第95話 抱擁
外から扉を叩く音がした。一旦話は中断して、紅音が対応のために扉へと向かった。カラカラカラと扉を開けてみると、そこに立っていたのは青みがかった黒髪を頭の高い位置で結っている子供、楓だった。
「楓、どうしたんだい」
「白髪の方が目が覚めたから呼んできなって、ババアに言われたんできました」
「これ桜羽翡翠! 飛び出すんじゃないよ!って遅かったか」
「白髪の方が目を覚ました」つまり自分たちの子供が目を覚ましたということだ。これまでの時をどれだけ焦り、そして不安で祈り願ったか。
紅音の静止も聞かずに我先にと駆けて行った。
久しぶりの帰郷だがどこに誰の家があるかは大体わかる。今いるのは村の左側である。そして結界専門の冬井はその真反対に居を構えている。
我先にと駆けて行った桜羽と翡翠は冬井家の引き戸に手をかけたが電流のような物が流れて、来訪は妨げられてしまった。
「冬井! 開けてくれ。子供達に会わせてくれ!」
「子供との再会を妨げるようなことは致しません。しかし随分と錯乱しているようにお見受けします。落ち着いてから出直しなさい!」
確かに今のままでは、桜羽は時羽がどん引くような関わり方をしてしまうだろう。そこは自覚したのか外で大きく深呼吸を3回。
「よし、落ち着いたぞ。中に入れてくれ」
「そこまで抑えられたのならば、良しとしましょう。では、こちらへ」
時羽と花凛は一番奥の部屋の布団に寝かせられていた。ボロだった施設支給の簡素なワンピースも脱がせて着物に着替えさせられていた。
桜羽と翡翠は急いで時羽が寝ている布団へ駆け寄った。
「お、とは」
「いるぞ時羽! よく頑張ったな」
「みんなに、助けてもらったから」
時羽はそう言って桜羽の胴の部分に抱きつき、腹の部分に頭をぐりぐりと押し付けた。
「ねぇおとは、かりんは?」
「生きているさ。お前の隣の布団で寝てるぞ」
「よかった。おとは、きょうふ、をかんじるのは、じぶんがしにそうになっているときだけじゃなくて、なかまがしにそうになっているときもかんじるんだね」
「そうだ。それが死への恐怖だ。仲間の死の恐怖、自分の死の恐怖。たくさん怖い思いをしたんだね。おいで、抱きしめさせてくれないか」
時羽は正座している桜羽の太ももの上に対面になるように座り、抱きついた。桜羽はそれをゆっくり優しく両手で包み込んだ。
「きつくないか?」
「だいじょうぶ。あったかい」




