3
「だったら、そうする?」
試すような言葉を投げかけると。
途端、キミが豹変した。
「なにそれ……
やってないって言ってんじゃん!
そんなに私信じられないっ!?
いーよもう私なんかっ……
私なんか要らないよねぇ!?
こんなメッセージだって鬱陶しいよねぇっ!?
わかったよもうっ、わかったってば!」
すごい剣幕で逆ギレして、ビリビリと本を破った。
呆気に取られてると……
キミはその本をゴミ箱に投げ捨てて、寝室に閉じこもった。
その豹変には驚いたけど。
逆ギレとはいえ、そんなに怒るって事は……
別れたくないって事だよな?
ゴミ箱の破られた本に切なくなりながら……
キミの心をそこから拾った。
どうやら破られたのは、見返しのページだけで。
だけどその本はすごく綺麗な本だったから、余計申し訳なく感じた。
すぐに見返しの破片を繋ぎ合わせて、テープでとめると。
不恰好になったそれには、少し読みにくくなったメッセージが両面ぎっしりに綴られてた。
《極上ディナーのお礼に、メッセージ本を贈ります。
ボーノですっ!
もうほっぺたが落っこちまくりで、何度拾っても間に合いません!
美味しい愛に、興奮の連続でっ。
心も身体もたっぷり満たされちゃいました!
改めて、めいっぱいの感謝を込めて。
ごちそうさまでした!
そして、おせちの時もそうだったけど。
料理を作ってる道哉は、なんだかセクシーで……
しかもすっごくカッコよくて、ドキドキ爆弾の炸裂でした!
だけど私の満足と反比例して、不満そうな道哉に……
ハラハラ台風が迷走中です。
私に、道哉の気持ちが分からないと思いますか?
はい!分かりません(笑)
道哉を本当に理解出来るのは……
今までの人生を全部見て来て、その時の気持ちを知ってる、道哉自身だけだと思います。
しかも私なんて、道哉検定でもまたまだ超初級レベルです。
でもね?
自分じゃ気付けない事もいっぱいあるだろーし。
私は誰よりも、不可能だとしても道哉以上に!
道哉の事を分かりたいと思ってます。
もっともっと知りたいです。
全てを受け止めていきたいです。
時間はかかるかもしれないけど、道哉マスターを諦めません!
だから教えて欲しいです。
なんでもぶつけて欲しいです。
話してくれたら嬉しいナ》
心が、震えた。
俺もキミの心が知りたくなって、さらにそれを拾おうと……
本の内容へとページをめくった。
トレーシングペーパーで作られたその大人絵本は、とても繊細で……
人の心みたいだと思った。
透ける仕掛けは宝探しみたいで楽しくて。
でも綴られた言葉達は少し切なくて。
心がそっと上がったり下がったり、ハッとさせられたり。
それはまるで人生のようで……
だから読み解くのが少し難しくて。
真剣に心を傾けながら、ふと思う。
こんな風に俺は、キミの心を読み解こうとしてたかなって。
そんな絵物語のラストは……
愛を見失わないようにと、心の背中を押してくれるようで。
ほんとは気付いてるんだ……
向き合う事から逃げてる事を。
瞬と浮気してんじゃないかとか。
むしろ瞬に心変わりしたんじゃないかとか。
特別に感じてたメッセージ本は、結歌の手口だったんじゃないかとか。
それどころか、もともと女に悪いイメージしかなかった俺は……
もっともっとドス黒い想像で埋め尽くされてた。
だからキミの口から、瞬が他愛もない理由で店に来たって話が聞きたかったのに。
隠されると、想像通りだと物語ってるようで。
怖くて深く聞けずに、キミとちゃんと向き合う事から逃げてたんだ。
俺の気持ちなんて解らない、なんて拗ねてたけど。
俺なんか、キミの心を知ろうとすらしてなかった。
"道哉の事を分かりたいと思ってます"
心を震わせた、その言葉と続く言葉。
俺だって、結歌の全てを受け止めるつもりでいたのに……
行動の伴わない包容力が情けない。
メッセージ、破らせてごめんな……
鬱陶しいだなんて誤解もさせて、ごめん。
"話してくれたら嬉しいナ"
うん、今からちゃんと向き合うから、今夜はとことん話そっか。
キミの言う通り、解り合うには時間がかかるだろうけど……
諦めずに、ゆっくりと。
*
*
*
結歌のお気に入りだったブックカフェで……
3月にもらったその本を見つけて、そんな思い出にふけってた。
必ずキミを見つけ出すと誓ってから、1年。
ここで偶然の再会が起きないかな?
なんて僅かな可能性に縋って。
休日は思い出の場所とかキミの好きな場所、行きたいと話してた場所や行きそうな場所を巡ってた。
もちろん結歌の実家にも何度か訪れたけど、あれ以来は門前払いだ。
交友関係も当たってはいるけど、相変わらず手掛かりはない。
どこに居るんだよ……
もしかして県外とかかな?
"料理を作ってる道哉は、なんだかセクシーで……
しかもすっごくカッコよくて"
このメッセージは更に俺をやる気にさせて。
今なら、あの頃よりもっと美味しい料理を作ってあげれるのにな……
どうしてあの時……
なんて、バカみたいな後悔も繰り返してきたけど。
結局あの時も、また向き合う事から逃げてたんだ。
人なんて簡単には変われない。
俺はまたキミを信じられなくて……
別れの意思を知るのが怖くて……
簡単に諦める事や憎む事で、自分の心を守ったんだ。