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「……あなたの気持ちは、よくわかりました。
ですが結歌の手紙に住所の記載はありませんし、私達にはどうする事も出来ません。
それに、主人があなたを許すとは思えません」
「っ、だとしても……
お詫びを、したいですし。
もう1度お話させてもらえませんかっ?」
どうする事も出来ない状況に落胆しつつも、出来る事から始めたかった。
本音を言えば、詫びるどころか許せない気持ちの方が勝ってるけど。
結歌との未来の為なら何でもするし、どんな屈辱にも耐えてやる。
あの時にもそれくらいの強い気持ちと覚悟があれば、違う今があった筈なのに……
「……わかりました。
そろそろ帰って来ると思うので、上がって待っていて下さい」
客室に通されると……
今度こそヘマ出来ないと、徐々に緊張感が込み上げる。
「時間は大丈夫ですか?
今日は少し遅いようです」
「はい、大丈夫です。
その間、結歌さんの事で聞いてもいいですか?」
結歌の母親は、ためらいがちに頷いた。
「手紙では、元気そうでしたか?」
「ええ、とても。
何事もなかったように」
「……でも彼女には、何か抱えてる問題があったように思えます」
「っ、どういう意味ですかっ?」
途端、表情と声質が険しくなる。
「いえっ、ただなんとなく……
結歌さんはご両親から、」
「言いがかりは止めて下さい!
私達は本当に仲の良い家族で、何の問題もありませんっ」
話を遮断した誤解の言葉に。
戸惑って違和感を覚える。
「いえ、あの……はい。
その、愛情いっぱいに育てられたそうですが……
そんな彼女がこんな風に姿を消すなんて、何か理由があるように思えて」
様子を伺いながら、続きを答える。
「ですから姿を消した訳じゃなく、自立したいからと言いましたよねっ?」
「はい、でも……
僕はともかく、友人の前からは姿を消してる状況なので」
「っ、あの子は昔、体が弱くて……
学校も休みがちだったので、友達付き合いが苦手なんでしょう」
その内容にも違和感を感じると。
そこで結歌の父親が帰って来た。
張り詰めた気持ちで、この客室への誘導を待っていると……
激しい足音を響かせて、勢いよく現れた。
「貴様ァっ、よくもノコノコとっ……
貴様のようなクズ人間と話す事はない!
さっさと帰れっ!」
すぐさま、土下座のようにして謝罪を示す。
「お怒りはごもっともです!
あの時は本当に申し訳ありませんでしたっ。
そして今回も突然の訪問、大変失礼しました。
深く、深く反省しています……
どうかっ、お詫びの限りを尽くさせて下さいっ」
「詫びなどいらん!視界に入るのも不愉快だっ。
さっさと消えろっ!」
「お目障りでしょうがっ、このまま帰れません!
身勝手なのは承知の上で、どうかご無礼をお許し下さいっ」
ひたすらの拒絶に、ひたすら謝罪を繰り返した。
だけど……
「いい加減にしろっ!
帰らないなら警察を呼ぶぞ!?」
「っ、納得出来ませんっ!
そこまでお怒りの理由を教えて下さいっ」
「貴様が娘をたぶらかしたからだろう!
自覚もないほど腐りきってるのかァっ!?
貴様の所為で娘は変わった!
おかげで妻は塞ぎ込んでっ……
あんなに仲の良い家族だったのにっ、貴様が全部ぶち壊したんだっ!
いいかっ?一生許す事はないと思えっ。
2度とうちの敷居をまたぐなっ!」
そう怒鳴りながら、俺の胸ぐらを掴んで退去を促す。
「っっ、待って下さいっ」
言葉の抵抗なんて意味もなく。
前回同様、菓子折りを渡す隙すらないまま追い出されて……
閉められたドアを呆然と見つめた。
俺が一体何したんだよ……
ただ結歌を愛して、結婚したいと思っただけなのに。
確かに前回は逃げ出した形だし、どっちもアポなしな状況で失礼な点はあったと思う。
でも失礼なのはお互い様だし。
むしろ、俺の方が許せない点がある。
とはいえ、勝手な同棲や前職のホストに不信感を持つのは当然だ。
でもだからって……
ーあんなに仲の良い家族だったのにっ、貴様が全部ぶち壊したんだっ!ー
俺の所為か?
家族の問題は、その家族の所為だろ。
だから俺の家族が崩壊したのも、親父を冤罪に陥れた女子高生の所為だとは思ってない。
もちろんその行為は許せないし、崩壊のきっかけにはなったと思うけど。
結局は、家族への愛が足りなかった母親と。
そんな絆しか築けなかったその家族の所為なんだ。
簡単に壊れるなら、その程度の絆だったんだよ。
だけどその絆が本物なら、修復出来る。
死に奪われたとはいえ、俺と親父が揺るぎない絆を築き直したように……
だからそうやって壊れた責任を他人の所為にする暇があったら、修復手段を考えて必死に立ち回れよ。
俺だって、1度は壊れたこの絆を信じて……
今度こそ確かなものにしようと、結歌に向かってる。
なのに、キミには辿り着けなくて。
キミの両親には、こんなに嫌われて。
それでも俺には、キミしかいなくて。
何やってんだろな、俺……
そして帰路の最中、ふと思う。
"仲の良い家族"
家族そろって強調する姿に、違和感を感じた。
何の問題もありません、だなんて……
むしろ何かあるのを物語ってるように思えた。
何より。
ーあの子は昔、体が弱くて……
学校も休みがちだったので、友達付き合いが苦手なんでしょうー
キミの母親の言葉と。
ー小学生の時、木登りしてたら落っこちちゃって!
ほらっ、おてんばだったからさぁー
そんなキミの言葉が……
どこかズレてて、何かあると追い打ちする。
それにいくら友達付き合いが苦手でも、幼馴染みのマリちゃんとはすごく仲良かったし、心も許してた筈なのに。
彼女の前からも姿を消すのは不自然だし、それが自立したいなんて理由なのも腑に落ちない。
やっぱりキミは何かを抱えてたんだ……
そう確信めいた気持ちになって、いっそう後悔が押し寄せる。
あの時キミは、どんな気待ちでいたんだろう?
そして今も、抱えてる何かに苦しんでるんだろうか?
胸が苦しくなる……
どうしてあの時、キミと向き合えなかったんだろう。
どうして簡単に、キミを諦めてしまったんだろう。
どうしてもっと、キミの心を知ろうとしなかったんだろう。
今さら後悔しても、どうにもならなくて……
それでも後悔は、尽きる事なく押し寄せる。
「会いたいよ、結歌……」
思わず呟いた言葉を、寒風がさらってく。
だけど俺の覚悟はもう揺るがない。
必ずキミを見つけ出して、もう1度……
そう心に誓って。
さらわれた言葉が、キミに届いてくれたら……
なんて願った。