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「水を得た道哉!」
意味不明な発言で俺の本名を口にして、無邪気に笑う……
千川結歌。
出会った日が23歳の誕生日だったキミは、俺の1コ上。
その日連絡先を交換した俺達は、プライベートで会うようになって……
今では恋人になっていた。
「なんだよそれ」
「道哉の目の事っ。
出会った時は死んだ魚みたいな目だったのに、今はいい艶してる!」
だとしたらキミのおかげだよ。
確かに俺は……
歪んだ正義で、下らない罪科にだけ興味を持って、死んだように生きてた気がする。
だけど今は……
キミにだけ興味を持って、輝いてる景色を生きてる。
「その魚ってカツオ?」
「ああ!そーだねっ、カツオだねっ!」
その由来は少し前に遡る。
*
*
「マリちゃんが言ってたけど、早坂くんって醤油顔なの?」
「さぁ、自分じゃわかんないけど。
まぁ醤油顔って言われる事は多いかな。
つか、なんで苗字呼び?」
「だって本名ってなんか照れる!
しぃ、今の新鮮さを楽しみたいのっ」
「さすが、楽しさを見つけるプロだね」
「見習いです!
でも、醤油顔で片付けられるほど爽やかじゃないよねぇ。
優しそうだけど影があって……
クセのある醤油顔?
あっ、カツオ醤油とかは!?」
いや俺に賛同を求められても……
しかも散々な言われ様なんだけど。
なのに、楽しくてしょうがない。
「じゃあカツオ醤油顔でっ」
そう笑う俺に。
キミの鮮やかな眩しい笑顔がこだまする。
*
*
一緒に過ごす時間は、いつも楽しくて……
景色と同じように鮮やかだった。
俺はホストを辞めて、キミと同棲し始めて……
付き合って1年後、結婚話へと進展した。
「ねぇ、やっぱり挨拶とかやめない?
うちのお父さん厳しいし、今ケンカしてる状態だから絶対反対されちゃうよ……」
結歌には珍しく、不安そうにマイナス思考。
「まぁ最初は反対されるもんだろ。
けどソコ乗り越えないと結婚出来ないし」
「出来るよ!
結婚は私達の問題だし、親とか関係ナシで籍入れちゃえば……」
俺の両親は他界してる。
キミにはそう話してるから、余計そんな発想になるんだろう。
「そうはいかないよ。
結歌の家族だから、ちゃんと大事にしたい」
そう言うとキミは、瞳をキラキラ潤ませて……
ぎゅっと唇を噛み締めた。
「大丈夫だって。
喧嘩の事は俺も一緒に謝るし、反対されても頑張るから。
ラスボス攻略、楽しもうな?」
「っっ、道哉……
んっ、そーだね、楽しもうねっ!
なんか楽しさのプロ、追い越されちゃったかなっ?
負けてらんないねっ、私も頑張るよ」
だけど俺達は未熟で、弱くて……
頑張る覚悟なんて、したつもりの錯覚でしかなかった。
◇
「誰だこの男はっ……
どーゆーつもりか知らんがっ、こんな奴と一緒なら帰って来るな!」
「あなたっ……
結歌が久しぶりに帰って来たのに、そんな……
話くらい聞いてあげてもっ」
「なんだお前……
この男が来るのを知ってたのか!?」
「っ、いえ私は……」
結歌の両親の様子に。
今日の訪問が事前に伝えられてなかった事を悟る。
その方が都合いいのか?と思いながらも、少しショックに感じた。
だったらそれを話して欲しかった。
「突然の訪問、大変失礼致しました」
戸惑って固まるキミの横で。
その場に素早く正座して、手をつき深々頭を下げた。
「どうしてもお目にかかりたくて。
一方的にご挨拶に伺ったご無礼、深くお詫び致します。
ですが名乗りもせずに、大事な娘さんと一緒に帰る訳には行きません。
どうか、自己紹介だけでもさせて頂けないでしょうか」
結歌も慌てて頭を下げると……
僅かな沈黙が流れた。
「一緒に帰る、だと?
それはどーゆー意味だっ。
いいだろう、説明しろ」
「ありがとうございます。
僕は、早坂道哉と申します。
結歌さんとは、1年ほどお付き合いさせて頂いて、今は同棲しています」
ダタン!と。
言い終えたと同時、テーブルを叩き付ける音が大きく響いた。
「ふざけるなっ!
これだから一人暮らしなんか反対だったんだっ。
こーやってだらし無い状況を招くのは目に見えてた!
だからあの時、縁を切ると言ったんだっ」
「いえ結歌さんはっ、とても真面目でしっかりした女性ですっ。
2人の生活を考えた上で、僕がどうしてもとお願いしたんです。
でも決して、いい加減な気持ちでそうした訳じゃありません。
ご両親の許可を頂かなかった点は、お詫びの言葉もありませんが……
僕にとって結歌さんは、唯一無二の存在で。
僕達は結婚を前提に、本気で付き合ってます!」
「結婚だと?
勝手な事を口にするなっ!
お前みたいな若僧に家族が持てるかっ。
どうせ仕事も中途半端だろうっ。
第一、そう言って娘をたぶらかしてるだけじゃないのか!?」
家族が持てるか……
その言葉に、鋭く胸を突き刺されながらも。
「違いますっ……
誓って、違います。
僕はまだ22歳で、仕事の料理店も1年と経ってません。
ですが歳をとれば、長く働けば、相手を幸せに出来る訳じゃなく……
真剣な気持ちに、年齢も職歴も関係ないと思います」
「ふん、確率の問題だ。
実績と信頼は比例する。
あるに越した事はない。
だいだい1年足らずの仕事で、それまでは何してたんだ?
どうせコロコロと転職を重ねて来たんだろう」
返事に一瞬ためらったものの。
嘘を吐いたらバレた時、余計こじれると思った。
それに、正直に話す事で誠意を示したかった。
「前職はずっと……
ホストクラブで働いてました」
「なんだと、ホスト?
バカにしてるのかっ!
そんな腐った奴が娘と結婚だとっ?
話にならんっ、今すぐ帰れ恥知らずめ!」