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「うん、なかなか上出来だ。
お前ほんとセンスあるなぁ!」
俺の試作料理を味見する店長。
「わっ、なになにっ?新メニューですかっ?」
「いやいやっ、ただの料理指導だよ。
こいつが彼女へのホワイトデーに、コース料理をプレゼントするらしくてな」
「え、いーな彼女さんっ、羨ましい!
なんか愛されてるなぁ」
「だよなぁ!
こうやって連日、美味いもん食べさせようと頑張ってるんだからなぁ」
割り込んで来たバイトの染谷さんと、俺の話で盛り上がるのはやめて欲しいけど……
「いえ、いつも休憩時間を割いてまで教えて下さって、ありがとうございます」
家庭料理は得意でも、プロの本格的な料理はまだまだ駆け出しだから。
おせちの時もそうだけど、いつも快く教えてくれる店長には感謝してる。
そしてホワイトデー当日。
その日、姉妹店でトラブルが起きて……
俺が休憩時間を利用して、ヘルプする事になった。
自ら引き受けたのは、その姉妹店が結歌の働いてるスイーツカフェの近くだからで……
空腹も気にならない思いで、ヘルプ作業を終えると。
さっそくそのカフェを前にした。
俺が現れたら驚くだろうな。
その反応を楽しみに、店内に目を向けると。
思ってもない光景に、俺の方が驚いた。
キミはその鮮やかな笑顔を、ホスト時代の後輩の瞬に向けてて。
偶然の来客にしては、ずいぶん親しげな態度で接してて……
極め付けは、瞬にリボンをかけた本を渡してた。
とっさに俺はその場から立ち去って。
頭の中の混乱と、心の中のドス黒いものを封じ込めた。
「道哉!片付けはいいぞっ?
今日はもう上がって、早く彼女に美味しい料理を振舞ってやれっ」
「……いえ、大丈夫です」
「遠慮するな。
今日は休憩を犠牲にしてヘルプに行ってくれたんだから、その分だ」
そう店長の厚意に押し切られて。
ありがたく受けたものの、俺は複雑な心境で帰路に着いた。
だけど、とりあえず予定通りに事を進めて……
あらかじめ仕込んでた料理を仕上げると。
スパークリングワインと一緒に、まずは前菜からテーブルに並べた。
「うそ、スゴいっ!
勿体なくて食べらんないよっ……
そーだ!写メ撮ろっ」
キミは興奮ぎみに、ブルスケッタを写し始める。
それは薄切りバケットにキャビアとクリームチーズ、そして生ハムで作った薔薇を乗せたもの。
「でもすごく簡単だよ?」
「そーなのっ?じゃあ今度教えてっ」
そんな風に何気ない会話を交わしながらも……
心の中には瞬の事が渦巻いてた。
「……今日、忙しかっただろ?」
次の料理のリングイネを食べ始めたキミに、職場の話題を振ってみた。
「うん、でも疲れが一気に飛んじゃったよっ。
だってもう、なにこのパスタっ。
すっごいモチプリなんだけど!
しかもこのウニクリーム、コクが絶品っ」
なんて、飛びっきりの笑顔をもらったのに。
話を逸らされた気がして、素直に喜べなかった。
「今日みたいに忙しい日ってさ……
知り合いが来たら、どう対応してる?」
次の料理を出しながら、もっと核心に迫った話題を振ってみたけど。
「そこは臨機応変にっ。
それよりこれ何!?ブイヤベースっ?
すっごい豪華!美味しそ〜っ」
またしてもはぐらかされた気がした。
「……オマール海老と魚介のアクアパッツァだよ。
まぁ、ブイヤベースと似たようなもんかな」
愛想笑いで答えると。
俺の微妙な反応に気付いてくれたのか、キミは話を戻してくれた。
「へぇ〜、アクアパッツァってゆんだっ?
ん〜っ、いい匂い!早く食べよっ?
ところで、今日誰かお店に来たの?」
「えっ、あぁ……巧が来てさ。
忙しくて全然対応出来なかったけど」
とっさに嘘を吐いて、ホスト繋がりから瞬話題になるのを狙った。
回りくどいのは解ってる。
でも俺は、結歌の口から聞いたかったんだ。
なのに。
「しょーがないよ、しかも道哉は厨房なんだし。
それに巧くんなら分かってくれてるんじゃないかなっ?」
「うん、まぁ……
結歌は?
今日誰か知り合い来た?」
「今日っ?
ん〜、チラホラね。
でも忙しくて会釈ぐらいしか出来なかったけど。
それにしてもこの、アクアなんだっけ?
めちゃ美味しんだけどっ!」
ここまで核心に迫っても。
キミは瞬の事を話してくれるどころか、やっぱりはぐらかしてるようにしか見えなかった。
昼間の事を忘れる筈がない。
だとしたら、言えない様なやましい事でもあるのか?
「はい。牛ヒレ肉とフォアグラのロッシーニ風です」
「うわ、贅沢っ!
しかも早坂シェフ!
あ、この響きいい……
じゃなくてっ、なんてオシャレな盛り付けっ。
実はけっこーお腹が満たされてるんですがぁ、これは絶対食べなきゃな一品です!
もお〜っ、写メ写メっ」
そうやって呑気にはしゃいでる姿は、逆に俺をイラつかせた。