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「え〜虐待された子供は、幼い頃から虐待の事実を隠そうとして、周囲に嘘を吐いて育つケースが多く。
このため、嘘を吐くことが日常的になっています。
その背景には、親による嘘の強要があったり。
誰かに話したことで更に虐待を受けるのではないかという、恐怖心があったり。
頼る者が親しかいないという世界感や、悪いのは自分だという思い込みがあります。
また、その嘘で固めた理想の自分を作る事で、虐待されている自分から逃避しているケースも考えられます。
そしてやるせないのは……
それでも親を愛して止まない、健気な思いや。
愛されたい、愛されてないのを認めたくないといった心情も、嘘を吐く要因の1つだと言う事です」
自分の事とも重なるカウンセラーの話に、切なく耳を傾けながら……
結歌と照らし合わせてく。
マリちゃんと話してから、1年。
俺は結歌を探す傍ら。
虐待に関するセミナーや講座、グループカウンセリングに参加していた。
キミをもっと解ってあげられるように。
もう僅かなサインも見逃さないように。
とはいっても、記憶の中からそのサインを見つけるのは困難で。
カウンセリングも、商売目的のものや当たり外れがあって。
勉強にはなっても、キミを理解するにはまだまだだ。
だけど。
ー「仲良さそうだね。
結歌って愛情いっぱいに育っただろ?」
「っ、わかるっ?
ほんとすっごく仲良い家族なのっ」ー
そのささやかな嘘みたいに、キミは他にもそれを重ねてたんだろうな。
でもそれは俺も同じで……
甘い言葉も、覚悟の言葉も、今となっては嘘でしかない。
それに、故意に吐いた嘘も……
両親とも他界してるって言ったけど、母親は生きてる。
最後に会ったのが高1の時だから、多分だけど。
親父が死んで、誰が保護者になるかって話し合いの時。
親族が探して連絡したようだ。
当然話し合いに応じる訳もなく、断り続けてたらしいけど。
親族は納得せず、1度でいいから俺と会うように要求した。
親子の絆にかけたんだろうけど……
そんなもんある訳ないのに。
*
*
「今さら蒸し返されても困るのよねぇ。
もうとっくに親子じゃないんだし、こっちにはちゃんとした家族がいるんだから……
はっきり言って迷惑かしらね。
そりゃあ可哀想な事したとは思うわよ?
でもあなただって、人の幸せを邪魔したくはないでしょ?
とにかく、憎んでくれていいから。
なんだったら、私も死んだと思ってくれて構わないわ。
そうね、むしろそう思ってちょうだい?」
「はい、とっくにそう思ってます。
だから、こんなとこ来てないで早く成仏して下さい」
*
*
忌々しげな顔を置き土産にして、ただ俺の傷を無駄に抉っただけだった。
事実はどうであれ、俺の中では死んだんだ。
もう2度と会う事は無いだろう。
親子だからいつかは解り合える、なんて幻想なんだ。
そんな綺麗事じゃ済まされない親子関係や、修復出来ない絆はいくらでも存在する。
だから……
虐待の断定的事実を知ってからこの1年は、結歌の実家を訪れてない。
詳しい状況やその絆の程度が判断出来ない限り、下手に動けないし。
結歌が必死に隠して来た事実を、抑えきれない怒りで口にして、もっと事態を悪くしそうだったから。
もしキミが、こんな悲しい問題を抱えてなければ……
もし俺にトラウマがなかったら……
俺達は今も笑い合ってただろうか。
母親を主としたトラウマは、ザックリと根深くて。
あの日の結歌を……
結歌ですら例外なく、女を信じ切れなかった。
だけど俺も、親父の冤罪を信じなかった母親と同じで……
結局は愛が足りなかっただけかもしれない。
本当の愛なら、例え自分が裏切られても相手の幸せを願える筈だ。
でも今なら。
あの頃よりずっと、キミへの愛は膨らんで……
俺達の愛は、何度でも再生出来るって信じてる。
キミと話した桜みたいに……
*
*
*
「うわぁ、満開!
ねねっ、ちょっと寄ってかないっ?
今買ったビールで、さっそくさぁ!」
散歩がてらの買物帰り、キミの笑顔も桜みたいに満開になる。
「ん、いいよ。
っと、まだ冷えてるかな?
ツマミは……
結歌のスナック菓子でいい?」
「ええ〜っ、しょ〜がないなぁ!」
と嬉しそうにはしゃぐ。
「桜、好きなんだ?」
「大好き!
あっ、でも道哉のほーが好きっ!」
「え、俺桜と張り合ってんの?」
「あ〜っ!桜を侮ってるなぁ〜?
みんなが愛する日本一のアイドルだよっ?
むしろ、道哉は好きじゃないのっ?」
「俺はあんまり……
なんか諸行無常の象徴って感じで、儚いだろ?
こうやって幸せに囲まれてても、長くは続かない。
永遠なんてないんだって、訴えてるようで……」
幸せそうに桜を眺めてる人達を映しながら、その象徴を自分の人生と重ねてた。