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「くっら〜い!
私はこう思うけどなっ?
何度散ってもまた咲き誇る、再生の象徴なんだって。
桜ってさ、すっごく傷つきやすい樹なんだよ?
なのに毎年頑張って……
負けないって訴えてるんだよ。
それにまた来年を楽しみに、希望が持てるでしょっ?」
そう桜空を仰ぐキミが眩しくて……
俺のその暗い心まで照らされた気がした。
「結歌らしいね。
さすが楽しさ見習い」
「まぁこー見えても桜の化身なのでっ」
「……5月生まれなのに?」
「そおっ。
散った桜の負けないエネルギーが、1ヶ月かけて人に再生したのですっ。
ああっ!バカにしてぇっ」
「してないよっ。
あっ、花びら付いてるっ」
笑いを誤魔化すように、キミの髪を彩る淡紅色に手を伸ばすと。
「……だからね?
自分同様の桜よりも、道哉のほーが好きって事は……
それほど大事な存在って事だよっ?」
さっきの会話に結び付けられた言葉と、それを照れくさそうな笑顔で口にするキミに。
胸が掴まれて、愛しさが溢れ出す。
「キスしていい?」
「っ、こんな人前でしちゃいますかっ」
「ん、結歌しか見えない」
感情のセーブも効かなくなって。
桜を好きになれた昼下がり。
何度も何度も、桜の女神の花唇を欲した。
そしてその夜、さっそく今月の新刊が渡された。
それはタイムリーな桜の写真集だった。
《エイプリルフールなので、メッセージ本を贈ります。
実は、道哉に隠してた事があります。
覚悟して聞いて下さい。
私、千川結歌は早坂道哉の事を……
1000年前から好きでした!
もちろん1000年前は存在してないので、魂レベルの話ですっ。
ああっ!嘘だと思いましたかっ?
本当です!
何度も何度も生まれ変わって、道哉に会いに来たのですっ。
信じるか信じないかは〜?
道哉次第です!
だけど。
次に生まれ変わっても、また恋人にして下さい。
ちゃんと道哉を見つけるから……
何度も、何度でも、隣に居させてね》
うわ、どうしよう!
あまりに可愛い過ぎて、どうしょうもなく心が打ち付けられて……
最初は笑ってたけど、今や悶絶。
すぐに、洗い物をしてるキミの後ろ姿を抱きしめた。
「うわっ、どーしたのっ?」
肩を跳ねて振り向いたキミに、すかさず唇を重ねる。
「っっ……
もおっ、邪魔しなっ、」
逃げたキミの言葉を遮って、また重ねる。
そのままお互い溶けあって……
「……今日はやたらと、肉食獣だね」
キスの終わりに呟くキミ。
「そうかな?
でも前世じゃ結歌の方が激しかったよ」
「うっそだぁ〜!それはウソ!」
「あれ、覚えてない?」
「んん〜、どうだったかなぁ〜?」
なんてふざけ合って、笑い合う。
ほんとにキミのメッセージみたいに、何度も何度でも……
こんな楽しい日々が、永遠に繰り返されればいいと思った。
それから、その写真集を開くと。
そこには傷付きやすい筈の桜達が、災害で瀕死になりながらも、懸命に生き抜く姿が映し出されてて。
どんな苛酷な状況でも、負けないって訴えてるような姿に……
心が揺さぶられて、胸が熱くなった。
「その桜達、すごいよね」
洗い物を終えた結歌に声掛けられて、ハッとする。
「あぁ、うん……
なんか見入ってしまってた。
結歌が昼間に言ってた通りだなって。
それに俺も、桜の化身になりたいなって……」
俺もトラウマに負けたくない。
自分の人生を諦めたくない。
「なれるよ、道哉なら……
じゃあまず3級からねっ?」
「え、検定式っ?」
「そーです!
でも受検指導するので心配いりませんっ」
なんてまたふざけたと思ったら。
「でもさ、この桜にいつか会いに行きたいと思わない?
遠いから旅行になっちゃうけど」
「うん……
いつか連れてくよ」
そう言うとキミは、輝かせた目を嬉しそうに細めた。
「楽しみにしとくっ!
じゃあその前に、来年はG公園に連れてって?
隣の県なんだけど、もうすっっごくヤバい絶景なのっ」
「うん、いいよ。
来年は、G公園だっけ?一緒に行こうな」
*
*
*
結局はその約束も果たせないまま、嘘になってしまったけど……
そんな風に嘘吐きはお互い様だし。
嘘を吐くのが日常的になってても、全部受け止めるから……
俺の隣に戻って来て下さい。
1人G公園を訪れて、思いを馳せる。
今思えば、キミが桜の化身だったのは……
ー負けないって訴えてるんだよー
辛い現実に負けないように、桜になろうとしてたからなんだろうな。
胸が苦しくなる。
この1年、ますます後悔と恋しさに押し潰されそうだった俺は……
楽しさ見習いのキミを真似て。
キミとの再会シーンを何度も妄想したりとか、日々に楽しさをスパイスして凌いでた。
その延長線で訪れたG公園は……
キミの言葉通り、ヤバいくらい絶景で。
約千本の桜トンネルと、眼下一面に輝く黄金の菜の花じゅうたん。
そして今日の澄みきった青空は、3色のコントラストを奏でてて。
圧倒されるような鮮やかさに、言葉を失くした。
キミと一緒に見たかったよ。
この美景に負けないくらい鮮やかな笑顔を溢れさせて、俺の隣ではしゃいでたかもしれないキミを想って……
切なさに八裂かれる。
そんな気持ちが、俺に幻を見せたのか……