第77話 怒り
時羽は軍服の女の構え方を真似て中段の構えをした。そうこれだ。この構え方がしっくりくる。
口では覚悟を決めても人を殺すということの重さを知っている花凛はまだ動けそうにない。
その重みがわからない時羽は躊躇うことなく一歩を踏み出した。小さな体と高い機動力を活かして一足に軍服の女の懐まで入り込み、左胸の辺りを脇差で刺そうとする。軍服の女はそれを一歩後ろに引いて隙間を作り、持っていた日本刀で弾いた。
弾いた刀を上段の構えで持ち直し、また袈裟懸けで切りつけようとする。さっきと同じ対応ではまた押し負ける。今度は花凛が攻撃をいなした様を真似ようと刀をそのように構える。
「構え方で何をしたいかばればれですよ」
軍服の女は刀の軌道を変え突きを繰り出した。その攻撃は時羽の肩を抉る。
怪我が治っていく感覚はあるが、あまりの痛みに時羽は脇差を落としてしまう。
今度こそ死なない程度に切りつけてお終いにしようと刀を強く握り込み、振り下ろした。だが、その刀が時羽の体を引き裂くことはなかった。花凛が間に入って体を張ってその攻撃を背中で受け止めたのだ。
「かりん!!」
「こんなの直ぐ治る、でしょ」
「ちがうよ。わたしだけなの、わたしだけが……!」
なぜ庇ったのか。もう肩の抉られた傷は塞がった。たとえ今斬られていたとしても、少し後ろに下がっていればすぐに回復する。現に時羽の体には斬られた傷など一つも残っていない。一方で花凛は傷を重ねもうどこが斬られていないかもわからない。
時羽をかばった一撃がトドメになったようで花凛はそのまま時羽にもたれかかって気を失ってしまった。
時羽は体の内で何か熱いものがぼこぼこと沸騰するような感覚に陥った。
—これは何? これは感情?
……そうか。これが、怒りか。
「ぜったいにころす!」
先程までの感情の無さとは一転。獣のような声を上げる。
「ああああああ!!!」
咆哮を上げながら肩の痛みで落とした脇差を拾い、力の限り握り締め、高い機動力で距離を詰める。軍服の女はその迫力にほんのわずかに押されるが、また刀を構えた。
その瞬間、もうすでに懐まで入り込んでいた時羽の刀が軍服の女の腹を刺した。
「ぐあぁぁ!」
怒りのままに突き出された刀は深く深く突き刺さり、軍服の女はあまりの痛みに悲鳴をあげた。数歩後ろによろめくがまだ倒れない。
時羽はそれでは足りず、刀を乱暴に抜いて今度は手当たり次第何撃も何撃も喰らわそうと脇差を振り続けた。痛む腹を抑えながら軍服の女も応戦するが、攻撃の半分くらいをくらったうえに、念には念を入れてか、もう一度刺された腹を攻撃されたのだ。
最後に首をかき切ろうと首が切れる位置まで跳んだ。軍服の女はそれを睨みつけるが腹の傷が原因で刀をまともに持てない。
時羽の刀が軍服の女の首をとらえ、あとは刀を引くだけとなった時、遠くから破裂音がした。それに気を取られた時羽は一瞬目を離したがまた女の方を見た。
時羽は驚いた。軍服の女の眉間には穴が空いていたのだ。
目から光が消えた女は、そのまま後ろに倒れ、動く気配はもうない。
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