第5部
次の日、いよいよ自由行動開始。へーハチローは早速アメリカ村へ。次に心斎橋筋商店街。二箇所でえびすジーンズばっかり五本買った。呆れた。二日酔い気味のボクはお腹が空いたので道頓堀行こうよ、と皆に提案した。「買う物買ったしイイよ」へ-ハチローはご機嫌。他の皆はボクと同じでお腹が空いているらしく道行く人に方向を聞きながら道頓堀に向かった。その先はパラダイス。人の多さは同じくらいなのにアメ村みたいな不潔な感じは全くしない。これぞ繁華街。「あ、かに道楽の看板、グリコのランナーのネオン」大阪に来たんだという実感が湧く。「あれが戎橋だよ。ナンパの名スポット」へ-ハチローが言う。「よく知ってるなそんな事」「観光雑誌で調べたからね。田舎者だと思われたら嫌だから」また言ってる。「まず大阪といえばたこ焼きでしょ」たくさんあるお店の中からへ-ハチローがお薦めだというたこ焼き店で買い食い。「うまい」まるで今まで食べてきたたこ焼きはたこ焼きではなかったようだ。外はカリっとしていて中はトロっと。タコは生地からはみ出さんばかりに大きい。「美味しいね、立川君、猛」「うん、こんなの食べたの初めてだ。」2人は声を揃えて言った。「そうだろう、俺のおかげだな」へーハチローは結構調子に乗り易い。それだけでは足りなかったのでお好み焼きも食べた。
「あ、そろそろ3時だ。集合時間だよ。」
「ほんとだ。」「集合場所行かなくちゃね」
僕らはタクシーの相乗りで集合場所に向かった。タクシーのおじちゃんはコテコテの関西弁でまくしたててきた。「あんたら修学旅行生やろ。どうやった。大阪」「楽しめました。最高です」「そやろ、そやろ。大阪は最高の街やで。ここは良いとこ一度はおいでってな」「そうですね。また来たいです。買い物とか」へーハチローが言った。「なんやあんたらくらいの歳なら、アメ村行ったんか?」
「はい」「カラまれへんかった?あそこ最近治安悪いからな」やっぱり……。ちょっとガラの悪いお兄ちゃんに道を聞かれたし。よそ者って分かってやってるのだろう。少しビビった。
その夜ボクは眠れなかった。また少し緊張しているのか、ホームシックにでも罹ったか。幸いへ-ハチローが起きていて話し相手になってくれた。
「明日、京都だな。」
「うん、清水寺と金閣寺見るんだよね。」
「退屈だな。寺なんてじいさんが見て喜ぶものだよ。」ボクは事前に勉強してきた清水寺と金閣寺についての薀蓄を語ってやろうかと思ったが、機嫌を悪くさせたら嫌だなと思って止めた。
「そうだよね。清水寺って自殺する人が多いんだって。」
「清水の舞台から飛び降りるってやつ?木に引っ掛かって失敗したらどうするんだろ?」
「わからない。どだい自殺する人の気持ちなんて全然分からない。」
「童貞には分からないよ。その内少しは分かるさ。」
「なんで童貞だって分かるの?」
「あ、童貞だったんだ。カマ掛けただけだったんだけどな」
「なんだよそれ。意地悪な奴。」
「文科はブサイクのくせに女に人気があるからな~。なんでだろ。」へーハチローみたいな顔の奴に何が分かる?ボクはそう思った。
いつの間にか寝ていたようだ。今日は京都。少し早目の6:30分に起床。集合時間は8:30分。洗顔し、歯を磨き、髪を洗ってロビーに向かうと何だか騒がしい。引率の先生7人が「はい、全員集合!」と生徒に声をかけている。なんだろう。嫌な予感がした。
先生の1人が言った。「昨日普通科で3人、英語科で1人、飲酒が発覚した。」ドキっ。でもボクらが飲酒したのは一昨日のはず。「女子生徒も数人混ざっていたようだが飲酒はしていないそうだ。飲酒したのは男子生徒。飲酒していた者は強制帰還させる事に決定した。その後の処分は修学旅行終了後検討する。」
誰だろう?可哀相に。一歩間違えばボクらがその憂き目に遭っていたかもしれないのだ。その時ボクは知る由もなかった。飲酒していたのがあいつらだったなんて。
京都に入った。京都は国宝や文化財が豊富だ。金閣寺を見て一句「金閣寺 光り輝く 太陽を 超える栄華が 今はうたかた」「金閣寺は一度燃えちゃってるからね。」立川君から賛同を得た。「でもありがたみがあるよ。いくらかかったんだろうね。作り直すのに。」
清水寺を見てまた一句。
「清水と 名付けた気持ち 裏腹に 悲しき人の 死に場所となる。」
「怖いよな。こんな高い所さ。清水の舞台から飛び降りるなんて言うけど正気の沙汰じゃないよな。」勇は高い所が苦手らしい。
京都には今まで行ったところにはない独特の雰囲気があった。まるでタイムスリップしたかのように都として栄えていた頃の面影を残している。戦火の匂いがしない。碁盤の目の様に区画された中心部は上からみたらきっと要塞都市に見えるだろう。守りが堅かったに違いない。信長が上洛したときも京の街に好感を抱いたのではないか。彼はサディスッティックで新し物好きだったが、さすがに都に入ったときには感慨に耽っただろう。「おい、何呆然としてる?退屈で眠くて帰りたくなったか?」へーハチローが思索に耽っていたボクに少しイライラした様子で声を掛けてきた。いや、信長がね……と言おうとして止めた。
その日は京都市内のホテルに宿泊する事になった。お風呂タイム・・・。苦痛だ。今までクラスメートとは入らないようになんとか誤魔化してきたのだが、へーハチローと猛がどうしても一緒に入ろうと言うので立川君と信太と勇もくっ付いてきた。勇が言う。「文科、他の人と風呂入るの嫌なんだろ?」勇とは中学時代修学旅行で一緒に風呂に入ったことがある。
「そんな事ないよ!」少し怒って言った。
「またまた、どうせまだ治ってないんでしょ。包茎」ボクは顔がパーッと赤くなった。
「いいんだよ。仮性なんだから。」少しテンション下がり気味でやっと答えるボク。
「へぇー、それでも少しは剥けたんだ。真性だと思ってた。」
最終日、ボクは風邪を引いた。東京巡りは諦めなければならなかった。
「文科君、じゃあね。お土産話飛行機の中で聞かせるよ」立川君がそう言って、続けざまにへーハチローは「お前には東京は似合わない。コンクリートジャングルは将来の俺のアジトだからな。」そう言った。
「お大事にね。」「馬鹿だな。」猛と勇が半分背中を向けて部屋を出て行った。眠くなる風邪薬を保健の先生に貰って飲んで、午後まで寝た。
時間になったので引率の先生がタクシーを呼んでくれて、その足で成田空港へ向かった。機内では「行きは良い良い帰りは怖い。」離陸する時吐き気がした。
「東京凄かったな。流石の俺も圧倒されたぜ。」
「ほんと、日本の首都って感じ。」
「俺は2度と行きたくない。田舎物の集まりだ。」
「猛、嫌な事でもあったの?」
「女に道聞かれた。わかりません。って言ったら田舎猿にはわからないかって言われた。」
「うっぷ、その娘も田舎者だろうね。東京は地方出身者の方が多い。慣れないうちは皆冷汗かいてるのさ。」
東京巡りできなかったから皮肉を込めてボクは言った。
空港に着いた。皆それぞれ親が迎えに来ている。ボクには迎えは来ない。
父は単身赴任。母は精神科に入院中。姉は東大の理Ⅰ。家に着いても誰もいない。一人暮らしにもすっかり慣れた。荷物を整理して風邪薬を飲んで寝ることにした。
「明日は学校休みか・・・。ああ疲れた。」
「夢」を見るだろうか。楽しかった修学旅行の「夢」を。
翌々日登校日。つまらない授業を終え、部活動を行っている河川敷に自転車で向かう。
「あれ?吉永先生がいる・・・。」サッカー部の顧問の吉永先生はサッカーをした事がないので、基本、練習メニューは先輩達が決める自主練習だ。何かあったのだろうか?
嫌な予感がした。
「先生どうしたんですか?」自転車で土手を駆け下りて努めて明るい口調で尋ねた。
「佐藤、話があるから全員来るまで待ってろ。」
「え、はい。」
しばらくして全員が集まった。何か悲痛な表情をしている部員がいる。先生もそうだ。みんな吉永先生の顔をじっと見つめている。先生が話し出した。
「残念だが、先日の修学旅行で我々サッカー部の部員の飲酒が発覚した。処分は二週間の停学と部の三ヶ月間の対外試合中止。」
え、それじゃ先輩達は……。「我々は選手権大会に出場できなくなった。飲酒したのは宇津と小橋と沢村と菱田だ。」
まさか……あの四人が……。
キャプテンが言った。「俺たちの夏は事実上終わった。しかし飲酒した四人を責める気はない。何かの間違いだと思いたかったが。」そう言ってキャプテンは涙ぐんだ。
ボクも飲酒していた。見つかっていればボクが責任を取らなければいけなかった。いっそカミングアウトしようかとも思った。でもそんな事したら一層事態が悪化する。立川君も静かにうつむいている。
吉永先生が言った。「こんな事になって非常に残念だ。今年はあの四人の活躍があれば全国大会にも進出可能だと思っていたんだが。三年生のみんなすまん。そして一年生、来年同じ様な失敗を繰り返さないでくれ。」搾り出すような声だった。
宇津さん達の事も心配だ。どんな罪悪感に苛まれているだろう?先輩達最後の試合の機会を戦う前に奪ってしまったんだ。誰よりサッカーを愛していた四人。先輩達の期待の星だった四人。許すとか許さないとかじゃない。M先輩の時と同じだ。真っ暗。部員達の表情がそれを物語っていた。
停学明け宇津さんは荒れていた。理子ちゃんと別れたようだ。修学旅行中飲酒をした時に一緒にいた女子というのに理子ちゃんが含まれていて、彼女は止めたのに、宇津さんが聞かなくて停学になったものだから「嫌い」と一言。それで終わったらしい。
「文っち六万円貸してくれるかな。」トイレで小便をしている時に言われた。「いいですけど。何に使うの?」怖いので断れない。「スクーター欲しくて。必ず返すから。」
あてにはしていない。貸さないと試合中何言われるか分かった物じゃない。ただそれだけかもしれない。 財布の中に今日の軍資金とプレイステーションを買う為のお金が入っていたのでそのまま全部貸した。結局その時のお金はまだ返ってきていない。まぁ今考えれば安いものだ。宇津さんと理子ちゃんが別れてくれたのだから……。
ボクは高校三年生になった。理子ちゃんの事を意識するようになっていた。しかし忌まわしい事件がまた起こった。