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第1話 古城に眠る紅い瞳の秘密

輝く星々が散りばめられた漆黒の空間。その中を泳ぐように、一人の青年が浮かんでいた。


「よし、目的地に到着だ」


夕凪蓮夜は、自分の周りに渦巻く青白い光の筋を見つめ、ゆっくりとその流れが収まるのを待った。彼は異なる次元、異なる時間軸へと移動できる特殊な能力を持っていた。黒髪黒目の整った顔立ちは、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。


光の渦が完全に消え去ると、彼の足元には石畳の道が現れた。


「1698年、ヴァルシュタイン城か…」


蓮夜は自分のスマートウォッチを確認し、小さく頷いた。身に着けていた黒いコートの襟を立て、周囲を見渡す。彼の姿は既に当時の貴族風の服装に変わっていた。青と金の刺繍が施された上着に、白いフリルのシャツ。この時代に溶け込むための必須アイテムだ。


「さて、あの伝説の『紅き瞳の姫』を実際に見てみるか」


彼は先日、古い歴史書で見つけた不思議な記述が気になっていた。18世紀初頭、東欧の片隅にあったヴァルシュタイン城には、「紅き瞳の姫」と呼ばれる謎の少女が幽閉されていたという。彼女の瞳は血のように赤く、見つめられた者は魂を奪われるとさえ言われていた。


「おそらく、単なるアルビノか何かだろうけど…」


蓮夜は小さくつぶやき、城へと続く道を歩き始めた。しかし彼の好奇心は、単なる珍しい容姿以上のものを求めていた。その記録には、姫が時折「未来の言葉」を口にしたという記述もあったのだ。


城下町の賑わいを抜け、蓮夜は堂々とした城門の前に立った。白と灰色の石造りの巨大な城は、夕暮れの空に不気味な影を落としていた。


「さて、どうやって中に入ろうか…」


ちょうどその時、城の方から騎馬隊が出てくるのが見えた。先頭には、威厳に満ちた中年の男性が乗っている。


「あれは…城主のヴァルシュタイン伯爵か」


蓮夜は事前に調べていた知識を思い出す。彼は人混みに紛れ、騎馬隊の様子を観察した。


「おや、どこかの貴族のお坊ちゃんかい?」


突然、隣から声をかけられて蓮夜は振り向いた。そこには、こげ茶色の髪をした少年が立っていた。12,3歳くらいだろうか、汚れた服を着ているが、賢そうな瞳をしている。


「いや、ただの旅人だよ」


少年は怪訝な顔で蓮夜を見上げた。


「旅人にしては、立派な服装じゃないか。まあいい、城に用があるなら、俺が案内してやるよ。もちろん、少しの対価をいただくけどね」


「対価?」


「そう、銀貨二枚」


少年は手のひらを差し出した。蓮夜は笑いながらポケットから銀貨を取り出した。もちろん、予め用意していた複製品だ。


「名前は?」


「ヨハン。この辺りのことなら何でも知ってるぜ」


ヨハンはニヤリと笑って銀貨をポケットにしまい、城の方へ向かって歩き始めた。


「城主の伯爵様は今、狩りに出かけたところだ。帰ってくるのは日が暮れてからだろうな」


「そうか。ところでヨハン、この城には『紅き瞳の姫』がいるって本当かい?」


その言葉に、ヨハンの足が止まった。彼はゆっくりと振り返り、蓮夜を警戒するように見つめた。


「お前、変わった事に興味がある変人だな。あの姫様のことは、あまり話さない方がいいぜ」


「どうして?」


「呪われるからさ」


ヨハンの表情は真剣だった。しかし、蓮夜は更に興味をそそられた。


「教えてくれたら、もう一枚銀貨を出すよ」


少年の目が輝いた。


「…わかった。でも小声でな」


ヨハンは周囲を見回し、声を潜めた。


「姫様は城の最上階、東の塔に幽閉されているんだ。誰も会わせてもらえない。けど、使用人の女たちの話じゃ、姫様の目は確かに紅く燃えるような色をしているらしい。そして…」


彼は更に声を落とし、蓮夜の耳元で囁いた。


「時々、誰も知らない言葉で歌うんだと。その歌を聴いた者は、翌日には高熱で倒れるんだ」


「ほう…」


蓮夜の目が好奇心で輝いた。


「城には裏口から入れるぜ。料理人たちが出入りしている所だ。俺が案内してやる」


ヨハンは自信満々に言った。蓮夜は頷き、少年の後に続いた。


城の裏手には確かに、使用人用の小さな門があった。ヨハンはまるで慣れた様子で中に滑り込み、蓮夜も後に続いた。中は厨房で、料理人たちが忙しく働いていた。誰も二人に気づかない。


「この先は一人で行くんだな。東の塔への階段は中庭を抜けて、右手の廊下の奥にある」


ヨハンは最後の指示を出し、さっさと厨房から姿を消した。蓮夜は一人、城の内部を進んでいく。


広い中庭を横切り、右手の廊下へ。予想通り、その奥には螺旋階段があった。蓮夜は周囲に人がいないのを確認し、素早く階段を上り始めた。


階段を上るにつれ、空気が冷たくなっていくのを感じる。最上階に辿り着いた蓮夜の前には、重厚な木の扉があった。扉の前には、鎧を着た衛兵が立っていたが、彼はうつらうつらと居眠りをしていた。


「幸運だな」


蓮夜はそっと衛兵の横を通り過ぎ、扉に手をかけた。鍵がかかっているかと思いきや、簡単に開いてしまう。


「入ってよろしくてよ」


部屋の中から、透き通るような少女の声が聞こえた。蓮夜は一瞬驚いたが、すぐに心を落ち着け、扉を開けた。


部屋の中は、予想外に豪華だった。赤と金の壁紙、繊細な刺繍が施された絨毯、優美な家具。そして窓際には、一人の少女が立っていた。


彼女はゆっくりと振り返った。蓮夜の息が止まる。


少女は驚くほど美しかった。銀色の長い髪が風に揺れ、白い肌は月明かりに照らされて輝いている。そして、その瞳は——確かに紅く、宝石のように輝いていた。


「あなたは誰?」


少女の声は、まるで水晶のベルのように澄んでいた。年の頃は16、7歳だろうか。白い繊細なドレスを身にまとい、首元には赤い石のペンダントが光っていた。


「夕凪蓮夜。ただの旅人だよ」


蓮夜は落ち着いた声で答えた。少女は不思議そうに首を傾げた。


「旅人?ここがどこだか、ご存知で?」


「ヴァルシュタイン城の東の塔。そして君は、『紅き瞳の姫』と呼ばれている人だね」


少女は微笑んだ。その笑顔には、どこか悲しみが滲んでいた。


「人々は私をそう呼ぶわ。でも本当の名前は、エリザベータ・フォン・ヴァルシュタイン。この城の主の娘よ」


「なるほど。それで、なぜ城主の娘がこんな場所に閉じ込められているんだ?」


エリザベータは窓の外を見つめた。


「私の目が、みんなを怖がらせるから。そして……未来が見えるからよ」


蓮夜の心臓が高鳴った。これこそ、彼が求めていた謎だった。


「未来?本当に見えるのかい?」


「信じないわよね。でも本当なの」


エリザベータは蓮夜に近づいてきた。彼女の赤い瞳が、蓮夜の黒い瞳をじっと見つめる。


「あなたも、私と同じなのね」


蓮夜は驚いた。


「どういう意味だい?」


「普通の人じゃない。あなたは…時を超えてきた」


その言葉に、蓮夜は言葉を失った。エリザベータは彼の腕を取り、窓際へと導いた。


「見て。あの星々を。私はあの星々が語りかけてくるのが聞こえるの。そして、まだ起きていない出来事が見えるの」


少女の声は真剣だった。蓮夜は彼女の紅い瞳を見つめ返した。


「何が見えるんだい?」


「明日、この城は火に包まれる。多くの人が死ぬわ」


エリザベータは静かに言った。その表情に嘘はなさそうだった。


「それを止めようとはしないのか?」


「警告しても、誰も信じない。狂っていると言われるだけ。それに…」


彼女は一瞬躊躇い、続けた。


「それが運命なら、抗えないの」


蓮夜は考え込んだ。彼は歴史を知っていた。確かに、1698年のこの日の翌日、ヴァルシュタイン城は謎の火災で大部分が焼失し、多くの命が失われたことになっている。そして、「紅き瞳の姫」の記録もそこで途絶えていた。


「エリザベータ、ここから出たいと思わないか?」


少女の瞳が驚きで見開かれた。


「出られるわけないわ。父は…」


「僕は君を連れ出せる。過去も未来も、別の次元さえも自由に行き来できるんだ」


エリザベータはまるで夢を見ているかのように蓮夜を見つめた。


「本当に?」


「ああ。でも、君がここを離れたら、歴史が変わるかもしれない」


エリザベータは長い間黙っていた。そして、決意を固めたように言った。


「私の運命は、ここで終わることではないと感じる…」


その時、城の鐘が鳴り響いた。衛兵が目を覚ます音だ。


「伯爵が戻ってきたわ。もう時間がない」


蓮夜は素早く部屋の様子を見回した。


「じゃあ、急いで決めないと。僕と来るか、それともここに残るか」


エリザベータは震える手を蓮夜に差し出した。


「連れて行って…どこか、静かで平和な場所へ」


蓮夜はその手を取り、部屋の中央に立った。


「目を閉じて。少し目眩がするかもしれない」


彼は集中し、自分の能力を発動させた。二人の周りに青白い光の渦が現れ始める。部屋の扉が開き、驚いた衛兵の声が聞こえたが、もう遅い。光の渦は二人を包み込み、現実から引き離していった。


次の瞬間、二人は星々の間を漂っていた。エリザベータは目を大きく見開き、息を呑んだ。


「これが…時間の狭間?」


蓮夜は驚いた。普通の人間がこの空間を理解できるとは思っていなかった。


「そう。僕たちは今、時間と次元の境目にいる」


エリザベータは不思議そうに周りを見回した。


「美しい…」


彼女の紅い瞳に星々が映り込み、さらに神秘的な輝きを放っていた。


「どこに行きたい?どんな場所なら安心できる?」


蓮夜の問いに、エリザベータは少し考え、答えた。


「静かな村。自然に囲まれた。そして…できれば、私の目を恐れない優しい人たちがいる場所」


蓮夜は頷き、少し考えた後に言った。


「19世紀のスイスの山村はどうだろう?そこなら、君のような特別な才能を持つ人を受け入れてくれる場所がある」


エリザベータは希望に満ちた表情で頷いた。


「お願い…」


蓮夜は再び集中し、二人は19世紀のスイスアルプスの小さな村へと引き寄せられていった。


アルプスの山々に囲まれた緑豊かな村に二人が現れたとき、エリザベータの顔には驚きと安堵の表情が広がった。


「ここは…?」


「1853年のスイス、フェルデンバッハ村だよ。ここには『不思議な才能を持つ人々のための隠れ家』がある」


蓮夜は村の外れにある石造りの大きな家を指さした。


「あそこで暮らす人たちは皆、何らかの特別な能力を持っているんだ。君の赤い瞳も、未来を見る能力も、ここでは珍しくない」


エリザベータは恐る恐る周囲を見回した。のどかな村の風景、牧草地で草を食む牛たち、遠くに聞こえる鐘の音。全てが平和だった。


「本当に…ここで暮らしていいの?」


「ああ。この家の主人は僕の知り合いなんだ。君のことも受け入れてくれる」


蓮夜はエリザベータを石造りの家へと導いた。その門を叩くと、白髪の優しそうな老婦人が出てきた。


「やあ、マルタおばさん。この子、エリザベータっていうんだけど訳ありでね。面倒を見てあげて欲しい」


老婦人はエリザベータの赤い瞳を見ても、一切驚かなかった。


「ようこそ、エリザベータさん。ここでなら、安心して暮らせますよ」


エリザベータは信じられないような表情で老婦人を見つめた。


「私の目を…怖がらないんですね」


「もちろんですとも。ここには似たような才能を持つ子もいますよ。さあ、中へどうぞ」


老婦人はエリザベータを優しく招き入れた。エリザベータは振り返り、蓮夜に問いかけた。


「あなたは…?」


蓮夜は微笑み、頭を振った。


「僕はここにはいられない。まだ知りたいことが沢山あるからね。でも、心配はいらない。ここで君は本当の自分として生きられる」


蓮夜の言葉を聞いたエリザベータの瞳に涙が溜まった。


「そう…ねぇ、どうして私を助けてくれたの?」


「君の能力は特別だ。それを無駄にしてほしくなかった。それに…」


蓮夜は少し照れたように微笑んだ。


「僕も、普通じゃないからね。仲間意識というか」


エリザベータは恥ずかしそうに微笑み、首に掛けていた赤い石のペンダントを外した。


「これを…持っていって。私の感謝の印です」


蓮夜は驚いたが、ペンダントを受け取った。


「ありがとう。大切にするよ」


エリザベータは決意の表情で頷いた。


「いつか…また会えますか?」


「もしかしたらね。運命はわからないものだ」


蓮夜は笑顔で答えた。エリザベータも微笑み返し、マルタに導かれて家の中へと消えていった。


蓮夜はしばらくその場に立ち、家を見つめていた。彼は自分の専用ノートを取り出し、エリザベータのことを記録し始めた。


「1698年のヴァルシュタイン城から、紅き瞳の姫を救出した。彼女の未来を見る能力は本物だった。19世紀のスイスに彼女の新たな人生が始まる。」


蓮夜はノートを閉じ、エリザベータから贈られたペンダントを見つめた。赤い石は陽の光を受けて、彼女の瞳のように輝いていた。


「さて、次はどこに行こうか」


蓮夜は独り言ちながら、青白い光の渦に包まれていった。

彼の姿が完全に消えた後も、アルプスの風は静かに吹き続けていた。エリザベータの新たな人生の幕開けと、蓮夜の終わりなき旅の証人として。

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