武人魚姫
<世界迷惑劇場>
むかしむかし、遠い海の底に魚たちの国があり、王族である人魚族のためのお城がありました。
海の国を統治するシンボルでもあるお城には、立派な王様とお妃様、そして六人の人魚姫が住んでいました。
お城は金銀宝石に飾られ、兵士たちは規律正しく、姫たちも美しく教養高く暮らしておりました。
ただし、この魚たちの国には他国にはないルールがあります。
『愛されるため、戦えッ!!』
唯一無二の味方となる『結婚相手のため』に戦って。
戦って! 戦い抜いてこそ!! 真に相手から愛される存在になる!!
……という言葉が伝わっていました。
「ユーねえさま、また武勇伝を聞かせてくださいませッ!!」
彼女にとってかわいい末の妹に頼まれると、普段は凛々しくある姉たちも口が軽くなります。
長女ユーレイシャ姫は、夫を射止めたエピソードを簡単に纏めつつ、妹のオウストのクルクル巻かれた金髪を背伸びし、撫でながら語り聞かせました。
「本当に、世界一の財を抱えるという男の顔が見たくて北の大国への『旅行』というつもり、それだけだったのよ。それがまさか…… 一目惚れしてしまうとは思わなかった……」
熊にすら跨がりそうな北国の党首は、島国の武術『ジュウドー』に覚えがあるという。
長女姫は交流試合として開かれた場所で、挑戦者として彼に宣言した。
自分が勝ったら一日お付き合いください、と。
負けたら手持ちの装飾品、部下たちすべてを差し出すという挑戦で、彼女は一本勝ちをした。
「アレが、カレの初めての負けだったそうよ。そこからは、まぁ紆余曲折あったけれどお付き合いをして、結婚をして…… 財産を三倍にするほどの活躍をしているわ。でも、やり過ぎないようそろそろ窘めないと……」
「うふふふゥ~、でも、そのお話をされているユー姉さまは、とても美しく思いますわァ」
妹にそう返され、真っ赤になり次ぐ言葉が出ない姉。
そこに、アフリ姫、ノース姫、サウス姫、エンター姫と、すべての姫が揃いました。
本日は、末のオウスト姫の成人の儀式。
この国では、人魚の姫は結婚を認められる年齢になると海から出て、人間の世界に行くことができるようになります。
末の人魚姫は、姉姫たちが見て、恋をしてきた人間の世界の話が大好きでした。
「聞いているのと自分で体験するのとでは大きく違いますよ。しっかりと気を付けて人間の世界の『旅行』を楽しみなさい」
「あなたはおっとりしているから、とても心配なのよ」
「地域によっては水が合わないかもしれなくてよ」
「どこに行くのかはあなたが決めたコト、止めません」
「海の国の王族として、常にきちんとなさい」
「はい、お姉さまがたァ♡ わたくし、ユーねえさまのお話の中にあった『ジュウドー』という武術に興味がありますので、東方の島国へ行くことにしましたァ。付き添いはァならわしの通りにカモメたちにお頼みいたしますゥッ」
こうして、人魚姫の『成人の儀式』が始まりました。
本当は一人で行きたかったオウスト姫ですが、付き添いしてくれる者たちに意地悪なことはできません。
正式な手続きを済ませ、怯える島国の政治家に書状を渡して宣言します。
「わたくしはッ、武術のドウジョーが見たいのですがァ。どなたか、この国の中で一番強い人物をご存じありませんかァ?」
姫の目の前の高官は、急いで強い人物をリストアップして差し出しました…… 頭から食われてしまう、と、そう感じたからです。
そのリストに姫は金色ながら太くたくましい眉をひそめました。
そう、彼女の身体は身の丈二メートル、ボディビルダーのごとくつやめいた日焼け肌、下半身の魚体がイベント会場におけるコスプレのように矮小な違和感に思える肉体美だったのだ。
その彼女の食指に、野獣のような姿のジュウドー使いと、岩山のようなカラテ使いの姿が捉えられたのです。
「この方々はとても魅力的ねェ♡ では、リストのこの辺りまでの人物との『お手合わせ』をお願いいたしますゥ」
そして高官をまるで召使いのように扱い、日取りを決めてゆきます。
島国の中を縦横無尽に、彼女は自らの足で駆け巡り戦いました。
そして有り余るパゥワーに、リストに上がった誰もが勝てませんでした。
「ば、バケモノ……」
「やってられるか」
「つ、強すぎる、こんなの……」
「まあまあァ、手応えは良かったのですがァ…… ガラスのように繊細な骨では、床に転んだだけでも大ケガ、ひいては命取りでしてよォ? 精進すると共にしっかりと食べて、繰り返し圧し折って治し、日々自らを鍛え上げなくてはねェ♡」
そう言いつつ、自らの太くたくましい両腕でポージングする姫。
掴みかかる男には立ち会い応え、殴りかかる男には剛腕が唸った。
繊細と言われた男たちは、そのキレた筋肉質隆起の美に心臓が高鳴りました。
魅了された男たちは、護衛カモメの渡す『護衛隊員募集』のチラシの文言にうなずきます。
こうして、姫は護衛を増やしつつも北から南までを制覇してしまいました。
☆
「しかしィ…… 筋肉が満足しないィ…… これならばホオジロ大佐やシャチ少将、シロナガス大将との訓練のが楽しかったァ……」
そんなある日、食後のコーヒー味プロテインをいただきながら姫は悲嘆に暮れていますと…… 外からの大声が響きました。
「さぁて、皆さんお待ちかねェ!!!!」
「うわ、うるさいですわァっ!?」
「人魚姫とやらあ! オレと立ち会ってもらおうかぁあ!!」
彼女の深海の水圧に耐える鼓膜を揺らし、服装の怪しい男が部屋に飛び込んだ。
メイド服。
しかもアキハバラなどで重用されるようなミニスカートのフリフリのパヤパヤなモノをいかつい大男が着用していたのは…… とてもカオスな光景でした。
その服だけでも異常行動だったが、顔をロボットアニメのお面で隠していたのはさらに奇妙だった。
そしてテーブルにのって腕組みし、人魚姫を見下ろして。
「この国の屈強な男たちを誑かす異国の王女がいると聞いていたが、まさかこんな可憐な女性だとは思いもしなかった……」
周囲に居た誰もが耳を疑った。
ゴリラも裸足で逃げ出すこの肉体改造人魚姫に対して『可憐』…… そう言ったのか、と。
ただし、彼の露出した二の腕を見た彼女は違った。
《ドゴンッ!!》
その大胸筋の奥から刻まれたビートはまさかの『心臓の高鳴り』。
ずっと求めていた『戦闘で磨き抜かれた筋肉』にときめいていたのです。
この人魚姫は剛力無双なれど『乙女の憧れ』は失くしていなかった。
「あ、あなたは一体……?」
すると、彼は声高らかに告げました。
「無流派、当方付和雷同!」
「王者の風格がありますわァ……!」
「全身全霊をもってお相手いたす!」
☆ちなみに付和雷同とは、自分にしっかりとした考えがなく、他人の言動にすぐ同調することです。
「あなたには圧倒的なパゥワーを感じます…… 一体、何を修めた人なのかしらァ……」
頬を染め、やや漢女を表に出しつつも構えを取る人魚姫。
休憩中であり、その装いは舞踏会にでも向かうかのようにきらびやかではあったが、これは彼女の戦闘服である。
「音波狂乱ッ!!」
心の中では『王子様♡』と叫びつつ、先手必勝とばかりに剛腕の抜き手で襲いかかります。
しかし付和雷同と名乗った男には触れられない。
掠りもしない様子に『素敵でムキムキィ♡』と人魚姫の心臓は高鳴りっぱなし。
「見よっ! 当方の、赤く燃える拳をぉっ!」
彼は魔法のように赤々と光る拳を振りかざし、人魚姫の額に撃ち込み…… しかしその打撃は触れてはいませんでした。
「な、なんのつもりですの……?」
「ふむ。か弱き華である女性を殴るのは…… やはり気が進まない。師匠方から頼まれたコトとはいえ、この世の宝石に傷をつけたくはない」
《ドゴンッ!!》
その大胸筋の奥から再び『高鳴り』。
人魚姫はその場にくずおれ、彼へと心から参ってしまいました。
お陰で高鳴りが鳴りやみません。
「参りましたわァ…… 完敗ですわァ…… これはもう、嫁入りしかありませんわァ……!」
《ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ……!!》
謎の変態メイド服男が立ち去ると、高級ホテルのロイヤルスイートは無惨な状態となっていたが、人魚姫の心の風景はお花畑となっていた。
☆
こうして…… 謎の人物『付和雷同』によってバーサーク人魚姫の旅は終わりを迎えました。
《ドコッドコッドコッドコッ……》
ゴリラの『ドラミング』よりも重低音のトゥンクを響かせつつ、彼女の王子様を『追跡する旅』へと目的は変わったのです。
一度は痕跡を見事に消され情報は『泡のように消えた』のですが、彼女は異形なれど一国の姫。
かの『武人』の本名、国籍、趣味、特技までを調べあげ、現在は地下武道会にて活躍している戦士であると突き止めました。
情報提供してくれた深海の魔女には『声』と代金を支払い、ついに彼の姿を捉えました。
今回の武道会場は大型船、そこには確かに王子様が乗っており、人魚姫は彼をこの稼業から引き抜くため全力を尽くしました。
簡単にいうと地下武道会を運営している組織のスポンサーになりました。
「いけませんわァ、あなたはこんな陰よりも、天が似合う方……! わたくし、全力で嵐となります!」
人魚姫は国の財産を持ち出し、つまり国営で大武道会を開催するという流れになりました。
もちろん彼は無理矢理な流れに逆らおうと、逃げ出そうとしましたが人魚姫は逃がしません。
なにせ海は姫の生まれ故郷……王子様も泳いで逃げ出すには分が悪かった。
「ぐぶっ、深度50mまで引きずり込まれるとは……!」
「ご安心くださいィ♡ 今は本当に王子様のそばに居たいだけなのでェ……♡」
人魚姫は魔女もかくやという眼光で人間たちの戦いを観戦し、転じて女神の微笑みで彼を慈しみ、片手間に護衛部隊を鍛えていき…… 王子もいつの間にかほだされていた。
人魚姫は家族からも祝福され、人間のムコを迎え入れる運びとなりました。
しばらくして…… 以前、王子を人魚姫への刺客にしたという武道家たちが暗殺されたという一報が魚の国へと届き、王子の耳に入りそうになったが。
「死ィ~ッ♡」
人魚姫はその『声』を握り潰しました。
彼女はその手紙を使者ごと海へと投げ捨て、かすかに残る泡を見て笑い、王子との組み手へと戻りました。
愛でたし、愛でたし……?
「恋は、いつでも、ハリケーンん♡」
ご覧いただきありがとうございました。
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体や法令などはあんまり気にしないでいただけるとより楽しめると思います。
では、またいつか、他の作品で。