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第五話:「孤独な魂の共鳴 ―― 森の魔女と少年の運命の絆」

 朝靄の立ち込める山中、エリザ・ヴァルディエールは無言で立ち尽くしていた。その緑の瞳は、遠ざかっていくルーク・アーディンの後ろ姿を追いかけている。山道を下っていく少年の姿が、やがて霧の中に完全に消えていった。


 エリザの胸中には、これまで経験したことのない感情が渦巻いていた。それは言葉にできない空虚感であり、同時に胸を締め付けるような痛みでもあった。


「これはなんだ……俺はいったい……どうしてしまったんだ……」


 エリザは呟いた。

 その声は、風に揺れる木々の葉擦れにかき消されそうなほど小さかった。


 彼女は、この感情を自分の弱さだと理解した。

 そして長年培ってきた強さが、たった数日の出来事で揺らいでしまったことに、エリザは戸惑いを隠せなかった。


 エリザは深く息を吐き、決意を新たにした。彼女は、いつも以上に武術の鍛錬に励むことを心に誓った。しかし、その決意とは裏腹に、彼女の心の奥底では、別の感情が静かに芽生えていた。


 日が暮れ、月が昇る。エリザは今日も守りの儀式を行うため、月明かりの下で身を清めていた。しかし、その儀式の最中、彼女の心は落ち着かなかった。いつもなら自然と一体化し、心を澄ませることができるはずなのに、今宵はどうしても集中できない。


 エリザの脳裏に、ルークの笑顔が浮かんでは消えた。

 その度に、彼女の胸はきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。


「なぜだ……なぜこんな……」


 エリザは、祖父トマスの教えを思い出そうとした。しかし、トマスの言葉の中にも、この状況に対する答えは見つからなかった。


 夜が更けていく。エリザは眠れぬ夜を過ごしていた。彼女は、天国にいるであろうトマスに心の中で語りかけた。


「おじいちゃん……俺は、どうすればいい……?」


 しかし、満足のいく回答など、もちろん得られない。静寂の中で、エリザはますます虚しさと孤独に苛まれていった。


 日々が過ぎていく。

 エリザは、これまで以上に厳しく自分を鍛えた。しかし、その空虚感は埋まらない。それどころか、逆に空虚感と寂寥感が増すばかりだった。


 ある日の夕暮れ時、エリザは遠方に人影を見つけた。

 ルークのように見えた。

 最初、彼女はそれを幻だと思った。

 そして幻を見るほど弱くなってしまった自分に絶望した。


 しかし、その姿が近づくにつれ、エリザの心臓の鼓動が早くなっていった。


「まさか……本当に、ルーク……?」


 エリザは、自分の目を疑った。しかし、それは紛れもなく本物のルークだった。少年は、息を切らせながら走ってきて、笑顔でエリザに近づいてきた。


「エリザ! やっと会えた!」


 ルークは、エリザの前で立ち止まると、両手で彼女の手を握った。その温もりに、エリザは思わず体を硬直させた。


「母さんの病気が治ったんだ! エリザ、きみは僕と母の命の恩人だよ!」


 ルークの声は、喜びと感謝で溢れていた。エリザは、どう反応すればいいのか分からず、ただ黙って立ち尽くしていた。


「いや、別に俺は……」


 エリザは、言葉を濁した。彼女の心の中では、喜びと戸惑いが入り混じっていた。ルークに再会できた嬉しさと、その気持ちを素直に表現できない歯がゆさが、彼女の中で拮抗していた。


「僕ね、これから母の恩返しできみとずっと一緒にいることにしたんだ!」


 ルークの言葉に、エリザは驚きの表情を浮かべた。


「えっ……!?」


「母も、命の恩人に一生尽くしてきなさいって言ってくれたんだよ!」


「え…… あ、ああ……」


 突然の申し出に、エリザは戸惑いを隠せなかった。彼女の中で、様々な感情が入り乱れていた。喜び、不安、戸惑い、そして、名前のつけられない温かな感情。


 エリザは、突然こみ上げてきた涙を必死にこらえた。彼女は、感情を表に出すことに慣れていなかった。しかし、その瞬間、彼女の心の中で何かが大きく動いたのを感じた。


「か、勝手にしろ」


 エリザは、ぶっきらぼうに返事をした。しかし、その顔には確かに笑みが浮かんでいた。それは、エリザ自身も気づかないうちに浮かんだ、自然な笑顔だった。


 ルークは、その笑顔を見て安堵の表情を浮かべた。彼は、エリザの本当の気持ちを理解したかのようだった。


 夕陽が山の稜線に沈んでいく。エリザとルークは、並んで夕焼けを眺めていた。二人の間には、まだ多くの謎と困難が待ち受けているかもしれない。しかし、この瞬間、二人の心は確かに通じ合っていた。


 エリザは、自分の中に芽生えた新しい感情を、まだ正確に理解することはできなかった。しかし、彼女は確かに感じていた。この少年との出会いによって、自分の世界が大きく広がったことを。そして、これからの人生が、今までとは全く違うものになるだろうということを。


 山の風が、二人の髪を優しく撫でていった。それは、まるで未来への祝福のようだった。エリザとルークの新しい物語は、ここから始まろうとしていた。


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