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負け組の視点  作者: 敬愛
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第9部

 六ヶ月が経った。指名が二、三人付くようになった。わざわざ地元から来ている市長さん。この人が筋金入りのカチコチで指が痛い。最初鹿山先生を指名していたのだが、先生は忙しく僕でも良いという事になった。もう一人も中々の物で色々な整体室を物色しているようだがここがお気に入りのようだ。僕だけが未だに治療コース一時間、もしくはそれ以上取るので僕を指名するようだ。これはルール違反というか忙しい時は受付係を担当する人間が五十分プラス休憩十分でお客を取るのでちょっとしたトラブルになっている。矯正してくださいとは北島先生からは何度も言われてるのだが、お客様が満足してくれる為には少しサービスしなきゃとおっかなびっくりの所もまだある。


 その市長さんの場合、治療コースを終えると汗だくだ。


 治療コースはベッドの上に乗って膝を立てて押さなければならないツボがある。バランス感覚が必要だ。幸い僕はサッカーをやっていたせいでバランス感覚が良い。だから滑ったり、ベッドから落ちそうになる事はない。坂下は背が高すぎるのか足が長いのか、腰の位置が高く滑ったり、ベッドから落ちそうになる事がある。僕は施術中そういう場面を見てほくそえんでいる。 

 しかしマイペース施術を桜田さんに改良された為か姿勢はきちんとしてる

し、圧も強い。押してもらった事があるが、桜田さんには劣る物の、なかなか気持ちが良い。坂下も指名は二、三人といった所か。最近桜田さんは坂下の施術は指導してないから頭打ちのようだ。


 そんなある日、中田君が大好きな唐揚げを昼ご飯に食べている時に発作を起こした。


 大発作だった。「中田、大丈夫か!」鹿山先生がすぐに舌を噛まないように例の指輪を口に挟もうとするが痙攣が酷い。指を突っ込んだ。下手をしたら指が噛み切られてしまう。先生の指は血まみれだ。


 「おい、誰かスプーンとガーゼ!」鹿山先生が叫んだ。ビクビクと痙攣が数分続く。失禁をして発作は収まった。フラフラとトイレに行く中田君。鹿山先生が佐藤、坂下危ないからついていってやれと言う。まだおしっこがしたいのだろうか。坂下が心配そうについていく。


 「ついて、こないで、ください。」発作を起こした後は眠くなる事が多い。しどろもどろの口調でそう言ったのが後からついていった僕に聞こえた。「中田君、僕はいいかい?」「佐藤さんならいいです。ちょっとおしっこして寝ますから。」僕は坂下より中田君に信頼されている。日頃の行い、言動そういう物からだろうが。


 失禁した後だというのにジャーっとおしっこをした。

 パンツを取り替え白衣も着替え休憩室を暗くしてすぐに中田君は眠った。

 「もう限界だな。」鹿山先生が言った。このままじゃ俺がいない時発作を起こしたら死んじまう。親元に帰らせないと。 

 

 坂下は拒絶されたのがショックだったのか元気がない。僕は中田君を非常に可哀相に思った。


 その夜中田君に近くのラーメン屋に一緒に行きませんか?と誘われた。相談したい事があるからと。「僕辞めさせられるんでしょうか?」「……」

仕事を続けたいのに脳腫瘍のために続けられない悔しさは伝わってくる。


「僕童貞なんですよ。死ぬ前に彼女欲しかったな。」「なんとかなるよ……」そんな言葉しかかけられなかった。哀れみって感情は愛じゃない。いつ死んでしまうかわからない人間にかける言葉が見つからない、それは当然かもしれないが、つまらない慰めの言葉しかかけられないほどただ哀れみの気持ちしか湧いてこない。


 僕がもし今まで元気良く生きてきたなら、いや人並みには元気だったかもしれないが、「なんとかなるって! 頑張りなよ!」と語尾を上げて話したのかもしれない。


 色々な事がありすぎる家庭だったから、姉さん頼みのところもあったから、童貞ではないから、一人っ子の中田君の辛すぎる現実の前に同情する事しか出来なかったのだ。


 中田君はしばらくして整体室を辞めた。

 鹿山先生が実家に中田君を送り届けた時母親にこう言われたそうだ。


 「この子は働けるような体じゃないんです。どうしても働きたいと言うから預けましたけど、結局守ってくれないんですね!送り届けて満足ですか?もう話すことなんてありません。帰ってください。この子の寿命が縮みました」と。


「俺は間違っていたのかな。中田を立派な整体師にして一人立ちさせてやりたい。俺みたいに障害があっても出来る仕事だからと親御さんには言ってあったんだが。


 結局無理だったのだろうか。中田は家で死の恐怖と闘いながら短い人生を何もせず天職なんて与えられる事無く死んでいくのかな。寂しいもんだな」鹿山先生はそう独り言の様に言った。


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