表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
負け組の視点  作者: 敬愛
10/24

第10部

 九ヶ月が経った。ある日桜田さんが車の故障で徒歩通勤してきた。丁度その日僕も実家に帰りたくて桜田さんがタクシーで帰るというのを聞いて方向が同じなので一緒に帰りたいと思った。


 坂下は残念ながら逆方向だったので助かった。その日はとても忙しく桜田さんも僕もくたくただった。


 桜田さんも同じ方向なので一緒にタクシーで帰りませんか?と言った。


 文科君Hな事考えてなければいいよという答えだった。整体室は騒々しい街中にあるが、二人の帰る方向は人通りが夜になれば殆どないような郊外だった。一緒に同じタクシーに乗り込む。桜田さん良い匂いがする。汗はかいているはずなのに何か僕は少しもやもやした気持ちになった。


 そして道がら半分くらい過ぎた頃、桜田さんがタクシーの運転手にあっち行ってこっち行ってと家のある方向とは違う方向に向かい始めた。最初何かわからなかった。


 しかし何度も何度も道を変える。しばらくするとラブホテルの集まる台場の方に入り込んできた。


「降りよ」


 そう言われた。道すがら僕は困惑していた。何故急に? しかし僕は桜田さんにアプローチするチャンスだと思った。二人とも無言だった。大人の女性の香りは冬が連れてきた贈り物のような気がして、手つないでいいですか?と自然に切り出せた


「いいよ」手を繋いだ。それで僕は満足していた。「キスも良いよ」そう言われて僕はふと北島先生の顔が浮かんだ。ある日、整体室近くのコンビニで手を繋いでいる北島先生と桜田さんを見かけた事があるのだ。数回……。

 

 それが気になって思わず口走った。「北島先生と付き合ってるんですか?」桜田さんはしばらく口を閉ざした後「やーめた。やっぱり帰ろ」あ、桜田さんが帰っちゃうと思ったが何も声を掛けられなかった。


 その時僕は桜田さんに恋しているのに気付いた。


 しかしその次の日から僕のPHSの番号が着信拒否にされていた。坂下と北島先生とばかり話す様になった事、僕を避けている事は明白だった。僕には理由がわからなかった。始まった恋は一日で座礁した船の様に緊迫した雰囲気の重い錨となっていた。


 またなんで?が始まる。昨日北島先生の事に空気も読まず触れたからだろうか?あのまま桜田さんと寝ていれば恋人同士になれたのだろうか? いや違う。彼女はただ僕で遊ぼうとしているだけだ。そうに違いない。そう思い込んだ。ひがみ根性に取り付かれた僕は死にたい気持ちだった。理子ちゃんとの思い出が蘇ってきた。愛はなかった。あのHには。桜田さんと寝たとしても僕の男の自信がメラメラ湧き出すとは考えにくかった。もっと彼女を知ってから、完全に僕の物にしてからそういう関係になりたい、そういう思い上がった女性に対する扱い、そういうのも僕の性癖といつの間にかなっていたようだ。


 カッコ良くなりたい。女に惚れられたい。深層心理の中にあるこの思い上がりは全て顔のせい、とは言わないが、今一つ女性に積極的になれない理由の一つでもある。フォアダイスもそうだ。


 性的な器官(顔もその一つと言って良いだろう)が未発達なのだ。全て治さなければならない。全て……。


 突然の事だった。年末突然北島先生の異動が決まった。北島先生には悪いがこれでチャンスが巡ってきたと思った。坂下は突然辞めて既にいない。気まぐれな奴だ。桜田さんとまだ電話で連絡を取っているようだ。親に金を半分出して貰って貯めてあった給料で新車のシルビアを買ったが、すぐに事故を起こして廃車になったらしい。相変わらず馬鹿な奴だと思った。桜田さんはとても心配しながらも時々笑いながら坂下の話を聞いていた。この二人は何か運命を感じさせると言うか、仲が良かったので辞めてくれて助かったと思うとともに、これからも連絡を取り合うと思うと嫉妬心を抑え切れなかった。


この頃僕は彼女の体には興味があまりないくせに心を奪う事に執心していた。拒絶されるようになってから尚更。鹿山先生という既婚、六十一歳の男としては終わりかけの人であっても桜田さんが腰が痛いと言って鹿山先生が彼女の施術を義理で行う時でさえ狂いそうな程の嫉妬心を感じた物だ。


 そして北島先生のお別れパーティが開かれる事になった。彼女、桜田さんは何故か僕の隣


りに座った。付き合っていると思われる彼とお別れすることになって寂しくて煮え切らない


僕に同情し始めたのだろうかなどと期待を持ったが、ただ先生の正面に座りたかっただけか


もしれない。


パーティの途中でお酒が入って、顔を見て涙を流していたから。


最後、北島先生、鹿山先生、伊倉さん、桜田さん、僕で写真を撮った。


北島先生が居なくなるのは僕にとっても痛い。上司に恵まれていたから今まで働けていたよ


うな物だ。


その点感謝しなくてはいけないと思った。「今までありがとうございました。」僕は言っ


た。佐藤君頑張ってね、と返された。「先生もお元気で」 


その後桜田さんが北島先生の荷物を預かっているという事実を聞いた。


 年末、整体室は一番忙しい時期だ。北島先生がいなくなって鹿山先生が主任に、桜田さん


が副主任となった。責任ある立場に立った訳で年末はフル稼働してもらわなければならない


存在だったはずだが鹿山先生と桜田さんは十二月二十九日から一月十四日まで一度も出勤し


なかった。本部には秘密で。


鹿山先生は無責任にも年末年始は休む時期だ。俺には家族がいるからな。桜田? 知らない


ぞ。伊倉さんと桜田とお前がいれば何とかなるだろう? 頑張れよ。


桜田さんの言い分はこうだ。主任が休むなら私も休んでもいいわね。佐藤君本部にチクった


らただじゃおかないわよ。


ただでさえ稼ぎ悪いんだからね。普段活躍していない僕と伊倉さんに普段の分を取り戻せと


言わんばかりだ。


 B型の二人が残された。伊倉さんも不満たらたらだ。私にだって家族いるのに。O型とAB


型って自分勝手ね・・・。


こういう時いつもB型が苛められるんだわ。他の職場でもあったもの。B型はいつもキツイ仕


事を押し付けられて、頑張っても認めてもらえないのよね~。


子供十人B型の伊倉さんの言葉には説得力があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ