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案の定、侮辱の言葉をぶつけられたけど……
「仰る通り、決して胸を張れる仕事じゃないですし、僕自身も後ろめたい事をしていたと自責していますっ。
ですが結歌さんのおかげでっ、」
「貴様は頭がおかしいのかァ!?
どう考えてもうちの娘と不釣り合いだろ!
まともな家が腐った人種を受け入れると思うのかっ?
身の程を知れっ!」
俺の弁明は、問答無用で切り捨てられた。
つーか……
まともな人間が、知りもしない初対面の相手をそこまで侮辱するのかよ。
「大体ホストなんかになるような息子を育てた親も、ろくな人間じゃない!
どんな教育を受けて来たんだかっ。
そんな家に嫁に行かせるくらいなら、一生独身の方がまだマシだっ」
確かに、ろくな母親じゃなかったよ。
「っっ……お父、さんっ」
ずっと黙ってた結歌が、そこでやっと一言漏らす。
「お前は黙ってろっ!
とにかく、2度と結婚などと口にするな!
次は貴様の親に怒鳴り込むからなっ?」
「親はもう、他界してます」
少し怯んだ空気も、束の間。
「なるほどな、ダメ人間に拍車がかかる訳か。
まったく、こんな素性の怪しい下らない男に騙されるなっ!
お前はまだ世間知らずで解らないだろうが、この男は見るからに普通じゃないっ。
さっさと別れて戻って来い!
いいかっ?
この手の人間に関わると、全てを食い潰されて残るのは絶望だけだっ。
お前は頑張って来た人生を棒に振っていいのか!?
こんなクズ人間と関わらせる為に苦労して育てた訳じゃないぞっ」
声を荒げて延々と、俺をなじる言葉だけがこの場を埋め尽くして……
チラと一度、隣に視線を流すと。
キミはただ俯いて、ひたすら黙り込んでいた。
俺っていったい、なんなんだ……
見過ごすキミも、なんなんだ?
俺がお前らに何したってんだよ……
ここまでバカにされる筋合いはない。
「わかったのか結歌っ!」
「っっ、はいっ。
ごめんなさいっ、お父さん……」
トドメはこれだ。
謝るのはそっちか。
それはつまり……
侮辱の内容も含めて、別れを促す言葉にも同意したって事なのか?
そんな簡単に気持ちが翻んのか?
その程度の想いだったのか?
自分をまともぶってるだけの最低な発言に、何も感じないのか?
もはや崇拝だな……
気持ち悪い。
しかも親は親で何様だ?
お前ら家族がどれほどのもんだよ。
むしろこっちこそ、こんな家族の一員なんか願い下げだ。
「失礼しました」
一礼して、足早にその家を後にした。
バカバカしい。
結局キミも憎むべきバカ女だった。
私も頑張る、が聞いて呆れる。
あれだけの侮辱に対して、最後までたったの1度も反論しなかったクセに。
別に庇って欲しかった訳じゃない。
だけど改めて。
自分の立場が1番で、守られたいだけの生き物だって思い知らされたよ。
つくづく、その場の感情に流されて簡単に裏切る生き物だ。
やっぱり女なんてみんな同じだった。
だけど夕方、キミは帰って来た。
そうか、荷物があるからか……
そして当然気まずそうだけど、相変わらず黙ったまま。
まぁ今さら何も言えないか。
弁解の余地なんてある訳ない。
俺も同じく何も言わずに。
入れ替わるように家を出て、巧の家に向かった。
今日は泊めてもらおう。
結歌と一緒に居たくない。
「泊まんのか?
いーけど突然だな。
結歌ちゃんとケンカでもしたか?」
「やめてくれ。
今はその名前聞きたくもない」
巧はやれやれといった感じで溜息を吐き。
一杯やるか!と、休肝日のクセに気分転換に付き合ってくれた。
次の日からは……
働いてるイタリアンレストランで、何かと仕事を見つけては居残って。
遅めの終業時間を更に遅くした。
休日は巧の家に、その出勤時間まで居座った後。
ぶらぶら飲み歩いて、同じく遅い帰宅。
そんな俺の所為か……
キミの表情は暗くなって、日に日にやつれていった。
だからって自業自得だろ。
むしろ、わざとらしくさえ感じる。
つーか、いつ出てく気だよ?
どーゆうつもりか、荷物をまとめる気配すらない。
親の意見に同意したんじゃなかったのか?
その証拠に、謝ってくる気配もない。
何考えてんだ?鬱陶しい。
何にしろ、もう修復なんて不可能だ。
一緒に居ても、楽しいどころか息苦しい。
キミへの興味は不信感に変わって。
その愛情は憎しみに変わったんだ。
なのに俺の分まで、毎日用意された夕食の痕跡。
綺麗に施された洗濯物。
やめてくれ!
俺たちはもう終わったんだ。
そうだろ!?
◇
「ま〜アレじゃね?
住むトコ探してて、決まるまで居候させてもらう為のギブ&テイクってヤツ?」
巧には最近、結歌との状況を説明した所だ。
「つーか、実家に戻ればいいだろ」
「バカ、うるさい親父さんなんだろ?
実家じゃ自由に恋愛出来ないから、1人暮らしが必要なんだよ」
「……つくづくバカ女だな」
結歌はこの先も、誰かと恋愛を重ねていくんだな……
勝手にすればいい。
「まったく、女は怖いね〜。
あんな良い子で、お前の事を心底大事に想ってるよーに見えたんだけどなっ。
プロの俺らを欺くなんて、相当な女だよ」
思い返せば……
結歌が泣いたのを見た事がない。
嬉しくても悲しくても、そこまで心を動かされなかったって事だろう。
俺への愛は薄っぺらいもんだったんだ。
クソっ……
胸が痛くて遣り切れない!
「道哉……
そんな女、お前が心を痛める価値もない。
侮辱の言葉で傷付いてる恋人に、何もしない薄情な女だぞ?
挙句、想いを裏切って……
そんな状況でも謝るどころか、平然と居座るような図太くてデリカシーのない女だぞ?
こーなって良かったんだよ」
「っ、そうだな……」
願うは1日でも早く、俺の前から消えてくれ。
そう俺たちは、あの日とっくに終わったんだ……