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7話

 イグレシアス・G・バートンがフレアランド帝国ブルーズ州総督に就任した暁には、功労者であるヒラリー・アーノルドを厚遇で迎え入れる事を約束する。


 ヒラリー・アーノルドに対し、ブルーズ州軍テルフィア騎士団第2師団長の座を用意し、現在の役職についてはその任を解くものとする。


 師団長の役務において代理人を立てる事を許可する。


 バートン卿からの密書にはそのようなことがつらつらと書かれていた。


「へー、随分と奮発するじゃん。あのケチンボ小領主が」


 密書を読んだKは率直な感想を口にする。そして読み終えた密書をくるくると元の形に巻いて戻していた。


「そりゃ州の総督にもなりゃ金なんざいくらでも湧いてくるしな。ただでさえブルーズ州、それもここテルフィアは諸外国との貿易で税収がよそとは段違いだ」


 ヒラリーは笑いを堪えきれずニヤニヤと笑っている。

 三年前、密命を受けてオルブライトン家の使用人として雇われて以降、慎重に時間をかけて進めてきた作戦がようやく身を結ぶのだ。流石に気が昂る。


「しっかし要するに仕事は他の奴に任せて、地位と金だけくれるってんだからこんな美味しい話はないわな」

「いいなー、俺もあやかりたいね」

「安心しろ。もしそうなったらお前も高給で迎え入れてやるよ」


 この後も仕事がなければ酒でも飲みたい気分だが、流石に自重する。まだ終わったどころか始まってもいないのだ。ここで勘付かれては三年間の準備が水の泡だ。より慎重に進めなければならない。

 イグレシアス・G・バートンはブルーズ州の端、帝都マンティエスタのある特別地域との境目に程近い街の小領主だ。

 元々は貴族ではなく商人であり、十年前の戦の際に武具や兵糧を中心に荒稼ぎし巨万の富を得た。更に戦争で一時かなりの劣勢だった事もあり、至る街で領主の逃亡や戦死が相次いだため、金と人脈を駆使して貴族の地位を手に入れた成り上がりだ。

 しかしイグレシアスは強欲で、今の地位に満足していなかった。彼はテルフィアの領主アレックスが不在のうちに、このテルフィアとブルーズ州を手に入れようと画策していたのだった。

 大義名分としては「十年前の戦で当主がとうに死亡していながら、私腹を肥やすためにその死を隠蔽し、民を苦しめるオルブライトン家を放逐するべくバートン家が立ち上がり、このブルーズ州をあるべき姿に戻す」のだそうだ。

 正当性はどうあれ、イグレシアスは本気でクーデターを画策し、五年の歳月をかけて世界中から腕利きの傭兵を集めて準備を進めていた。しかし当主不在とはいえ、相手はフレアランド帝国最強のブルーズ州軍。まともに戦っても勝ち目は薄い。

 どうしたものかと頭を悩ませていたところに現れたのが、当時冒険者だったヒラリーだった。


「俺なら、うまくオルブライトン家に潜り込んでアンタらを内側まで引き込める」


 ヒラリーはオルブライトン家の使用人達と以前から縁が深く、自分も何かしらの形で雇ってもらうことは容易だと説明した。

 どんなに敵が強大でも、内側から潜り込んで奇襲を仕掛けてしまえば恐るるに足らない。手詰まりだったイグレシアスにとって、ヒラリーの提案は渡りに船であった。しかも報酬は成功報酬で構わないということで、吝嗇家(りんしょくか)で守銭奴のイグレシアスにとっては余計にありがたかった。


「K。ペーターの奴にも、城内の地図は渡してあるな」

「バートン卿に渡したのと同じやつ渡してあるよ」


 既にヒラリーは、イグレシアスらバートン家の兵達に城内の地図や抜け道の有無などを知らせてある。

 それを基に先ほどの封書には、侵入ルートと各部隊の編成や人数などが詳細に書き込まれていた。

 ヒラリーにも役割が分担されており、陽動部隊が襲撃した後、アイエスを抜け道から逃すフリをして、あらかじめ待ち伏せしていたイグレシアスらに引き渡す役目だ。

 

「一番めんどくさそうな仕事だな」

「しょうがないでしょ我慢我慢。手伝うからさ」


 そうだ。これは流石に避けて通れない。これは自分の役割。

 先程までの浮かれた気持ちはとうに消え去り、緊張が体を駆け巡る。久方ぶりの、自分の命を曝け出す覚悟。万が一にも失敗すれば自分の命はない。

 ヒラリーはソファから立ち上がり、部屋に掛けていた自分の獲物(・・)に手を伸ばす。それを手に持つと、不思議と心が落ち着いていく。

 ふと、窓の外から音楽が聞こえてきた。ワルツだ。アイエスがダンスのレッスンを開始したようだ。まさかそのダンスを披露して間もなく、夜襲に遭うなど夢にも思っていないだろう。

 アイエスと初めて出会った時のことを思い出す。彼女を欺いている事に、少しだけ心が傷んだ。

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