第68話 草花VS槐
「蓬? ああ、私が軍で名乗っていた名でしたね。
どうでも良すぎて忘れていました」
草花は軍に潜入して施設に近づくとき、仮名を使っていたのだ。本名も、素性も隠したまま架空の人物として過ごす。そして情報だけかっぱらってあとはそのまま居なくなる。そして居なくなったところで軍が持つ草花の情報は全て偽物であり、軍と草花を繋ぐものは何一つない。そういう状況を目指していた。
「名前を忘れるとはな。まさか上官であるこの俺のことも忘れたとか抜かさないよなぁ」
「抜かしますね。私、恩人であるあの方と、あの方が大切にしている人以外を覚えている必要性を感じてませんので。で、誰ですあなた? 上官という肩書きは覚えていれど、あなた個人のことなんか微塵も知りません」
はぁ、とため息を一つ。心底面倒くさそうに上官と名乗る大男との会話を重ねた。
初めは裏切った部下をどうなぶり殺してやろうかと舌なめずりしていたが、草花の舐め切った態度に大男は苛立ちを隠しきれなくなった。頭や腕には血管が浮かび上がり、目は血走っている。
「そうかそうか。その舐め切った態度。貴様に残された道はこの俺にぶっ殺される道だけだが、冥土の土産というやつに教えてやろう。俺は槐。鬼族の純血一族に属する者だ」
鬼族。圧倒的な力と体格を持ち、頭には象徴的なツノが生えている。過去には略奪、虐殺を行い人間たちを恐怖で支配したことで知られている種族だ。
その腕力はいとも容易く人間の頭を握りつぶし、好んで使う武器である金棒を一振りすれば、人間や、人間の血が濃い人外、妖怪であれば半身が消し飛ぶ。凶暴な種族である。
「あなた個人のことなんてどうでもいいと言っているでしょうに。それに鬼だと聞けばこちらが引くとお思いですか。これだから腕力任せの低脳一族は」
「今! 俺のことを低脳だと言ったな!」
「ええ言いました。それが何か?」
「部下だったよしみで一撃で頭を砕いてすぐ終わらせてやろうと思っていたがやめだ! 生きながらに全身の骨を砕いて、臓器を殴り潰し、殺してやる! もはや楽に死ねると思うな!」
怒りが爆発したようだ。ただ叫んでいるだけなのに空気が震える。
木の影から見守っていた時羽と花凛は思わず引っ込んだ。そして、頭を突き合わせて小声でささやきあう。
「なんであんなに挑発するんだろうね」
「わかんないけど、おこらせるのがすきなんじゃない?」
轟音が響いた。戦いが始まったのだろう。時羽たちはそれを見守るべくまた木の影から顔を出した。
何箇所かに視線をやる。槐も草花も見つからない。視界に入るものといえば、ある一点を中心にヒビが走った地面だ。そしてそこは先ほどまで草花が立っていた場所だった。
「そうか!」
「草花!」
読んでいただきありがとうございます!




