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木枯らしが寂しさを誘う、11月。
なるべく考えないように、むしろ必死に忘れようとしてたのに……
ふと自ら、去年の今頃の思い返す。
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「あと、シューズボックス!
確か備えられてなかったよねっ?」
イタリアンレストランで働き始めた俺は、さっそく同棲出来る部屋を借りて……
キミと一緒に必要な家具を買いに来ていた。
「……何の計算?」
「えっと〜、何足入るかなって」
「いやっ、最大18足って書いてるけどっ」
靴箱の容量を忙しげに数えてるキミに、笑いながら突っ込むと。
キミはそんな自分に吹き出して。
「もおっ!
トイレ行きたいのに笑わせないでよっ」
意外なカミングアウト。
忙しげな理由に納得したのと同時、楽しさがくすぐられる。
「あ、もしかして今ちょっと漏らした?」
「漏らしてないってば!
もぉ〜っ、ホントに笑わせないでっ……
とにかくっ、トイレ行って来るから待ってて!」
笑いを堪えながら慌て去るキミが、とにかく可愛くて。
他愛ない戯れ合いが、楽しくて仕方ない。
それから程なくして、結歌の引越しも終わり。
2人の同棲生活が始まった。
「料理苦手だし、料理人を前に申し訳ないんだけど……」
テーブルにはキミの初手料理、肉じゃが。
「料理人って、まだ見習いだよ。
それにあんな美味いスイーツ作れるんだから、自信持てよ」
期待たっぷりで、そう箸を伸ばすと……
「……どお?」
「……おいしい、よ。
頑張ってる味がする」
「それ微妙ぉ〜!
だから苦手だって言ったのにっ」
「じゃあさ、教え合いこしよっか。
俺もそのうちドルチェ学ばないといけないし、結歌ならスイーツの腕がプロだからすぐに上達するよ」
「そーかなぁ……
でも教え合いこは賛成です!
けどスイーツが得意なのはね?
仕事柄もそーなんだけど、子どもの時からのキャリアがあるからなんだよね」
「へぇ、夢がケーキ屋さんだったとか?」
俺の何気ない質問が……
キミの語りに火を点ける。
「惜しい!
夢はカフェ屋さんですっ。
だってケーキ屋さんだと、みんなの食べる顔が見れないでしょ?
その点カフェは、目の前でその顔がたくさん見れます!
美味しそーな顔とかぁ?
喜んでる顔とか幸せそーな顔とかっ。
もうこっちまで幸せになっちゃうしっ、最っ高に楽しいと思わない!?
もともとはねっ?
お父さんが甘い物大っ好きで、作り始めたんだけど。
いつもすっごく喜んでくれて……
めちゃくちゃ美味しそーに食べてる姿が嬉しくてさぁ!
それからお菓子作りにハマっちゃって。
今ではもっともっと、たくさんの人のそーゆう顔が見たいなぁって」
「あぁ、その気持ちは解るかも。
俺もそんな感じで料理に興味持ったかな」
脳裏には、俺の料理を幸せそうに食ってた親父の姿が浮かんでた。
「ほんとにっ?
なんか共通点すごく嬉しんだけど!
それに私もねっ?この道でトップを目指してて。
って言っても、一流パティシエールとかじゃないよ?
要はカフェ経営!
自分の店を持ちたいのっ」
眩しいくらい目を輝かせてるキミに……
俺まで希望に包まれる。
「いいね、そーゆうの。
じゃあしっかり料理の腕も鍛えないとな?」
「それ、遠回しに下手ってゆってるんですけど〜」
「あ、ごめんそうじゃなくてっ……
えと、スイーツだけじゃ経営厳しいだろ?」
「フォローになってませーん。
しかも今の店はスイーツカフェでーす。
だから大丈夫なのです!
ケーキとか焼き菓子のテイクアウトもする予定だし。
あ、今の店のパクリなのはシーっです」
そう人差し指を口に当ててるキミが、すごく可愛い。
「楽しそうで、いい夢だね」
「ありがと!
これもお父さんのおかげかなっ」
「仲良さそうだね。
結歌って愛情いっぱいに育っただろ?」
「っ、わかるっ?
おてんばだったから怒られる事も多かったけどっ、ほんとすっごく仲良い家族なの!
道哉はっ?どんな風に育った?」
「俺は……普通だよ」
浮かんだ遣る瀬無い過去で、この楽しい空気に水を差したくなかった。
キミと居ると本当に楽しくて……
キミもそうだったらいいなと思う。
だから……
「うん、うん……わかるっ!
それで同じ事やっちゃうんだよねっ。
でも麻里ちゃんなら上手く切り抜けそう……
やっぱりっ?」
キミの長電話は、少し寂しい。
「マリちゃんと仲良いな。
昨日も会ってなかったっけ?」
電話を終えたキミに問いかける。
「えっ?
あ〜うん、それは……」
「あ、そっか。幼馴染みだっけ」
巧の指名客も含めて出会った日のメンバーは、短大時代の友人らしい。
だけどマリちゃんだけは、小・中も同じだったと本人が言ってた。
「……うん。
それよりっ、長電話しちゃってごめんねっ?
お詫びにぎゅーってしてあげるから、おいでっ!」
ニッコニコの笑顔で両手を広げるキミは、めちゃくちゃ可愛いけど。
「……バカ」
子供扱いされてるようで、恥ずかしくて照れくさい。
「あ〜っ、素直じゃないなぁ!
じゃあ勝手に抱きついちゃうっ」
言うなりそうして来たと思ったら。
「わっ……
バカ、やめろって!」
いきなり脇腹をくすぐられる。
そのまま2人でくすぐり合って、バカ笑いを響かせた。
キミと出会うまで、こんなに笑った事があっただろうか……
自分でも信じられないくらいだ。
ずっと女を憎んで来て。
バカ女に罪科を下す、なんて歪んでたクセに。
こんなに誰かを好きになるなんて……
きっとキミだから、好きになったんだ。