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それから更に1年が経った。
「道哉、明日休んでいいぞ?
親父さんの命日だったよなぁ……
しっかり親孝行してこいよ!」
入社後最初の命日に、その理由で休みを取ってから……
毎年気にかけてくれる店長。
「え、日曜なのにいんですかっ?」
「当たり前だろう?
こう見えてもな、俺はお前の事を家族のよう思ってるんだ。
だから俺にとっても、他人事じゃない大事な日なんだよ」
胸が熱くなった。
そこまでの気持ちに驚きながらも。
店長がいつも俺を気遣ってくれてた事や、余計な口出しをせずに見守ってくれてた事には気付いてた。
だからこそ俺は……
やり切れない辛い日々でも、この道で頑張って来れたんだと思う。
感極まって、深々頭を下げると。
あったかい手で、ポンポンと肩を叩かれた。
◇
「親父、ティラミス持って来たよ。
まだまだ結歌には追い付けないけど、年々味は上がってるだろ?」
墓参りに来る度に、キミと来た日が再生される。
あの日。
約束通りティラミスを作って、一緒に手を合わせてくれたよな。
キミは墓石の親父に自己紹介して。
それから2人でピカピカになるまで掃除したっけ。
ー両親とも他界してるんだー
俺はそう言ったのに。
墓石の裏に母親らしき存在が刻まれてないのを目にして、キミはどう思っただろう。
だけどその事には触れられず。
礼拝の後しばらくは、親父の前で他愛ない話を交わしたね。
そして帰り道。
「連れて来てくれて、ありがとね」って、柔らかな笑顔で呟いたキミが愛しくて……
今日みたいな五月晴れの空の下。
ぎゅっと繋いだ手を離せなかった。
そんな思い出は……
別れて最初の墓参りの時には、酷く辛い記憶だったけど。
今では切なくも、あったかい。
「俺さ、頑張って生きてるよ……」
店長の事や巧の事、近況報告なんかを終えたあと。
そう、いつものセリフを呟いた。
親父が他界してから俺は、死んだように生きてた。
親父が居てくれるなら、イベント事なんかどうでもよかったし。
修学旅行に行く余裕がなくたって。
制服がリサイクルでヨレヨレだって。
そんな風に貧乏な生活を笑われたって。
親父さえ生きててくれれば、それで良かったのに……
俺を取り巻く運命は、酷く残酷で。
ささやかな幸せですら、長くは続かない。
きっとこの先も、失うだけの人生なんだって……
それを諦めてた。
だから本当は……
入学したばかりの高校なんか退学して、適当に働くつもりだったけど。
俺が力になるから!って、必死に在学を説得してきた巧と。
高校だけはちゃんと出したいってゆう、親父の強い意志を継いで。
あんな伯父夫婦の元で耐えて来た。
そして言葉通り支えてくれた巧のおかげで、道も踏み外さなかったんだと思う。
ただ本音を言えば、生きてたくなかった。
景色がモノクロで歪んだのは、いつからだろう?
母親に捨てられたと感付いて、親父にも見捨てられたと勘違いしてた……
施設暮らしの頃だった気がする。
親父が迎えに来てくれたのは嬉しかったけど、心の奥ではずっと負い目を感じてた。
自分は要らない子で……
再会した夜に困惑してた親父は、無理してるだけなんじゃないかって。
事実俺との生活に合わせて仕事を変えた親父は、重労働で休みなく働く事になって、体をかなり酷使してたし。
俺が負担になってたのは確かだ。
だからささやかな幸せを感じながらも、心からはそう思えなかった。
そしてその負い目が決定的なものになった、親父の過労死は……
母親の所為にして、それを憎む事で心を守って来たけど。
親父を苦しめ、死に追いやったのは自分だと。
俺が居なければ、親父のペースでもっと楽に暮らせてた筈だと。
自分を責める気持ちはくすぶってて……
母親からの迷惑宣告も刻まれてた俺は、生きる希望を失くしてた。
だからって、親父の犠牲で守られたこの命を投げ出せる訳もなく……
俺だって必死に生きて来たんだ。
なのにクズ人間とかダメ人間とか、頭がおかしい普通じゃないとか……
何も知らない初対面の相手から、言われる筋合いなんかないと思った。
言った方はその場の感情を吐き出しただけで、忘れてるだろうけど。
言われた方は傷付いて、いつまでも心に刺さり続けたりするんだ。
でも俺の事はいい。
今となっては結歌への断定的虐待も許せないけど、元々は……
ー親も、ろくな人間じゃない!ー
その言葉だけは親父までバカにされたようで、どうしても許せなかった。
だとしても。
「ごめんな、親父……」
親父の評価を下げた俺の生き方にも問題があったよな。
そんな生き方を変えてくれたのが、キミの存在で。
その笑顔に照らされた、鮮やかに輝く世界を映して……
俺は生きたいと思えたんだ。




