第3部
ボクはあの親友だと思っていた二人が無事入学したH高校との練習試合に出してもらったのだが、嬉しいような悲しいかなキツかった。前夜ボクは従兄弟ののぶちゃんの家に泊まりがけで遊びに行っていて、徹夜後特有の胸の狭窄感とめまいと戦っていた。
K高校のサッカー部のその年の一年生は中学の強豪校の出身者が多く、レギュラーを獲るチャンスは非常に少なかった。丁度その日ボクの狙っているポジションを務めていた光永という奴が大腸炎で試合を休んだので、ボクが代わりに試合に出して貰える事になったのだ。ボクは必死だった。チャンスはここしかないと。体じゃ勝てない。精神だ。風邪でも引いたのか悪寒がする程だったが、ボクはマ-クに附けられていたM中学の2年上でキャプテンだった神谷先輩を、「恨みはありやしませんが、死んでもらいます。」と必殺仕事人ばりの気迫で削った、更に削った。ファールを取られない様に、相手を倒さないようにレガースばかりを狙って。中学で道の選抜まで行った人だ。遠慮はいらない。本当にファールすれすれのプレイで相手の足を蹴り続けボールを安易にパス出来ないように、ドリブルは体をブチ当てて止めた。結局その試合は1-0で勝つ事が出来た。試合後、吉永先生に「良くやったな。次もあるかもしれないから準備しておけよ。」と言われた。嬉しかった。
そこでの守備的MFとしての活躍が認められあの四人と共にレギュラーとして新人戦に出場できる事になった。宇津久市・小橋一良・沢村貴文・菱田優真だ。
勇は中学校時代DFだったのだが、四人の内二人がDFで他に元山信太という背の高い、立川君と同じ学校で同学年の奴がDFのポジションを取っていたのでポジションに空きがなかった無くレギュラーにはなれなかった。ボクは元山とも仲が良かった。学園祭で元山が新婦でボクが新郎で教壇の上で結婚式をあげるというシチュエーションがあった時等は、会場からは、「おまえらホモか~。」「キメエぞ~」「本当に結婚しちまえ~。」「なんで新郎より新婦の方が背高いんだよ!」等々罵詈雑言とちょっとの拍手をもらったりした。ボクはその時の写真を見てどうしてこんなに顔が赤くなっているんだろうと思った。
新人戦は市の1回戦は勝ったが、2回戦で市内で一番強いと目されるT高校とあたり6-1で負けた。T高校はあちこちの中学校からサッカーの上手い選手が集まる道立高校で、K高校にとっては毎年目の上のたんこぶとなる存在だった。
冬も朝5時に起き、自転車で雪の中朝練に通った。息は白く、ドライヤーで乾かしきってない髪の毛は凍り付き、手はかじかみ、鼻毛までが凍結した。それでもサッカーの事を考える事で一層懸命になれた。朝はフットサル形式の練習で、その練習は憂鬱だった。宇津さん(と同級生ながら呼んでいた。それだけ存在感のある人だった。)のチームと貴文のチームとキャプテンと副キャプテンの先輩のチームの4チームに分かれて練習するのだが、ジャンケンのチーム分けでなかなかボクは指名されないのだ。自分ではレギュラーにもなれたしフットサルもそこそこ上手だと思っていたのだが、ボクのチーム内での位置付けというのはまだまだ低かったのだ。いつも貴文が最後の一人として指名してくれていたので、練習には参加することはできていたのは幸いだったが。
5人組で行うフットサルではドリブルの力は絶大だ。貴文はまるでボールが足に吸い付いているかの様なドリブルができるので、2~3人を容易く抜き去りマークが薄いボクにラストパスを出す。走り高跳びに使うマットレスのゴールにシュートが突き刺さる時、ボクは安堵する。外してばかりいたらどのチームからも指名してもらえなくなるからだ。だからノーマークでシュートを外した時なんかは例え練習でもチームメートの皆に謝ってまわる。そんな姑息で小心な一面がボクにはあった。貴文はおおらかな性格なので失敗しても文句は言ってこないのだが。
全道大会常連の野球部にグラウンドを占領されていて、夏場は少し離れた所にある河川敷で練習していたボク達も、冬場は少し余ったスペースで試合形式の練習をする事も出来た。雪の上ではサッカーボールはアイスホッケーのパックの様に見事に滑るので、トラップの良い練習になる。そして遊び心旺盛なサッカー少年達は、すぐにスライディング合戦になる。すっ転ばされて見上げた太陽は薄い雲がかかって、空は大気圏遥か彼方になりにけりという情景だった。ボクはああこれが青春だなぁとその時感じた。そして冬休みが近づいてきて、休みの間何をしようかな?と考えていたところ、掲示板に貼られていた年賀期間臨時郵便配達のアルバイト募集の張り紙を見つけた。これは良い社会勉強の一環だと思い応募する事にした。午前は学校で練習をし午後から夕方まで自転車で手紙の配達をした。20日間続けて5万円になった。高校生のボクには大金だ。さてこの5万円をどうしたものか・・・。
冬休みが終わって、授業後は基礎体力向上の為に校内でランニングや筋トレなどの練習を行っていた。練習後たまたま一良と優真が喋っていたので話を聞いてみると、一良が先日パチンコに行って3000円負けたらしい。優真は優等生なので「駄目だろ。18歳になってからだぞ。」と言ったが、一良は1度遊んでみたかったようだ。ボクはそれを聞いてふーんと思っただけだが、パチンコという物に少し興味を持ったので専門誌を買って読んで見た。
その雑誌の表紙にはスクープ永久連荘打法発覚!という見出しが踊っていた。永久に連荘するのなら絶対勝てるよな・・・。本を見てその攻略法が本当に通用するのかホールに行って確かめてみたくなった。ボクは目が細く間が離れていて、頭は大きく、鼻が低く相当の童顔だったので返って店員に見咎められるという事は高校卒業までなかった。ちなみにその容姿全てがコンプレックスで、小学生の時には目と目の間が離れているのが気になって気になって鼻に洗濯バサミを挟んでみたり、中学生のときには頭が大きいのが気になって気になって服の肩の所にティッシュぺーパーを詰めてみたりしていた。中学生の時分などには抜毛症にかかったり等、神経質な一面も持ち合わせていた。
その攻略法というのは残念ながら既にパチプロに荒らされていた様子で使えなかった。
だが他にパチンコの専門誌には必勝法として「ボーダーラインという概念があって機種毎のボーダーラインを上回る回転数ならばトータルでは必ず結果が出る」という点に注目していたボクは、初めてながら隣同士の台の命釘を比較して大きさが違う事に気付いていて、一番命釘が開いていると思われる保留玉連荘機に座った。手持ちの5万円のうち1万円分を500円玉に両替し、台に座り緊張で震える手で500円玉を現金投入機に投入した。するとあろうことか誰かが隣りで打っていると思われる、休憩中の札が出ている台の上皿に500円分の玉が出てきた。素人丸出しだ。人の台から勝手に玉を取るわけにもいかず泣く泣く500円は諦め、改めて自分の台の現金投入口に500円を入れた。玉が出て来てうわ、少ないなというのが正直な感想だった。
いくらぐらいで当たるのかは知らないがこの機種のボーダーラインよりは遥かに回る。するとトリプルラインでリーチが掛かった。見た目当たりそうだがパチンコなんて裏で店長が操作しているんだろと思っていたボクは、取り立てて期待していなかったのだが、そのリーチであっさり当たってしまった。台の下部についている板が開きそこに玉が入り下皿には玉がどんどん出て来る。最終的にドル箱一箱分出た。
「あ~びっくりした」
初めての大当たりの感想だ。そして四つの保留玉の消化が始まる。ボクは仕組みが良く分からないのでそのまま玉を打ち続けていた。すると三回転目くらいでリーチ。これがまた当たる。どうやら大当たりは下の板が一セット玉が十発入賞する。そして十六回開閉すると終了するようだ。こんな感じでいきなり五連荘した。この機種の連荘率は確か20%程度だった筈なのでいきなりのビギナーズラックだ。その後も早い回転数での大当たりが続き、椅子の周りはドル箱の塔に囲まれた。結局その日は4万円勝った。1000円が数時間で4万円。こんな簡単でいいのだろうか。いつか痛い目に遭うのではないかとビクビクしながらも、それからもたまにホールへと通うようになった。結果一月目に20万円のプラス。二月目に18万円のプラス。これならパチンコって勝てるんじゃないか?と薄々思い始めていた。
3学期の終業式、通知表をもらった。国語が4で数学が2、あとはオール3。このままでは大学にはとてもではないが、進学できないだろう。テストの成績もその頃には300位台に落ちていた。しかしボクは体育が3なのにサッカー部でレギュラーを張っているのは凄い事だ、と自分を慰めた。宇津さんも貴文も一良も優真も立川君も勇まで体育は5だったのだから。
2年生になりパチンコの方は順調で月毎の収支ではマイナスは出さないくらいに上達していた。今思えば運も多分に良かったと思うが、今とはパチンコ業界の環境が多分に違ったのだ。業界は数年の周期を以って変化してきたのだが、その当時は脱税防止という名目の元(真実は警察OBの天下り先の確保が目的だったのだが)CR機が台頭し始めた時期で主婦達が、パチンコ依存症になって借金苦に陥るという状況が社会問題化し始める前兆が見え初めていた。
その中ボクはボーダーラインの低く利益率の良い権利物や一般電役と呼ばれる機種を中心に稼いでいた。その事は何処から流出したのか同級生の間に知られ出し始めていた。高校生の時分なんてせいぜいお小遣い5000円程度だ。買いたいものなんてそうそう買えるものではない。しかしボクは羽振り良くお金を使えた。その頃ボクはニキビが酷くなって、それを潰したりしていたものだから顔に赤い斑点がたくさんできていた。ボクはカネボウのホワイトニングやチョコラBB、コンシーラー等を買ってなんとかシミを目立たなくしようとしていた。
いい歳の男子が家でホワイトニングを丹念に肌に塗り込んだり、毎日朝夜ビタミン剤を飲んだり、学校の休み時間にトイレの手洗い所に駆け込んでコンシーラーでシミを覆い隠したりしているのはまるで女の子みたいで、自分でも女々しいとは感じていたが、小学生がトイレで大便をするのを恥じるのとは違って、人はお金を持つとまず美容に気を使いたくなるという、大衆のCosmeticに対する潜在意識に由来する物だったのかもしれない。
そんな理由から同級生の女子たちから持て囃される事もあった。
登校し授業が始まる前までの時間女の子が7~8人やって来てボクは得意気に今使っている化粧品がどれだけ美容に良いかを説いてやると、すっぴんの女の子たちは何故かとても喜んで話を聞いてくれる。
「何処で買ってるの?」「ツルハだよ。」
コンビニに化粧品なんて売っている時代じゃなかった。
「文科君ホワイトニングなんてしてるんだ。」
「いくらくらいするの?」
「五千円くらいかな。」
「え~高い。」
「ほらボクニキビ痕すごいから、肌荒れ防ぐためにもいいんだ。」
「どこからお金出て来るの?」
「ちょっとした割の良いバイトがあるんだ。」
パチンコで稼いでいます。なんて言うと引かれそうだからそこは伏せて置く。
「でも文君いつも良い匂いするよ。」理子ちゃんだ。
宇津さんの彼女である。「そうかな・・・アロマテラピーとかもやってるし、香水付けてるからかな。」そういって1500円くらいの赤いビンに入った香水を理子ちゃんに見せる。理子ちゃんは言った。「でも香水なんて高校生には早いよね。格好つけてるみたい。」理子ちゃんは真面目で頭が良い。可愛い顔してそんなこと言われるとちょっとショックを受ける。8時30分のチャイムがなって女の子達は走って自分達の教室に帰っていく。
ボクもわざわざ自分の教室から人の教室の前まで来て、オカマみたいな男の話を30分も聞いてくれる女という生き物は何を考えているのかな?と思案に耽りながら教室に戻る。
同じクラスの立川君が次の休み時間話し掛けてくる。
「いつも女の子達と何話しているの?」
「いやぁ、よもやま話だよ。」
「なんか文科君って女の子といる時生き生きとして話するよね。」
「そうかな・・・別に意識してないからかな。」
「ふーん僕は早く彼女作ってエッチしたいけどな~。」
「彼女なんてそんないいもんじゃないよ。面倒臭いだけだよ。」
中学時代の彼女には相手から手紙で告白されて付き合う事になったのだが、3日目くらいから既に一緒に帰るのも億劫になり、そんなに可愛くも無かったし、家に連れて来て遊んでも何も起こることはなかった。中学生の恋愛なんてそんなもんだ。
入学してからクラスメートとの付き合いも1年が経ち、親友と呼べる友達も出来ていた。へーハチローだ。へーハチローとは入学してすぐに知り合った。教室の前に置いてあるロッカーを使おうとしたら下側の蝶つがいが壊れていたので中に入れようとしたものが殆ど溢れだしてくる。部活動のスパイクとかジャージとか、置き勉するための教科書とか、食べ掛けのパンとか、昼休みに遊ぶために使うバスケットボールとかが。そうしたら出席番号隣りだと思われるカッコいい男が話し掛けて来た。
「壊れてるね。そのロッカー。」「え、あ、うん」人から話し掛けられてまず「え、あ、」というのはボクの未だに直らない悪い癖だ。「俺のロッカー代わりに使っていいよ、俺、帰宅部で荷物ないから。」
「え、ホント?悪いね。君、何て名前?」B型のボクは何でも聞きたがる。
「俺?大塩だけど。」「大塩・・・へーハチローだね。」「いや名前は違うけど、へーハチローでも別にいいよ。」どうみても女子の人気を独り占めしそうなクールな風貌の男がへーハチローなんて格好悪い名前で呼ばれる事を許可するとは意外だったけど、カッコ良い友達がいるというのは一つのステータスだと思って「じゃあ、へーハチローって呼ぶね。」「ああ、いいよ。」
後一人親友がいた。猛だ。猛は陸上部で足が速く、猿みたいな顔をしていて背が小さかった。しかし陸上7種競技で全国大会まで出場する程の運動神経を持っていた。イケてる男とスポーツ万能の男。どちらも友達にしておいて損は無いタイプだ。猛は顔が広いので立川君と信太とも仲が良い。立川君の家に頻繁に泊めて貰って一良と優真もよんで交代で朝まで麻雀をして遊んだ。
ある時、猛の後ろで手牌を見ていたらどうやら麻雀素人な彼はマンズで染めようとしているらしかった。猛はボクに小声で「これテンパってるよね。待ち何?」と聞いてきた。清一色ではよくある事だ。「どれどれ」って覗き込むとそれは九連宝燈の聴牌ではないか。「猛、一だよ、一」と他人の事ながらちょっと興奮気味に小声で教えた。猛は役満だとは知らない。すると海底の一巡前に一万を自分でツモった。「猛、それ役満だよ。九連宝燈。」「うっそ。マジで?」ボクがいるので、レートは千点二百円だ。他の面子が覗き込む。「うわ、ホンモノだ。」立川君が言う。信太は親だったので二万四千点の支払い。「え~俺飛んだよ。お金ないよ。」信太にはボクが金を貸す事になると思う。高校生活三年間、金はボクからみんなへという流れだった。ずっとそうだったので別段おかしな事をやっている意識は当時ボクにはなかった。優真が言う。「でも九連宝燈あがった人はその日の内に死ぬって言うよね。」「え~マジ、優真君?」「迷信だよ、迷信。それだけ珍しい役だって事だよ。」ボクは猛に教えてやった。「なんだ・・・それならそうと言ってよ。優真君。さぁ一万二千点払って、払って。」そこで「ねぇ、そんなに珍しいなら写真撮っておこうか」と立川君。携帯電話等まだない時代だった。立川君はポラロイドカメラを持ってきて、猛の手牌を写真に収め猛に渡した。「良い記念になるよ。」ボクは言った。
修学旅行でも二人とは一緒のグループだった。三泊四日の予定。ボクは飛行機に乗るのが初めてだったので前日は緊張してよく眠れなかった。学校からバスで空港に向かい飛行機に乗る。隣りの席はへーハチロー。しかしコイツは男のボクからみても惚れ惚れするほど美形だ。横顔を暫く見つめていると「文科何処行くの楽しみ?」へーハチローが聞いて来る。「うーん、普通に京都の清水寺か、奈良の奈良公園かな・・・?」へーハチローがはぁ?という顔で「そんな所行って何が楽しいの?。俺は大阪のアメリカ村だな。東京にも寄るスケジュールだから渋谷にも行ってみたいな。」裏原なんて言葉もまだ当時なかった。ファションには人一倍敏感な彼だ。その日もいつものボブみたいな髪型からベリーショートにしてきていた。「田舎者だと思われたくないからね。」へーハチローは言った。田舎者丸出しのボクは返す言葉もない。
「えびすジーンズ欲しいんだよ。ミリタリー系のジャケットなんかもいいな。」ファッション雑誌を捲りながらそういう彼に「ケミカルジーンズでいいよ。」ボクは言った。またはぁ?という顔で「何言ってんの?苛めるよ?」「いや冗談だよ、少しダメージの入ったジーンズがいいかな。」「そんなの流行らないよ。だらしないな文科。流石B型。まぁ自由時間2日目と4日目にしかないから、最初大阪で次東京だな・・・。」へーハチローは再びファッション雑誌に目を落とした。