第76話 殺す選択肢
戦況は時羽たち子供達の有利性が上がったと思われたが、実はそうでもなかった。時羽たちは道中武器というものをほとんど使ったことがなかったのだ。手に入る武器は貴重な上に刀身が長いから自然と大人たちが使うことになる。
勉強会で教わっていた体術も、護身術のような死なないための訓練であることが多かった。そんなに強くない者ならば倒すことはできるが、今回差し向けられた五人組は、明らかに草花が戦っている時についでで倒した男たちよりも強い。もしかしたら桜羽や草花が逃した敵ではなく、必ず時羽と花凛を捕まえるために派遣された者たちなのかもしれない。
(刀ってあんまり使ったことないんだよなぁ。使えるかな)
花凛は刀の扱いの心得が少しだけあるらしくそれっぽい構えができていた。上段の構えだ。時羽もそれを真似して構えた。時羽はそれがどうもしっくりこない気がした。
いつのまにか後ろに回り込んでいた一人が時羽を袈裟懸けに斬った。時羽はその斬撃を受け止めようとしたが、力で押し負け胸から腹にかけて大きな傷を負ってしまった。
「うぐっ」
だいぶ深く切られたようだ。血が吹き出しきている服を真っ赤に染める。
「受け止める腕力もない! 刀の使い方すら知らない! そんなあなた方が刀という道具を手にしただけで私たちにかなうとでも思ったのですか。さあ、大人しく捕まりなさい!」
「それは、やだ」
「しつこい方ですね。嫌だなんて言葉聞き飽きました。それならば半殺しにして連れ帰りましょう。それが私の役目です」
それから周辺に散っている班員たちにもこう言った。
「あなたたち。北で戦っている班に加勢しなさい。私たちはまだ寄せ集めの五人組でしかない。連携など取れないので邪魔です!」
どうやら時羽に大怪我を負わせたのはこの班の班長らしい。寄せ集めの班だったのか、うまく連携が取れなかったらしい。どこから攻めようか考えあぐねてた者たちを他のところに回し、自分が動きやすい環境を作り上げたのだ。
班員たちは反対することもせずに大人しく時羽たちが先ほど走ってきた方角に消えていった。
「さあこれで私とあなたたちだけです。絶対につれ帰らせてもらいますからね」
小細工もせず、まっすぐ花凛に向かって刀を振り下ろす。かりんはそれの軌道を晒すことで回避した。
「ほう。あなたは少しは刀の心得があるようだ。だがその体は幼すぎたな」
班長はもう連携を取らなくていいからさまざまな方向からまるで嵐のように攻撃をしてくる。初めは回避したり、見よう見まねで軌道を逸らしたりしていたが、もとより真っ赤に染まった布を纏っていた時羽はともかく、花凛も次第に押され始め、体に纏う白くてボロい布には切り傷と滲んだ血の跡が目立つようになってきた。
どう足掻いても勝ち目はないのか。そう花凛が思った時、時羽が一言淡々といった。
「ころそう」
「時羽?!」
「ずっとおとはたちのたたかいをみてきた。ひとがどうやったらうごかなくなるかもわかる。」
「でも、おかあさんはむやみに人を殺しちゃダメだって」
「そのおかあさんがいま、たすけてくれるの?」
「そ、それ、は」
花凛は言葉に詰まってしまった。母親が自分のことを捨てたことはもう十分わかっている。助けになんかこない。だから自分のことは自分でどうにかするしかない。
「…………わかった。なら首を狙うよ。」
「ごめんね。わたし、またなにかまちがった?」
「人を殺すことはいけないことだと思う。共存のために必要なんだって。でも私たちはいま、生きて集落までいかなきゃいけない。だから……」
花凛も自らの手を汚す覚悟を決めた。きっと一人殺してしまったらもう元には戻れない。それでも生きていたいと。必死にもがく花凛なりの選択だった。
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