第87話 雪の日⑨
「そこの基地のなか、こどもが死んでた。おれが最初みたときは片方息してたけど、涼ひっぱってもどってきたら、静かになってた。」
「そうか、よく言ってくれた。怖いもん見ちまったな。お前さんたち、怪我は?」
無言で首を振る。翡翠は2人を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。責められなかったことに安堵し、大人しく抱きしめられている2人からは涙がこぼれ落ちた。なぜここまで安心するのかは分からない。それでもどこか懐かしいような、前にも同じようなことがあったようなこの感覚は、警戒心を消し去っていった。
「よし、あとは俺が何とかするからちょっと待ってろ。村まで送ってやる」
そう言って肩をぽん、と一つたたき楓が基地といった物に近づいていった。
翡翠は扉代わりの布をめくり、中を確認した。先ほど言われた通り、確かに子どもが2人存在している。傷だらけと無傷と対照的な子どもだ。
しかし、対照的なのはそれだけではなかった。一方は黒い髪、他方は白い髪であった。その髪は長い間手入れされていなかったのか、戦闘に巻き込まれたのかは分からないが、黒い髪も白い髪も砂埃で薄汚れ本来あるべき色よりもくすんで見えるのではないかと思うほどだ。
想定外の客と事態に驚き慌てた楓達よりも、様々な場所を渡り歩き、数えれば両の手と足の指を合わせても到底足りないほど様々な事態に巻き込まれ、時に自ら首を突っ込んできた翡翠は、落ち着いて目の前にあるものを観察できた。そして、落ち着いて観察できたからこそ得られた情報があと1つ。
(怪我の有無は対照的だが、どちらも服はボロボロだな。とすると、片方は無傷ではなく回復済みか。それに、着ているのは和装ではない。もしかしたら例の件に関わってるかもな。……まあいい、意識が戻りゃ少しくらい話が聞けるだろう)
どうやら、憐れにも自らが罪に思われると思い込み涙していた子どもに、最悪の事態をほんの少し回復してやれそうな知らせを持たらせそうだ。
翡翠は、少女たちを目を覚さないように、せっかく塞がりかけている傷口が広がらないように最大限の注意を払いながら、丁寧に抱き上げ外に出た。
「楓、涼。いい知らせとは言えないが、悪い知らせじゃあないのは確かだ。この2人はまだ生きている」
楓と涼は少女2人を抱えそう言った翡翠を見たまま、何も言えずに固まった。まだ生きている。この言葉は死んでいなかったという安堵、生きていても傷だらけという恐怖、自分が思っていたことと真実は全く違っていたということによる衝撃、一気にさまざまな感情をもたらした。外部からもたらされたそれらを処理しきれず、涙はもう引っ込んでいた。
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