保護
大学時代に書いたものです。
当時は星新一のショートショートにドはまりしてました。
文体も結構寄せて書けたんじゃないかと思ってます。
「おい、もうそろそろ地球に着くぞ」
「ああ、準備に移ろう」
宇宙船の中。ふたりの宇宙人が地球着陸への準備段階に入った。ふたりはあわただしく操縦席に座り、計器を確認したり、着陸場所を決めたりする作業に取り掛かった。といっても、ほとんどは機械が自動でやるので、ふたりがやるのは動作確認ぐらいだ。着陸場所も機械が割り出したところに問題はない。やる事がなくなり、片方が相方に話しかけた。
「この前は、人間の家畜を連れていったのが失敗だった。人間が驚いて逃げてしまったから代わりにと思ったが、やはりだめだった。それにしても、人間は気付かないのかな」
「自分の意思で決めているから分からないのだろう。なんにせよ、お互いに損はないさ」
ふたりの顔に、自然と笑みがこぼれる。
「私は地球に来るのが毎回とても楽しみだ」
「私もだ」
ふたりを乗せた宇宙船が地球へと進み始めた。
「ついに、やったぞ」
男は夜の山の中をがむしゃらに走り回っていた。木の枝に引っかかって、服が所々破けているが、男はそんなことお構いなしだ。
「一生、檻のなかで、暮らすのは、御免だ」
息はもう限界まで上がっていたが、それでも走り続けた。
男は先ほど、山の中にある刑務所を脱獄してきた。巧妙な計画を練って看守をだまし、そのまま山の中をあてもなく逃げている。一度は町に降りようとしたが、今ごろはもう自分の顔がニュースで出回っているかと思うと、どうにも下りられそうにない。と言ってひとつの場所に留まれば、すぐに警察が来そうで不安がある。だから男はいつまでも山の中を走っていた。だが、さすがに疲れ果てて、大きな木に崩れかかるようにして座り込んだ。
「脱獄したが、これからどうすればいいんだ」
息が整い落ち着いてくると、男は自分の置かれている状況がかなり厳しいことに、嫌でも気付かされた。この山はそんなに大きくなかった。数日して警察が山を大規模に捜索し始めたらすぐに捕まってしまう。顔を隠して町に降りても、この付近の町では警戒態勢がしかれているはず。不審に思われたらすぐに通報されてしまうだろう。その前に腹が減って動けなくなる可能性もある。見つからなければそのまま餓死。せっかく脱獄しても死んでしまっては意味がない。
「くそっ、仕方ない」
小一時間ほど悩んで、男は町に降りて食べ物を盗むことに決めた。危険だが、死ぬよりはましだ。腹の減り具合もこの判断を後押しした。なにしろ脱獄してからずっと逃げてきたのだから、腹が減るのも無理はない。
男は立ち上がり、記憶をたよりに町のある方面へと向かった。
夜も更けてきて寒さはいっそうに強まっていく。男の歩みは、芯まで冷えた体を温めるために自然と早くなっていった。
ふと、遠く木々の間からうっすらと赤い光が漏れている事に男は気付いた。
「あれは」
男はすぐさま木の陰に隠れた。そしてこっそりと顔を出して様子を伺う。赤い光はぼんやりと明滅を繰り返している。
もう警察に包囲されているのか。男の頭にその考えがよぎり緊張が走った。もう逃げ切れない。男の息遣いが荒くなる。
しかし、いくら待っても人が来る気配がない。
「妙だな」
よく考えてみれば、こんな山の中に車は入って来られない。不審に思った男は、ゆっくりと足音を立てないようにその赤い光の方へ近づいていった。
男は側の茂みに隠れて、赤い光を発している物体を見た。それは楕円で扁平な形をしていて、空中に静止するように浮いていた。
「おかしい、こんな山奥に人間なんているのか」
「機械はこの辺りだと示しているぞ」
誰かが光る物体の下で話している。反射的に男は身を縮めた。
「機械の故障じゃないのか」
「いや、機械は正常に動いている。この近くにいるはずだ。とりあえず探して、見つけたら保護しよう」
様子から察するに、どうやら宇宙人のようだった。そして光る物体は宇宙船らしい。しかし、今の会話は男にとって聞き捨てならないものだった。
人間を保護するとはどういうことだろう。もしかしたら人類はこれからすぐに絶滅してしまうのではないだろうか。その絶滅を防ぐために、人間という種を保護するのではないだろうか。
様々な考えが男の頭に浮かぶ。だがなによりも、このまま警察に捕まらずに逃げられるかもしれない、という希望の方が大きかった。
「おい、宇宙人、俺を連れて行ってくれ」
男はさっそく茂みを出てふたりに声をかけた。保護されるのなら、身の安全は保障されるだろう。
「やあ、やはり機械は正常だったようだ。君が私たちの星に来たい人間か、歓迎するよ」
「よかった、人間が見つかった。ではすぐに宇宙船の中へ入ってもらおう。長く地上に留まっては、赤い光がここの生物に影響を与えてしまう」
「ちょっと待て」
男はふたりが急かすのを見て、焦りながら手を振って静止した。事がうまく運びすぎだ。どうにも怪しい。男は何か質問してみる事にした。
「なんだ、地球に心残りがあるのか」
「そうではなくて、なぜ宇宙人が人間を保護しているのだ」
男が尋ねると、宇宙人のふたりは顔を互いに見合わせた。
「それは決まっている。人間がもうすぐ絶滅するからだ。私たちや君たちのような知的生命体は、この広い宇宙でも数が少ない。そういった種を保護するために、私たちはこの地球へやって来ていると言う訳だ」
「なるほど」
「では、中へ入ってくれ」
「まあ待て」
「何だ」
「保護してくれるという事は、命はもちろん生活も保障してくれるのだろうな」
「勿論だ。最期の生き残りを殺してしまうわけないだろう」
「なるほど」
「では、早く入ってくれ」
「そう焦るな」
「またか、今度は何だ」
「向こうでは自由に行動できるのか」
「それは難しい。保護しているのに万が一の事があっては困る。まあ少しは出来るかもしれん」
「なるほど」
「さあ、今度こそ入ってくれ」
ようやく納得した男は、宇宙人に押されて宇宙船の中へ入っていった。すると、中にも数人の男や女がいた。
「驚いた、俺だけではなかったのだな」
後から入ってきた宇宙人のひとりは操縦席に着いてなにやら機械をいじり始めた。そして、もうひとりが皆に言った。
「長い旅になる。あなたがたはその間ずっと冬眠していてもらいたい。船酔いなどで体調を崩されたら困るからだ。何せ、君たちは最期の生き残りになるのだから」
その宇宙人は人間が冬眠できるカプセルを指し示した。皆は誘導されるままカプセルへと入り、ひとりまたひとりと深い眠りに落ちていった。
男はカプセルに入る前に笑ってこう言った。
「助かった、宇宙人さん。でも、俺は人間の中では悪党だ。人をひとり殺したからな。こんなやつが最期の生き残りになってもいいのかい」
「そんなことは関係ない。種の存続こそが大切なことなのだ」
「なるほどな」
男は最期に納得して、深い眠りに着いた。
「ふう、疲れたな」
宇宙人のひとりが人間たちをカプセルへ入れてから操縦席に着いた。
「なんとか騙せたな」
「ああ、人間たちの思考を読み取れる機械があればこそできる事だ。他の星に行ってみたいという人間を機械で探せるのはとても楽だ」
「これで、やつらを動物園なり科学者なりに売り払えば、また遊んで暮らせる。まったく、人間というのは金の成る木だな」
「まったくだ、これだからこの商売は止められない」
「私もだ」
ふたりと人間たちを乗せた宇宙船は、宇宙の彼方へ消えていった。
あっさりと終わってて、今読み返すとショートショートにしては若干オチが弱いですね。
もう少し皮肉のきいたオチにできると良かったんですが……