第73話 狙撃兵
パンと破裂音がしたと同時に、草花の右肩が射抜かれた。
「伏せてください、狙撃です!」
時羽と花凛が自ら伏せるよりも早く草花が二人の頭を掴んで無理やり伏せさせた。
その後も何発も破裂音は鳴り、木はえぐれ、足元に弾痕を残し、覆い被さって二人を守る草花の皮膚をかすった。
「草花、草花離して! このままじゃ草花が」
「そうか、わたしのことはいい。すぐになおるから! おねがい」
草花の腕の中でじたばたともがく時羽と花凛をより一層強く抱きしめ、草花は覚悟を決めた。
「お二人とも。聞いてください。ここからあちらの方角で人の気配を感じる場所はわかりますね」
「わかるけど、何を言って」
「それが染井集落です。そこまで二人で走ってください。私が足止めをします」
草花は花凛の言葉に被せるように言った。それほど余裕も時間もないのだろう。
最初の狙撃で彼だか彼女だかは正確に草花の方を射抜いてきた。その後は誰の致命傷にもならないように何発も撃ち続けていたのだ。きっと狙撃の名手に違いない。本気を出せば今すぐにでも自分たちの頭を射抜くことができるのだろう。
「足止めって」
「大丈夫。先ほどみたいに全部避けてぶっ倒すだけです。ただ狙撃がまた厄介なので、先に行っててくれませんか? すぐに追いつきます」
「でも……」
「そうか、しぬのいや」
「死にません。必ずや追いついて、あなた方が集落へと入るまで見届けます」
選択を迫られている。花凛には久しぶりのことで、時羽にとっては初めてのことかもしれない。時羽は自分が選ぶことで、もし草花が死んだら、もし自分が花凛を守り切れなくて花凛が死んでしまったらと、選ぶことによって決まる未来の嫌な想定ばかりが浮かんできていた。
—心臓の音が早い。動けない。選んだら、終わってしまう。
それに気づいた草花は魔法のような言葉を言った。
「これはあなた方に選ばせることではありません。私が選んだことなのです」
この言葉は責任をとるのは、選ぶ人は草花であると言う宣言である。それと同時に、今ここから走って先に逃げたとしてもそれは時羽と花凛が選択したことになってしまうかもしれないが草花の選択でもあるという言葉である。
先に動けたのは花凛だった。時羽の腕を引いて集落の方へと歩き始める。
「いくよ」
「まって、そうかが……」
「草花が大丈夫って言ったの! だから私はそれを信じる!」
花凛の瞳からはぽろぽろと雫が落ちていた。声も震え鼻声である。不安で不安でこの場に残りたくても草花の選択を尊重した花凛を見て、時羽も覚悟を決めた。
「わかった。そうかにしたがう」
手を繋いだまま駆けていく少女たちの後ろ姿を見送り、草花は結界を展開した。その結界は横幅は見渡せる限り、高さは一番高い木の上までの壁のような結界である。
結界を張り終わる頃には時羽たちはぎりぎり見えるからまだ進んでいた。まだ見えるその背中に草花はつぶやく。
「結局は選ばせる形になってしまいましたね。申し訳ありません。染井の結界はきっとあなた方を守ってくれるでしょう。どうか、ご武運を」
草花は一発目の弾が飛んできた先を見た。
「そして狙撃の名手さん。ここから先は通しませんよ」
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