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旦那と息子とサシミの冒険

『おぉサシミよ、死んでしまうとはよくやった』


 私の意識の中に変な声が響いた。なにその「よくやった」は、失礼な話なんだけど。

 うん、でも何ここ。私はどうしてこんなとこに。辺りを見回すと何も無いただ白だけが目に入る。

 手を伸ばして自分の両手を見る。なんかホワホワして半透明だ。


 ……あれ、確か私、包丁を持ってた。あっ、そうだよ。旦那だよ。旦那を不幸のどん底に落とそうとして包丁で刺そうとして、揉み合って、それでドラマみたいに私の胸に包丁が刺さったんだ。

 恐る恐る胸を見るが、何も無い。息子に母乳吸われた挙げ句にペッタンコになった胸しか無い。

 うーん。なんで旦那を不幸に落としたかったんだろ。てか旦那の名前とかも思い出せない。息子は……それも思い出せない。なにそれ。ありえん。


『少しは落ち着いたか?』


 変な声が聞こえた。なんかスーパーのアナウンスみたい。「x番レジ応援願います」みたいな。

 辺りをキョロキョロするが誰もいない。そもそも落ち着いたかっていわれても、現在進行系で混乱してますけど。


「ここはどこですか? 私は誰なの?」


 思い切って声を掛けてみた。返事あるかな。

 ……いやちょっとまて、この声、さっき私に『死んでしまうとはよくやった』なんて言ってた。敵だ敵だ、この声は敵だよ。


『あなたは死んだのです。そしてここにいます。あなたの魂は前の前の前の前の世で英雄でしたので特別扱いでここにいます』


 なにそれ。まぁ死んだのはなんとなくわかってるし、そうだよねって思う。何しろ包丁が胸に刺さった衝撃というか感触みたいなのが今もあるし。そこは認めとこう。して、私がいるのは、その某有名曲みたいな前世のおかげということかい。


『ここは魂の行き着く停留所、誰もが先に進みたくなる場所』


 えと、魂ってあったんだね。それに輪廻転生もあるってことか。これが広まったら世の中の宗教変わるね。


『話を進めていいか。短編なのでな』


 意味わからないけど、進めてもらおう。てか、よそよそしい口調と素の口調が混ざってないか? やっぱり怪しいんじゃ。ここは探るべしだ。


「私に何してほしいの? 何か話があるんでしょ?」

 今の状況、少なくとも会話する気はあるでしょ。それがわかった私って賢い。


『うむ。そなたに選択肢を与えよう。一つ目、直近で死んだところに近い時と場所に転生する。二つ目、別の世界へ転生し王族として優雅な生活を送る。ちなみにだが転生した先で死んだらまたここに戻り、選択をすることになる』


 ほほう。心残りがあれば戻れるってことか。王族も魅力なんだけど、それよりも心残りあるんです。息子です、息子のこと。狂った母親のために不幸になってるんじゃないかって。名前も思い出せない息子だけど、私のお腹を痛めて産んだの。まだ小学一年だよ。


「一つ目の近い時と場所に転生させてください!」


 私が宣言した途端に世界がぐるぐる回りだした。そうじゃない私が回っているんだ。あぁほらなんだっけ落語であった、こんなぐるぐる回る家なんて要りませんよって感じだ。わからんな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ほら、掬ったぞ。多分入っているから、そこの観察用の水槽に早く入れろ」

 誰かの声がする。さっきまでの記憶はなんとなくある。転生したってことは何かの生物とかになってるのかな。でもなんだか分からん。声が聞こえたのも気のせいのような、違うような。なんか何かにふわふわしてるし。眼の前にデカいアップの顔が見える。すっごい寄り目だ。そうかわかる。私の息子だ。直感だけど間違いない。


「父さんありがとう。これがミジンコかぁ。観察ってこの後どうしたらいいの?」


 うおぃ、私ってミジンコなんじゃ。ミジンコに知覚あるとか思考できるとか生物の限界超えてない? これはどうしたらいいんだ。とりあえず息子よ、転ぶなよ。私が入っている水槽落としたら私は死ねるから。大事な母だよ。お母さんだよ。


「あっ」

 お約束いらなかったから。私、地面にダイブしてるし。この状況で息子に探してもらえると思えん。そもそもミジンコどこにいったかなんてわからんだろ。さらに母が入っているなんてわかりもしない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『おぉサシミよ、死んでしまうとはよくやった』

 私の意識の中に変な声が響いた。なにその「よくやった」は、失礼な話なんだけど。ん、ついさっきと同じパターンだ。ということは戻ってきたってことか。


『話が早くて助かるな。さっきの私の言葉を覚えているか?』


 さっきの失礼なセリフのことじゃないな。死んだら戻ってきてもう一度選択できるとか言ってたやつか。いやミジンコ生が短すぎて意味わからなかった。忘れる暇もなかったわ。


『ならば選択するが良い。一つ目、直近で死んだところに近い時と場所に転生する。二つ目、別の世界へ転生し貴族として波乱万丈な生活を送る』


 さっきと同じで選択制か。ところでなんだが、私は口に出して何も言ってない。もしかしたらこの声の主、私の考えてることわかってるんじゃ。まぁいい、いいや、そのツッコミをしても意味がないだろうし。その辺は飲み込もう。


「一つ目の近い時と場所に転生させてください!」

 私が宣言した途端に世界がぐるぐる回りだした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「父さん、蚊だよ」

「なにぃ、どこだ。一発で倒してやる」

 誰かの声がする。さっきまでの記憶はなんとなくある。いや確かにある。このフワフワした感じ、空を飛んでいるな私。人類は翼を得たのか。

「くぉ、逃がした」

 やな予感、私は殺気に反応して避けた。そしてプーンと飛んでいる。これって蚊になってるじゃん。生前の天敵じゃない。いや今も生きてるのか。ややこしいな。

 そんなことよりも大事なことがある。近くには転生してるよ、間違いない。でもさ蚊はなくない? 何もできないじゃん。


 いや一つだけやれることがある。血を吸えるのだ。というかそれ以外に旦那と息子に干渉する術がない。よしアタックだ。目標は前前世の旦那だ。息子は可愛そうだから血を吸うなんてやだ。旦那に嫌がらせをしてやる。

「父さん! 腕に止まってるよ」

 息子の声が聞こえる。だがもう遅い。私の口が旦那の皮膚を貫くのだ。えいっ。

 んっ。刺さらん。なんで……。口が刺さる構造になってないじゃん。もしや今の私って……雄の蚊ではなかろうか。


 なんてことだ、ありえん。そして私を潰して喜ぶ旦那よ、許さん。来世で覚えてろ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『おぉサシミよ、死んでしまうとはよくやった』

 再びか。よしもう一度やらせろ。今度はまともな動物とかにしてほしい。


『興奮しているとこ悪いけど説明だけさせてくれんか。一つ目、直近で死んだところに近い時と場所に転生する。二つ目、別の世界へ転生し平民として普通な生活を送る』


 いいからさっきのとこに転生させんか。次はもっとうまくやるから。

 私が心で宣言した途端に世界がぐるぐる回りだした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『あっ猫ちゃんだ』


 息子が近寄ってくるのが見えた。どうやら今回の私は子猫になったらしい。これなら息子と長く暮らせるんじゃないか。あとはどうやったら家に居つけるかだ。猫は家に付くって言うしね。


「かわいい。名前つけたい」


 おぉ息子よ。可愛いものを愛でるいい子に育っているじゃないか。棒きれ振り回したり乱暴働くような子になってなくてよかった。私の教育の賜物だね。あとはできの良い脳みそと丈夫な身体、金持ちの友達と、ついでに可愛い女の子の幼馴染がいれば完璧に幸せな人生を送れるよ。私はそばで見守ってあげるから。


「ねぇ、父さん飼ってもいい?」

「ダメだ」


 おい、可愛い息子がねだってるんだからいいにしろよ。アパート住まいから引っ越して、ペットOKか戸建てに引っ越すがいい。


「なんでダメなの?」


 いいぞ、可愛い光線を出すんだ息子よ。私も目一杯頑張るぞ。

「父さんは猫の毛アレルギーなんだ。すでに痒い」

 ガーン。忘れていた。旦那は猫アレルギーだったか。そうだ、それがきっかけで出会ったんだ。あの頃は幸せだった。名前で呼び合ったりしてさ。死んで自分の名前も忘れたけど。


 そうか……私が一緒に暮らすのは無理だね。息子よ幸せに暮らせよ。雰囲気から荒廃した感じもないし、それなりに暮らしてるんだろ。

 私は息子の腕から飛び降り、二人に背を向けて歩き出した。私の温もりを忘れるな。達者で暮らせ息子と旦那よ。


「あっ!」

 車がくる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『おぉサシミよ、死んでしまうとはよくやった』

 私は死んだのか。多分車に引かれたんだろう。息子には悪いことした、トラウマにしたかもしれない。


『そなたに選択肢を与えよう。一つ目、直近で死んだところに近い時と場所に転生する。二つ目、別の世界へ転生し奴隷から下剋上で成り上がる。ちなみにだが転生した先で死んだらまたここに戻り、選択をすることになる』


 そうか、私も先に進むべき時が来た。覚悟だ、決別だ。


 さらば、息子、ついでに旦那よ。

「二つ目の別の世界への転生をお願いします」

『わかった。ありがとう』

 ところで私の名前はサシミで固定なのかい? 転生してもサシミなのかな。ちと気になる。


『大丈夫である。二つ目で転生するのは私だからだ。では私が死んだらアナウンス頼むぞ、サシミよ』


 えっ、話が読めないんだけど。確かに、()()は無かった。無かったよ。はっ、最初に怪しいって思ったのは合ってたんだ。女の勘だもの。


『では、百年後にまた会おう』

 あっ、まだいた。さっさと転生して死んで戻ってこい!

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