第4部
そうしている内に目的地である関西国際空港に到着した。そこから奈良公園にバスで向かった。大型バスの先頭で美人のバスガイドが地域の特徴等を話していたが、他のクラスと一緒になって行動しているので近くに友達がいない。
ボクはMDプレイヤーを作動させB'zの「love me. I love you」を聴いていた。ぼんやりある女性の事を考えていた。
「はいこちらが奈良公園、到着になります。」みんなバスから降り出した。ボクもMDプレイヤーを停止させ、友達達と合流した。
「この修学旅行終わったら選手権大会だな。」と勇。
「そうだね。」
「俺の分まで頑張れよ。中学では俺の方が上だったのにな。」
「しょうがないよ。信太と優真とよっちがいればディフェンスは万全だからね。」
「FWでは通用しないしな・・・。まぁスーパーサブで我慢するよ。」
「スーパーサブね・・・。練習試合ではいい働きしてると思うよ。」
「本番に弱いんだよね。何やってもそうだからまいっちゃうよ。」
奈良公園では早速集合写真を撮った。ボクは未だに写真という物があまり好きではない。決して自分が醜いからではない。人は必ずいつか死ぬのに、死んでからまで思いを馳せられたくないのだ。写真というものは現在と未来とを繋ぐ物だろう。しかし現在は今既に過去で取り替える事が出来ない。そういう生きていた証拠が残ってしまうのが嫌なのだ。後日見た時にはボクはそっぽを向いて照れくさそうに笑っていた。足元の新品のズック靴がやけに光っていた。猛はボクの隣りで鋭い視線でカメラを睨み付けていた。へーハチローは彼のお茶目な性格を現すように隅っこでカメラにちょっと気障っぽい流し目を送っていた。背の高い勇と立川君は最後列のど真ん中で子芥子人形の様に棒立ちで並んで写っていた。
鹿がたくさんいたが、しかしそれは大した問題ではない。問題は鹿の糞の臭いだ。仕方なく鹿煎餅を差し出すとすぐに沢山の鹿が寄ってくる。こう見ると雄鹿の角は切られているし、結構可愛い。へーハチローはどうでも良さそうだったが。
東大寺大仏殿の奈良の大仏は昔から何故パンチパーマなのかと思っていたので、近くにいた神主さんに聞いてみると「あれは螺髪と言って仏像の丸まった髪の毛の名前だよ。三十二相八十種好のひとつだよ。」と教えてくれた。信仰心などまだ持っている歳でもなかったし、もっと面白い理由があるのかと思っていたのでちょっとがっかりした。団体行動もお決まりのところにしか行かないので案外疲れるなぁとその時は思った。
その日は大阪に宿泊する事になっていて次の日は大阪で自由行動の予定だった。夕食はビュッフェだった。実に美味しかった。あのローストビーフは絶品だった。滋賀の近江牛を使っていたらしい。
さぁ宿泊実習とは違って消灯時間などない。先生が1度見回りに来た。これからが楽しい時間だ。積もる話もある。猛とへーハチローと立川君が同室だった。猛は「俺、女の子の部屋行ってくる。風呂上がりの女の子の匂い嗅ぎたい。」そう言って部屋を出て行った。「先生に見つからなければいいけど」立川君は心配そうに言った。「大丈夫だよ。しかし猛は裏切り者だな。修学旅行と言えば好きな娘の話するのが定番だろ。」自分で言って”しまった”と思った。立川君がいる所でそういう話は巧くない。ごまかすように「ちょっとホテルの中見て来ない?」2人に促した。「いいけど、何見るの?」2人が聞いてきた。「わかった。あれだろ?」へーハチローが悟ったようだ。
「そうだよな、話をする前にまず1杯だよな。」
「うん、それ。不味いかな、立川君?」
「1杯ってお酒?ヤバくない?」
「心配?立川?大丈夫。この袋に入れてくるから。」
そう言ってへーハチローは不透明の大きなコンビニ袋を立川君に見せた。「見つかっても誰かバス酔いで吐いたっていえば誤魔化せるよ。」ボクは言った。「でも、あれってビールのサーバーかな?炭酸で袋破けないかな?」「ああ、さっき味見してきたよ。ポタポタ滴が垂れていたから。ウイスキーのサーバーだよ。色も誤魔化し効くだろ。」へーハチローは言った。僕らの部屋のすぐ近くの不自然な所にそのサーバーはあった。どうやら奇妙な間隔であちこちに設置されているようだ。サーバーはプラスチック製でコックをひねるとウイスキーが出てくるタイプの物だった。
「さて袋をセットしてコックを捻ると……」
「へーハチローお金入れてないぞ。」ボクが言う前にウイスキーは袋の中に注ぎ込まれていく。
「あれ、お金入れなくても出てくるぞ。壊れてるみたいだな、これ。飲み放題だわ・・・。」何しにコイン投入口付けてるんだろ。ボクは思った。新しいホテルなのにそのサーバーだけ古臭い。中古品だろうか?「ラッキー、ラッキー。古臭さ結構、結構。」へ―ハチローは新し物好きだから皮肉を込めながらもその顔は嬉しそうだ。
見つからないようにこっそり部屋に戻りドアノブにウイスキーの入った袋をぶら下げる。そして昼に買ったコンビニ弁当の割り箸に付いていた爪楊枝で袋に穴を開け、空の1.5リットルのペットボトルを下に添える。だいたい半分より少し多いくらいになった。
「これだけあれば十分だろ。さぁ飲もう。2人とも水筒出して。」そこで立川君が言った。
「僕やっぱりいいよ。2人で飲んで。」
「え?飲まないのじゃあ文科水筒出して。」
「あ、ゴメン。ボク水筒持ってないや。回しのみしようよ。」
「は?やだよ。男と間接キスする事になるじゃん。御免だね。立川、文科に水筒のコップ貸してやって。」
相変わらずボクには忌憚なく文句をつけてくるへーハチロー。仲良くなると図々しくなる、顔の良い奴の嫌な特徴だ。
「じゃあ悪いけど立川君、コップ貸してくれる?」「いいよ、僕使わないから。」彼の両親に似て立川君は誰にでも分け隔てなく優しくしてくれる。その人の良さが彼の良い所でもあり、弱点でもある。立川君の出来たばかりの彼女はお世辞にも可愛いとは言えない。ニキビ面で器量は悪い方だ。そんな彼女も自分にはお似合いだと仲睦まじくしている。とにかく不釣合いに可愛い娘ばかり好きになるボクとは、根性が違う。男にも優しい立川君は同性からも好かれる。
それから話し込む予定だったが、へーハチローは酒がそれ程強くない。
「俺、教育実習に来た女と付き合っているんだ。」
「へーそうなの?すごいね。どのくらい進んだの」
「どのくらいって相手22歳だぞ。あんな事やこんな事だって・・・」
「あんな事やこんなことって?」彼女のいないボクだ。友達がどんな異性とどんな交遊しているかは気にはなる。
「あんな事やこんな事ってそういう事だよ。あ~酔いが回ってきたかな、そろそろ寝るわ」
まだコップでウイスキーを2杯しか飲んでいない。色男金と力はなかりけり。英雄は酒を樽ごと飲む。張飛がいい例だ。へーハチローはそのまま寝てしまった。ボクはその後コップで五杯くらいウイスキーを飲み、仕方ないので立川君と話した。
そこに猛が帰って来た。「おお、猛。女の子の風呂上がりの匂いはどうだった?」
からかうようにそう聞いてみた。どうせ軽くあしらわれて来たんだろう。そういう顔を猛はしている。「いや~UNOでもやらないかい?なんて軽い感じのノリで行ったんだけど。」
猛は「女って鋭いね。やだ、お風呂上がりに私達どんな姿でどんな事してるか見に来たんでしょ。やらしい。猛くん。なんて言われてさぁ。」続けて「仕方ないから、入れて上げる、UNOしに来ただけでしょ?そう言われたからUNOだけして帰って来た。」「女の子の浴衣姿どうだった?」ボクは猛に聞いた。
「浴衣なんて着てないよ!みんなジャージ姿さ。女の連帯感と第六感は”罪”だよ。」
「じゃあ、風呂上がりの匂いも何もないね。覗き魔に対する女の仕打ち。Hな男に”罰”を与えたかったんじゃない?」
「罰を受けるような事は何も出来ていないよ。それより酒臭いな。誰か飲んでる?」猛は怪訝そうに聞いてきた。立川君が「文科君と大塩君がちょっとね。文科君はちょっとじゃないか。だいぶ酒臭いけど大丈夫?」心配そうな立川君。
「大丈夫、大丈夫。実は中学生の頃から叔父さんの進学塾でテストの打ち上げと称して酎ハイとかで乾杯してたんだ。叔父さんには内緒だけどね。顔も赤くないでしょ。飲むと顔が青くなって吐き気がする前に眠りに就いちゃうんだ。でもだいぶ酒が回って来たみたい。眠いや・・・」
何時の間にか23:00になっていた。「これから恋話に花を咲かせる予定だったのになぁ。しょうがない。明日自由行動だしそろそろ寝るか。ねぇ立川君。」
「そうだね。」
「おやすみ……」ボクはすっかり酔っ払った様子で言った。