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「ごめん結歌、5分も居れなかったけど……」
「ううんっ、私こそ忙しのにごめんねっ?
どうしても誕生日に直接会って、おめでとうが言いたくて……
それにココは私達が出会った場所だし、罪歌くんとして最後に頑張る姿を見ときたかったんだぁ」
そう笑う結歌が愛しくて……
キスしたい衝動を抑えるのに苦労した。
「俺のタルトが……」
しばらくして、帰る結歌の見送りに戻ると。
テーブルにはひと口分しか残ってないフルーツタルト。
「うん、巧……煌くんと瞬くんを筆頭に、席についてくれたコが食べてったよ?」
「あいつらっ……
しかも瞬の奴、ひと口っつってたクセに」
送りながら愚痴ってると。
「まぁまぁ、また作ってあげるからっ」
そう撫で撫でされて。
胸が跳ねて、表情が強張った。
「あ、ごめんっ。
セット崩れちゃうねっ」
「いいよ、むしろ……
今すげぇ抱きしめたい」
そう見つめると、キミは照れくさそうに戸惑って。
「明日いっぱい抱きしめてねっ」
クシャッと、たまらなく鮮やかに笑った。
「結歌、それ余計煽ってる」
「お仕事中なので我慢して下さーい。
代わりにねっ?
はい!プレゼント。
これをぎゅ〜っとして下さいっ」
「えっ、ありがと……
つか嬉しいけど、無理してない?」
「してないよっ?
ソコは素直に喜んで欲しいなっ」
仕事柄、喜ぶ反応なんか得意分野な筈なのに。
フルーツタルトを貰った時もそうだ。
ほんとに嬉しいと、こんなにも不器用な反応。
伝え切れないほどの喜びを、どう表現したら伝わるのか戸惑って。
なのに全部伝えたくて、解んなくなって。
「っ、喜んでるよ。
ほんとに、嬉しくて堪らないんだ……」
誕生日なんかどうでもよかったのに、こんなにも幸せに感じる日が来るなんて。
「じゃあ涙を拭いて〜?
その喜びを仕事のエネルギーにして頑張って下さいっ」
「泣いてねぇよ……
まぁ心ん中は、嬉し涙の雨だけど」
「うわクッサ!さすがホストだね〜!
私も今度使ってみよっ」
楽しそうにケラケラ笑って、感動をブチ壊すキミ。
いや今のは素で言ったんだけど……
でも楽しさは感染する。
「だったら使用料もらうよ?」
乗り込んだエレベーターの中で、触れるだけのキス。
「あとこれは、ありがとうのキス」
今度は熱く深く、それを重ねた。
結歌からのプレゼントは、一流ブランドのネクタイだった。
昼間は就活に励んでる俺へのエールに感じて、思わず笑みが零れる。
紺ベースのそれは、クールな大剣とは異なって、明るめなパターンの小剣。
個性を主張するような、遊び心を覗かせるような、なんだか楽しくなるデザインは……
結歌らしいチョイスだと思って、また笑みが零れた。
そしてもう1つ。
プレゼントの包みには、1冊の本も入ってた。
それは、道の写真集。
俺の名前にちなんだシャレか?
なんて、心で突っ込みを入れたけど。
たぶん名前にも由来してんだと思う。
だけどその本の意味はもっと深くて……
表紙をめくった先の見返しに、その答えを見つけた。
《新しい道に向かってる道哉へ
22歳の誕生日、おめでとう!
道哉が生まれて来た事、そして出会えた事に、めいっぱいの感謝です。
記念すべき、私が祝う最初のBDだけど。
この先もずっと今日の日を祝い続けたいと思うので、これからもよろしくです!
さてこの本ですが、道哉はどんな道を歩きたいですか?
未来のヒントに繋がれば、と思います。
さらには旅行気分を味わって、ワクワク楽んで頂ければ!と思います。
そして重要なお知らせです。
これからも記念行事の度にメッセージカード、を進化させたメッセージ本を贈ります!
道哉図書館の本を、思い出と一緒に増やしてこーね♡》
可愛くて力強い文字で綴られたメッセージと、深い思いが……
胸に迫る。
そっか……
この本は、進化した豪華過ぎるメッセージカードな訳で。
新しい道に……
それで道の写真集か。
旅行気分を味わって……
旅行経験がない事も覚えててくれたんだな。
パラと先をめくると、そこは新世界のようで……
ただただ果てしなく続く一本道。
鮮やかな花畑に挟まれた穏やかな道。
あり得ないくらいグニャグニャの曲がり道。
森の中に佇むような幻想的な道。
先の見えないデコボコの登り坂道。
消えかけた廃道や、荒野の雄大な岩道。
その先に楽しさを予感させるような、光降り注ぐ道。
俺はそこに立っているような錯覚に陥って……
ほんとにワクワクしながら夢中になってた。
未来のヒントに……
確かにこの道達は、不思議と未来への希望や勇気を与えてくれる。
"道哉はどんな道を歩きたいですか?"
どんな道かな?
今はまだ考えつかないけど、1つだけ確かな気持ちは……
どんな道でも、キミと一緒に歩みたい。
そして……
"道哉が生まれて来た事、そして出会えた事に、めいっぱいの感謝です"
なぁ結歌、ありがとな……
俺は初めて、生まれて来て良かったと思えたんだ。
*
*
*
バカバカしい……
それがこのザマかよ。
下らな過ぎる過去に嘲笑いが込み上げる。
ふざけんなよっ!!
1人きりの部屋に響いた虚しい嘲りが腹立たしくなって、テーブル上の本を払い落とした。
呆気ないもんだな……
この1年なんだったんだ!
重ねて来た思い出も、俺との未来も、あっさり切り捨てて……
最後まで何も言わずに出てくんだな。
確かにキミが消えるのを願ってたし。
冷たく避け続けて、出て行くように仕向けてたのは俺だ。
なのに、なんだこの焦燥感はっ……
クソっ……
イライラして、胸が詰まってやり切れない!
自分の気持ちが矛盾してるのは解ってる。
だけど、何も言わずに終われるほど……
そんなに俺はどうでもいい存在だったのか!?
俺と離れても、こんな形で終わっても、それでも平気なのかっ?
ふと、払い落とした本に意識が留まる。
それは俺が欲しがってたイタリア料理のバイブルで。
床に崩折れたそれを手に取り、すぐに目当ての見返しを開いた。
《プレゼントを兼ねて、この本を贈ります。
23歳の誕生日、おめでとう。
そして、本当にごめんなさい。
今までありがとう。
道哉の夢が叶いますように》
それだけ?
この状況でそれだけなのかっ?
だいたい、夢ってなんだよ……
今さら何の夢だって?
からかってんのか!?
ふざけやがって!
"道哉図書館の本を、思い出と一緒に増やしてこーね!"
図書館が聞いて呆れる。
きっとこの本が最後の本で、贈られたのは全部で13冊。
俺の図書館は胸クソ悪い形で閉館されて……
キミへの憎しみだけが残った。
クソっ!女に心を許した俺がバカだった……
こっちこそ、お前の事なんか忘れてやる!
微塵も思い出せないくらい……