていた。ただ、彼女の呼吸は安定しており、生命に別状はなさそうだった。

「あの力は...間違いなく『封印の巫女』の力だ」

レオが静かに言った。

「何?」

「古の書物に記されている。『封印の巫女』の力は、他の力と共鳴し、増幅させる効果があるという」

クラウディアはエルナを見つめ、そっと頬に触れた。

「だからこそ、煉界教団は彼女を欲しているのね...」

「そうだ!その通りだ!」

怪物の声が響いた。彼は爆発の衝撃で吹き飛ばされていたが、今再び立ち上がり、こちらに向かってくる。体の一部が損傷しているが、それでも恐ろしい威圧感を放っていた。

「その娘を渡さない限り、お前たちは生きて帰れない!」

クラウディアは立ち上がり、剣を構え直した。彼女の表情は真剣そのものだった。

「エルナは渡さない。あなたこそ、ここから生きては帰れないでしょうね」

彼女の声には、いつもの高らかさはなかった。静かで冷たい、本気の怒りを秘めた声だった。

「レオ、エルナを頼みます」

彼女はレオに視線を送った。レオは無言で頷き、エルナを抱き上げた。

「おい、逃がさん!」

怪物が駆け出そうとしたその瞬間、クラウディアの剣が地面に突き刺さった。

「相手はわたくしよ!」

彼女の剣から放たれた雷撃が、怪物の足元を爆発させた。怪物は足を止め、クラウディアを睨みつけた。

「ならば...覇姫の首を持ち帰る!」

怪物は全身の力を込めて、クラウディアに突進した。その速度は、先ほどよりも増していた。クラウディアは構えを低くし、怪物の攻撃を待った。

二人の間の距離が縮まる。五メートル、三メートル、一メートル...

「雷鳴剣・奥義『神砕雷光牙』!」

クラウディアが踏み込むと同時に、彼女の体から青白い光が爆発した。その光は竜のような形を作り出し、怪物に襲いかかった。

「なっ...!?」

怪物は驚きの声を上げたが、それが最後の言葉となった。光の竜は怪物の体を貫き、彼の赤い結晶のコアを粉々に砕いた。

爆発的な光が森を照らし、一瞬、昼のような明るさになった。

光が収まると、怪物の姿は消え、元の人間の姿に戻った男が地面に倒れていた。彼は既に息絶えていた。

「終わりましたわ...」

クラウディアは疲れた様子で剣を鞘に収めた。彼女の体からは細かい電光が散っており、奥義を使ったことの反動が見て取れた。

「クラウディア!」

レオが彼女の名を呼んだ。彼はエルナを抱きかかえたまま、彼女の元へと駆け寄った。

「大丈夫です...少し力を使い過ぎただけ」

クラウディアは笑顔を作ったが、その顔は蒼白で、体が小刻みに震えていた。

「無茶をしすぎです。あの奥義は、あなたの体に大きな負担をかけるはずだ」

「心配しないで、レオ。わたくしは『雷鳴の覇姫』ですもの。このくらいの反動、問題ありませんわ」

彼女は強がったが、一歩踏み出した途端に膝が折れそうになった。レオが咄嗟に彼女を支えた。

「無理をしないでください。エルナを連れて、すぐに宿に戻りましょう」

レオはエルナをクラウディアに抱きかかえさせ、自分はクラウディアの肩を支えた。三人はゆっくりと森を後にした。


「これはいかがなものか...」

ブルームヘブンから遠く離れた場所、煉界教団の秘密の砦の中で、レイゼルは報告書を読んでいた。彼の赤い腕が、不満げに震えている。

「派遣した信者が全滅したと?」

「はい」

報告をする部下は、恐れるように頭を下げた。

「『封印の巫女』の確保に失敗し、『獣変の結晶』の実験体も失った...」

レイゼルは冷たく言った。彼の声には感情が感じられなかった。

「覇姫はやはり手強いようだな」

「どうしましょうか?」

「様子を見るとしよう。あの覇姫とエルナ・セフィリアを、もう少し観察する必要がある」

レイゼルは立ち上がり、砦の窓から外を見た。暗闇の中、遠くの星々が輝いていた。

「それに、彼女の血の秘密も調べねばならん。覇姫の体に眠る『神の因子』...それこそが、我らの最終目標なのだから」

彼の赤い腕が不気味に光り、その光は暗闇の中で血のように赤く染まっていた。


ブルームヘブンの宿に戻った三人は、それぞれ傷の手当てをし、休息をとっていた。エルナは別室で眠り、クラウディアとレオは宿の一室で今後の計画を話し合っていた。

「クラウディア、あなたはエルナを守るという決意が本気なのですね」

レオが静かに尋ねた。クラウディアは窓の外を見つめながら、小さく頷いた。

「ええ。彼女に...わたくし自身を重ねているのかもしれません」

「あなた自身を?」

「わたくしも、かつては孤独でした。この力のせいで...」

クラウディアは自分の手を見つめた。青い電光が指先から小さく放電している。

「幼い頃から、わたくしは『異常』だと言われました。普通の子供たちより強すぎる。感情が高ぶると、雷が落ちる。家具や壁を壊してしまう...」

彼女は懐かしそうに、しかし少し寂しげに笑った。

「家族でさえ、わたくしを怖れていました。だから...」

「だから、最強の女王になろうと決意したのですね」

レオが彼女の言葉を続けた。クラウディアは肯定するように頷いた。

「わたくしが最強になれば、誰もわたくしを怖れる必要はなくなる。むしろ、わたくしを頼りにするようになる。そう信じて...」

彼女は言葉を途切れさせ、遠い記憶に浸るように目を閉じた。

「エルナにも、同じ思いをさせたくない。彼女には、自分の力を恐れることなく、誇りを持って生きて欲しい」

クラウディアの言葉には、普段の高慢さはなく、純粋な思いやりが込められていた。レオは感心したように彼女を見つめた。

「覇姫という肩書きや、豪快な振る舞いの奥にある、あなたの本当の強さはそこにあるのかもしれませんね」

「なによ、変なことを言わないでくださいな」

クラウディアは少し恥ずかしそうに答えた。レオは優しく微笑んだ。

「さて、明日からはどうしましょうか」

「そうですね...」

クラウディアは考え込むように腕を組んだ。

「まずは、エルナの力の秘密を探る必要があります。また、煉界教団の目的も知らなければ...」

「そのためには、古代文書を調べる必要があるでしょう」

レオが言った。

「大陸の中央にある『水晶の図書館』なら、何か手がかりがあるかもしれません」

「水晶の図書館...」

クラウディアは目を輝かせた。その図書館は浮遊大陸アルメイダの中でも最も古く、最も豊富な知識が集められた場所だった。

「そこへ行きましょう!エルナさえ良ければ...」

「ええ、行きましょう」

小さな声が聞こえ、二人は驚いて振り返った。部屋の入り口に、エルナが立っていた。彼女は少し顔色が良くなり、自分の足で立っていた。

「エルナ!もう起きられるのですか?」

クラウディアが駆け寄ると、エルナは小さく頷いた。

「はい...あの、聞こえてしまって...」

「気にしなくていいのよ。あなたの力の秘密を探ろうとしていたところです」

クラウディアは優しく彼女の肩に手を置いた。エルナは少し緊張した様子だったが、決意の表情を見せた。

「私...自分の力について知りたいです。そして、なぜ煉界教団が私を狙うのか...その理由も」

「ええ、一緒に探しましょう」

クラウディアは微笑んだ。エルナの青い瞳には、もう恐怖の色はなく、かすかな希望の光が灯っていた。

「明日から、水晶の図書館を目指しましょう。そこで答えを見つけるのです」

クラウディアは高らかに宣言した。彼女の目には、新たな冒険への期待と興奮が輝いていた。

レオはそんな二人を見守りながら、静かに微笑んだ。覇姫クラウディアと封印の巫女エルナ。運命に導かれた二人の少女の物語は、まだ始まったばかりだった。


翌朝、明け方の静けさの中、三人は宿を後にした。クラウディアとレオは馬に乗り、エルナは再びクラウディアの後ろに乗せてもらった。

「水晶の図書館まで、どのくらいかかりますか?」

エルナが小さな声で尋ねた。

「良い天気が続けば、五日ほどでしょう」

レオが答えた。彼は地図を見ながら、最も安全な道を選んでいた。

「途中、危険な場所もありますが...」

「心配しなくていいですわ!」

クラウディアが自信満々に言った。

「わたくしがいるのですから、煉界教団であろうと、山賊であろうと、何者も近づけさせません!」

彼女は高らかに笑った。その笑い声は、朝の静寂を破り、鳥たちを驚かせた。

「ホーーーッホッホッホ!わたくしが最強ですわ!」

エルナは最初は驚いたが、すぐに小さく笑った。クラウディアのあけすけな自信と豪快さに、彼女は少しずつ慣れてきていた。

「本当に、クラウディアさんは強いですね」

「当然ですわ!わたくしはいずれ、世界最強の女王になるのですから!」

クラウディアは空に向かって拳を突き上げた。レオは呆れたように頭を振ったが、口元には微笑みがあった。

三人の旅が始まった。その先に何が待ち受けているのか、彼らはまだ知らなかった。だが、クラウディアは恐れなかった。彼女の心は冒険への期待で満ちていた。

「さあ、行きましょう!わたくしたちの物語は、まだ始まったばかりですわ!」

彼女の宣言が朝の空に響き渡った。雷鳴の覇姫、封印の巫女、そして忠実な騎士。三人の旅路は、これからどこへ向かうのか—。


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