10話
「と、いうわけで魔術学の教師を務めるペーターくんだ。お嬢、仲良くするように」
「何様だヒラリーこら」
アイエスがヒラリーの脇腹をどすどすと殴る。その姿を見てペーターはアイエスの凶暴性を理解した。
さすがにボロボロの格好ではまずいということで、部屋に案内した後に着替えを用意した。残念ながらそのエキセントリックな仮面はまだ被ったままだが。
「ペーター・ランパードですー。よろしく」
ペーターがアイエスへ握手を求めて手を差し出す。アイエスはペーターの奇抜な仮面に最初はドン引きしていたものの、臆していると思われたくないのか表面上は平静に見えた。
アイエスが握手を交わそうと手を出したその瞬間——。
「あ」
ごとりと、ペーターの頭が地面に落ちた。
「きゃあああああああああああああああ!」
流石に平静を保てず、アイエスは悲鳴をあげてヒラリーの背後へと逃げる。両目をきつく閉じ、ぎゅっとモーニングを握りしめるその手は恐怖で震えていた。
「……このタイミングで外れるかお前」
「いや、僕もビックリよ」
どうやら呪いの効力が切れて仮面が剥がれたようだ。アイエスは恐る恐る目を開けてペーターを見る。青髪の年若い少年の姿がそこにあった。
「え……若、いや、幼っ……。え、いくつ?」
「十五やけど」
「十五!? 歳下!?」
驚愕の事実にアイエスは思わず大声をあげる。
「待って。もうビックリし過ぎて心臓痛い。ちょっと休ませて」
アイエスはソファにぐったりともたれかかる。肝が太く滅多なことでは動じない彼女だが、あまりの衝撃に疲れ切っていた。
「あれ、お前もう十五だったっけ」
「そうよ。忘れんといて」
「あの泣き虫ペタ坊がねえ」
「いつの話してんの」
悠長に二人が会話しているところに、ぐったりしたままのアイエスが声をかける。
「ヒラリーあんた何考えてんの。こんな子供に家庭教師頼むなんて正気?」
「ああ心配はいらねえよ」
そう言ってヒラリーはぽんとペーターの頭に手を置く。
「こいつは若いが俺の知る限り一番の魔術師だ」
アイエスが懐疑的な目で見るのもおかまいなく、ペーターは腰に手を当てて「ドヤっ」と胸を張った。ヒラリーはお世辞を言わない。そのヒラリーがこうまで断言することにアイエスは内心驚いた。
「こいつは魔術好きを通り越して魔術バカでな。魔術の研究や勉強ができたら他に何も要らないっていう変わり者だ。色んな遺跡や廃墟に行って探索したりもするから、体力もある」
「ああ……そうなの」
ようやく鼓動が治まり、ゆっくりとアイエスが立ち上がる。
「どうでもいいけど、授業がつまらなかったらアンタの知り合いでも受けるつもりないわよ」
「ああ、構わねえよ」
いやにあっさりとヒラリーは承諾した。アイエスが怪訝そうな顔をする。
「さっきも言ったろ? こいつは魔術の勉強ができれば他に何もいらないヤツなのさ」
「姫さんの家庭教師引き受ける代わりに、この城の書斎にある本は何見てもええって言われたんよ。姫さんがサボったらその分ゆっくり本読むだけやから別にええよ」
「なんだかそれはそれで腹が立つわね……」
ペーターの物怖じしない性格とアイエスの相性は如何なものかと心配していたヒラリーだが、幸い天邪鬼で負けず嫌いな性格がいいように作用して今のところ感触は悪くなさそうだ。
「とりあえず、本格的な授業は誕生パーティーの後だな」
「そしたら僕はしばらく本でも読んでゆっくりさせてもらうわ」
その会話を聞いて、アイエスは少しばかり憂鬱になる。いよいよ誕生パーティーまで一週間。その時が刻一刻と近づいてきた。
「はぁ」
「どうしたお嬢。月の日か」
「私の一声でお前を明日から無職に出来ることを忘れるなよヒラリー」
「お嬢。俺はアンタを信じてるぜ」
よくもまあ抜け抜けと、とアイエスは苦笑する。自分が浮かない顔をしているのを見て、茶化したのだろうか。真偽は定かではない。
この男は初めて会った時から変わらない。変わらないでいてくれることが、大人になっていく事に戸惑う自分にはありがたかった。
「じゃあよろしくねペーター。まだ授業を受けると決まったわけじゃないけれど」
「ん、よろしく」
自分より歳下とわかると逆に余裕が出てくる。この子の授業なら受けてあげてもいいかなと、アイエスは感じていた。