第90話 染井の守護結界
—染井の守護結界前
染井集落は大きな結界に囲まれており、それは結界が認めた者のみを通す集落の守りの要である。元々集落に居た翡翠はともかく、一度も集落に来たことのない子供は弾かれてしまう。
(集落の正面から行けば見張りの奴がいるが、真反対だ。時間が惜しい。となると結界の書き換えか)
結界を書き換えて抱えている子供に集落に入る権限を与える。それが最速で最善だ。翡翠は早速結界の書き換え作業に入った。
結界に触れ呪文のような文字を書いていくその指には迷いはない。だが内心は迷い、というよりこの先起きるであろう他者の怒りを予想して正直面倒臭いと思っていた。
結界の書き換えなどこちらで勝手にしたら、結界の主にブチギレられるだろうし、怪我だらけの子供を連れて春谷夫妻の家に行けば鳩尾に強烈な蹴りが飛んでくる。かと言って応急処置をしていったとしても、「なに下手な応急処置してるんだ」と顔面に拳が飛んでくるであろう。まあそもそも何年も村に帰らず、連絡も取らずに居た時点で何かしら飛んでくるのは必然なのだが。
最後のひと文を書いて結界の書き換え作業は終わった。これで集落の中に入ることができるようになった。白髪の方はともかく、黒髪の方はかなり重症だ。なにかしら飛んでくると分かっていても早く診せに行かなければならない。ここから先は走って山を抜け集落へ行こうとしたその時、軍用コートの端を誰かに掴まれた。
「やあ翡翠。久しぶり、ですね」
そこにいたのは片足を引きずって、なんとか山道をここまで進んできた草花であった。
「草花、お前も傷だらけじゃあねえか。お前なら自分で対処できただろう。なんでわざわざこんなところまで……」
「約束を、したんです。必ず、染井の結界に入る瞬間を、見届ける、と」
草花は相当苦しいらしい。花凛ほどではないが身体中に傷があるようだ。その上で追跡兵を全て倒し走ってここまで追いついてきたのだ。
「子供たちの面倒を見ていてくれたんだな。ありがとう。とりあえず春宮夫妻のところに行くぞ。まずは回復しなきゃな」
「はい」
再び結界を通り抜けようとしたその時、バチっという音がした。翡翠が結界に弾かれたのだ。
「痛ってえ。おい草花。お前は結界を抜けられるか?」
草花は試しに結界に手を入れてみたが、なんの問題もなく入ることができた。
「入れますね。もしかして貴方入れないんですか」
「ああ。結界の主人はよっぽどおかんむりのようだな」
「多分貴方の姉君も相当お怒りだと思いますよ」
「二人相手にしなきゃならねぇのか。こりゃあ殴られる覚悟しておくか」
会話をしながらも先程と同じように慣れた手つきで結界を書き換える。無事それは成功し、翡翠も結界を通り抜ける権利を得た。
今度は結界に弾かれることなく中へと入ることができた。
目指すは染井集落、春宮夫妻の家だ。目的地はもうすぐである。
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