第91話 この愚弟が
山を下り、麓の畑や田んぼを通り過ぎようやく人が住んでいる場所に辿り着いた。春宮夫妻の家は村の正面から見て左側にある。つまり翡翠たちが入ってきた位置からは一番遠い場所にあるということだ。
翡翠と草花はとある家の前に立っていた。そして子供たちを抱えていて両手が塞がっている翡翠に代わり、扉を開けようとした。瞬間、感じたのは殺気。翡翠はそれが自分に向けられていることを悟り、抱えていた子供達を草花に押し付けた。
「連絡くらい寄越しな! この愚弟が!」
草花が開ける前に開いた扉の奥から飛んできたのは蹴りだった。見事にかかとが翡翠の鳩尾に入り、翡翠はそのまま後ろに吹っ飛んだ。
「痛ってえ。連絡寄越さなかったのは悪かったと思うが結界から締め出すこたぁねえだろ! 姉さん!」
姉さんと呼ばれた女性の名は春谷紅音、翡翠が持っている鮮やかな紅と同じ色を持っていた。背丈は翡翠よりも顔半分分低いくらいで、同年代と比べれば間違いなく高い方だろう。
目つきは鋭く、そこらの盗賊くらいなら一睨みで追い払うことができそうなくらい厳しい顔をしている。
「それは冬井のに言うんだね。決定には関わるが、結界のことは冬井に任せてるんだ」
それだけ吐き捨てると、翡翠に向いていた目線は、隣で固まっていた草花の腕に抱えられている子供達に向けられた。
「で、その子供たちはどうしたんだい。死にかけじゃないか」
「楓と涼の秘密基地にいたらしい。治療をお願いしたい」
「居たらしい、だって?! あんたその子は……!」
「その話はあとでちゃんと説明する! だから治療を優先してくれ。この通りだ」
翡翠は腰を直角に曲げて頭を下げた。
「……もちろん助けるに決まっているだろう。アタシを誰だと思ってるんだい? 今はその下げた頭に免じて話は後にしてやる。子供達を中へ! 翡翠はお湯を沸かしてきな! 草花は子供を家の中に入れてから、手持ちの薬草で薬を作ってくれうちの手持ちじゃ足りん!」
「私も懐に仕込んであるものだけでよければお手伝いいたします!」
あっさりと治療することを承諾してくれたことに驚き、突っ立っていると翡翠の頭は叩かれ、草花の脛は蹴り抜かれた。
「……てつだうっていったのにすねは、すねははんそくだとおもうのですが……」
相当痛かったのか草花は子供達を抱えたまましゃがみ込んで弱々しく言った。
「ぼさっとしてんじゃないよ! その子供ら助けたいんだろう? ならさっさと動く!」
「は、はいっ」
「姉さんも相変わらず暴力的で……」
「ああ? 死ぬか生きるかその瀬戸際にいる瀕死の子がいるんだぞチンタラしてる暇があると思ってんのかい?」
「無いです、ごめんなさい! お湯持ってきます!」
このような事態の時の紅音には逆らってはいけない。これはこの染井集落の鉄の掟であった。
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