第11部
整体室の忙しい時期は去った。伊倉さんとボクの獅子奮迅の働きによって。お客は少々は逃がしたが二人では仕方のない事だった。何しろ2週間以上12時間休む間も無くお客に付いていたのだから。
そして繁忙期を過ぎて、しれっとした顔で主任と副主任が戻ってきた。僕は非常に腹立たしい気持ちだった。それは伊倉さんも同じ様だった。本当に謝罪の言葉も無く、僕らが労力を費やしたのは当然という様な顔をしているのだ。疲れた……。伊倉さんはこう言う。「辞める時教えてね。」と。
僕は憤っていた。桜田さんが太ってきて、目の下に隈等を作りながら、「私、自律神経失調症なの。」なんて、なんで急に腹が立ったのか良く分からないけど、嫉妬の変形の心理なのだろうかね。
四月になって鹿山先生が新人の募集を始めた。三人入ってきた。一人はピタゴラスの定理がなんちゃらかんちゃら言ってる精神病っぽい人、後背の高い男の子と可愛い女の子。
その可愛い女の子は僕が高校生の時同級生だった立川君と同じ中学だそうで少し話が盛り上がった。電波君はすぐ辞めたので桜田さんがその川島という男の子の指導、僕が鈴木という可愛い女の子の指導をするように鹿山先生に言われた。
桜田さんは「君、川島君っていうんだ。カッコ良いね。」等と早速色香を振りまいている。その手の早さに呆れて物も言えない。この色魔!等と思ってもやっぱりそれは嫉妬なんだ。僕は鈴木さんに健康コースを一通り教えたが飲み込みが早く「じゃあ僕にやってみて。」と言うとそこそこ圧も入ってるし時間通りに終えるからこの娘は使い物になるなと思った。が、桜田さん以外の女性の体に触るのはちょっと嫌だった。
ある日僕は鈴木さんから告白された。「好きです。佐藤さんとても仕事が出来るし優しい顔立ちしてるから。」僕は少し考えさせてくれないかと答えた。
次の日シフトは僕と桜田さんだけだった。桜田さんはだるそうに狭い休憩室に寝転がっていて客が来ても「文科君代わりにやっといて」と言うだけだった。少し時間が空いたので僕は休憩室でタバコを吸っていた。桜田さんはお尻をこちらに向けて壁にぺったりくっ付けて眠っているようだった。僕は試したくなった。本当はこの人愛情を受けた体験がないんじゃないか。どこか寂しそうなんだ。いつも。僕は衝動を抑えきれなかった。手を伸ばし・・・。彼女の髪をそっと撫でた。
その瞬間彼女はパッと飛び起き「え、何?何?」そう言ってしばらく後に泣き出してしまった。彼女はロッカーの荷物を急いで取り出して逃げるように帰っていった。それからしばらく彼女は出社しなかった。聞いた所によると軽いノイローゼでメンタルクリ
ニックに通っていると言う。正直ざまあみろと思った。
鹿山先生がお前何か桜田にしたのか?と聞いてきたので復讐ですよと答える僕。貴方にもね。流し台にぺっとツバを吐いて、鹿山先生と全く目を合わせず、ロッカーに入れ
ておいたお気に入りの小説などを全部急いでバックに詰め込み、「もう用はありません。さようなら」そう言った。後日、鹿山先生が桜田さんを連れて家に来て「佐藤辞めるの少し待ってくれないか?」と引きとめようとしたが僕の気持ちはそれでも変わる事はなかった。
そして次の仕事を探す前にやりたい事があった。
それは顔の整形手術だった。車の免許を取得する前にやっておかないとおかしな事になる。僕は小規模なクリニックよりも大手の方が頼もしいと思った。稲積美容整形外科がいい。一番有名だろう。
北海道の中でも比較的都会な函館市にあるので、スーパーホワイトアローに乗って旭川市から移動し、手術をすれば恐らく傷跡が多少残るだろうからウィークリーマンションを二週間ほど前もって隠れ家として借りておく事にした。病院に行った所予約制だったので誓約書みたいな物と承諾書みたいな物を書かされ、一週間後の手術となった。何しろ初めてなので少し予定が狂ったが、別に決意が揺らぐ事も無く一週間後にはこの顔とおさらば出来るのかと思うとますます変身願望が高まってTVが面白くてしょうがなかった。
手術当日 僕はベッドに寝かされて先生が「始めます。」と言った。看護婦が3人くらいついていた。まず目かららしい。点眼の麻酔の後下瞼の裏の朱色の部分に注射で麻酔をした。瞼が裏返されてるような感覚があったが、視界が極端に狭い。出血はあまりしないようだ。眼球は自由には動かせないようだが、光は見える。十分くらいで終わった。あっという間だ。
しかし鼻の手術は面倒だった。まず麻酔の注射を上唇の裏、歯茎に刺さるかどうかという所にするのだがこれが激痛なんてもんじゃない。途中で止めてもらおうかと思ったくらいだ。で鼻、左側の穴のちょっと横を切開するのだが出血量が半端じゃない。だらだら流れるし、口の中にも入ってくる。それで殆ど無理矢理プロテーゼを挿入するので骨と擦り合わさって「ごりごり、ごりごり」と音が凄い。鼻の高さを鏡で確認させられた。あまり変わり映えしない。「もう少し高く出来ますか。」そう言うと違うプロテーゼを看護婦が持ってきて、前のを「ごりごり、ごりごり」と切開した所から抜き取り、先生が「ごりごり、ごりごり」と挿入した。麻酔がかかっているのだが不思議な感覚だ。これだけやられても痛くないというのは素晴らしい事だが、ごりごり感が気持ち悪かった。
鏡を見て先生がこれ以上は高く出来ないよと言うのでじゃあこれでお願いしますと僕は決心した。縫合が終わった後もう一度鏡を見せられて全くの別人というほどではないが、まぁまぁかなと自分では思ったのだが、看護婦さんが半泣きで「別人みたいですよぉ」と言ったのが少し変な感じがした。顔中包帯だらけにされたのでタクシーを呼んでもらった。エレベーターを降りる時男女混交の4人組に出会ったが、ビックリしている者もいたし、別にどうとも思ってないような者もいた。タクシーの運転手も特に話し掛けてくることも無く無事ウィークリーマンションに着いた。とりあえず傷口が塞がってからだな。もう後戻りは出来ないけど。