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「おっ!
いい秋晴れだねぇ、気持ちがいいなぁ。
そう言えば、お前が来てから1年経ったんじゃないか?
よく働くし、勉強熱心だし、当たりくじ引いたよなぁ」
働いてるイタリアンレストランの店長が、しみじみ呟く。
イタリアンレストランといっても、カジュアルな創作イタリアンで。
複数の飲食店をグループ展開する会社が経営してた。
「当たりくじって……
賭けで採用したんですか?」
「いやいやっ、予想以上って意味だよ。
雇ったのはお前の前向きな姿勢に惹かれてな!」
前向きな姿勢、か……
けどそれは結歌のおかげだった。
*
*
*
「今日は就活しないの?」
「ん、結歌休みだし。
それに就活しても、どこにも相手にされないし。
もう日雇いとかでいっかなって」
高校時代はバイトで生計を立ててたけど。
卒業してからはホスト以外で働いた事ない俺は、正社員としては尽く相手にされなかった。
でもホストを辞めた今。
貯金はそれなりにあるけど、いつまでも無職でいる訳にもいかず諦めてた。
「……道哉はどんな仕事がしたいの?」
「どんな仕事って……
別に、条件が合えば何でもいいよ。
まぁ、料理系とかは興味あるけど」
「料理!?
え、スゴイっ、いーじゃん料理!
ね、チャレンジしまくろうよっ」
「んん、でも今んトコ条件に合う会社は経験者希望なんだよな」
飲食店の正社員はただでさえ勤務時間が長いのに、ライフスタイルの深夜化でどこも遅くまで営業してるし、移動(転勤)も多い。
折角ホストを辞めたのに、それじゃあんまり意味なくて……
結局、結歌とのライフスタイルがすれ違う。
俺の身分で贅沢言ってらんないけど。
地元企業で、なるべく日勤帯に近い形で働きたかった。
「そんなの目安だよっ、受けてみなきゃわかんないじゃん!
よしっ、さっそく電話してみますかっ」
「無理だって。
俺の経歴で、しかも未経験とか、受けるだけ時間の無駄だよ」
「あ〜っ、逃げ口実!
弱気になってちゃ何も変わんないよ〜?
ソコがダメでもさっ、面接を機に違う提案が出されるかもしれないよっ?
例えば〜、求人誌に出してない姉妹店を紹介されるとか!」
確かに、一理ある。
「とにかく、行動してたらさっ?
見えないトコで気付かないうちに、何かが少しずつ変わってくんだよっ。
よくタインマシンとかの話でさ、僅かな行動で違う未来になったりするじゃない?
そんな感じっ?
だから、何とかする!だと大変に感じるけど。
動けば少しずつでも、何とかなってくんだよ。
ただ変化のスピードが自分の理想と違うから、焦ったり無意味に感じたりするんじゃないかな?」
「っ、語るねぇ」
「へへっ、語りますっ」
そうはにかんで笑うキミ。
うっ、不意打ち。
なんて可愛い顔するんだ……
「あ〜!ニヤついてぇ。
もしかして引いてるっ?」
「やっ、引いてないよっ」
含み笑いを抑えながら。
やれるだけやってみようと思った。
そしてチャレンジするからには、気持ちだけでも勝ちに行く。
結歌が気付かせてくれたチャンスを無駄にしたくないし、しっかりしてる結歌に男として負けてられない。
何より俺は、料理が好きだ。
巧や親父が、いつも俺の料理を幸せそうに食ってた姿は……
ささやかな生きがいだった。
そんな俺の気持ちが通じたのか……
面接の結果は、まさかの合格。
10月1日付での入社となった。
その日は紹介や説明だけの半日終了で。
夜は結歌が就職祝いをしてくれた。
「入社おめでと〜!
明日から頑張ってねっ」
「ありがとう。結歌のおかげだよ。
俺さ……
今日改めて、この道で生きてこうって。
この道で何らかのトップを目指そうって。
夢ってゆうか、目標が出来たんだ」
「道哉カッコいっ!応援するねっ?
じゃあ私は味覚と試食係を極めますっ」
「ぷくぷくなっちゃうよっ?」
「ぷくぷくなったらイヤっ?」
「俺はいーけど!
むしろ、ぷくぷく結歌も見たいかも」
「うっそだぁ〜!絶対ウソっ!」
なんて、嬉しそうに笑うキミ。
そして帰り際。
「道哉図書館に新刊で〜すっ」
とまた、1冊の本をもらった。
それは料理の化学反応とか原理が書かれた、哲学的で面白い話題本。
《ステキな門出のお祝いに、メッセージ本を贈ります。
料理道入門、おめでとう!
これからの自分にワクワクしてますか?
好きな事を仕事に出来るのは、幸せ事だと思います。
私も自分の事みたいに嬉しいです。
それでも想定外な事はあると思うけど、初心を忘れず楽しんでねっ!
だけどムリは禁物です!
疲れた時は甘えんぼ道哉になって……
めいっぱい支えさせてね!》
例のごとく、見返しにはメッセージ。
どうしよう……
結歌は帰ったばかりなのに、今ものすごく抱きしめたい!
その気持ちを紛らわすように、ページをめくると……
あまりに興味深い内容で、いつしか夢中になっていた。
メッセージカードなんて何の役にも立たないけど。
メッセージ本だと2度楽しめて、相乗効果でどっちも役割を増す。
今更ながら……
楽しさ見つけ見習いの結歌らしい思い付きだと、微笑ましく思った。
*
*
*
そうだった。
俺の夢はそのあと形を変えたけど……
ーこの道で生きてこうって。
この道で何らかのトップを目指そうってー
もともとはそれが夢だった。
最後のメッセージに書いてた俺の夢は、それを指してたのか……
そうだな。
そのあとの夢はもう叶わない。
キミと一緒に、何事もなかったように消えたんだ。
前向きな姿勢も、もともとの夢も、楽しむ事とかも、全部キミのおかげだけど……
そう導いてくれたキミだからこそ、この結末とのギャップに余計腹が立った。
キミを愛してたのに。
俺達の愛は揺るぎないと思ってたのに。
許せないと思いながらも、心のどこかで……
仲直りの言葉を待ってたのに。
キミが出て行って……
俺はまた、辛苦の渦中に突き落とされた。