第48話 着物④
そうかからないうちに全員分の購入する着物と帯が決まった。花凛は、蘇芳色の着物に松葉色の帯。時羽は藤色の着物に黒鳶の帯。桜羽は葡萄色の着物に濡れ羽色の帯だ。呉服屋の女性が言っていたように、合計しても値段は他の店で同じものを買うよりも圧倒的に安かった。宿代から着物代に変わった資金が余るほどである。
料金の支払いが済んだ後、呉服屋の女は桜羽たちに店の奥の部屋を貸し着替える機会を与えた。宿が取れなかったから着替える場所の候補が特になかった桜羽は、その厚意に甘え時羽と花凛を店の中で着替えさせる。
逃走を始めた時から今まで教わりながら着付けを練習した時羽は、自分で着替えができるようになっていた。花凛は元々自分で着替えることができたが、もっと手早く着れるようになっていた。もう桜花がつきっきりで着替えさせなくても良くなっている。その変化に穏やかな気持ちになりながら、桜羽はその横で自身も手早く着替える。
「二人とも。この頃どうも見張られているような感覚がある。いざというとき着物では走りにくい。下にこれを着ておけ。あまり見たくもないものだとは思うが、集落に着くまでの我慢だ」
桜羽が荷物の中から出したのは、施設から逃げ出した時に身につけていた物だった。それは着物とは違う形をしていた。上下繋がっているのは同じだが、着物よりも丈が短く裾が広がる。
見た目のぼろさと洗っても取り切れなかった染みついた汚れはともかく、走るのならばこちらの方が適しているだろう。
普段よりも一枚多く着ているが、見た目は意外にも違和感はなかった。
「いざとなったら着物を脱ぎ棄てて全力で走るんだ。いいな」
言われた二人は無言でうなずく。
「お着替え終わりました? もしよろしかったら来ていた着物のほつれなど修復とかしておきましょうか?」
丁度着替え終わった頃、呉服屋の女が声をかけてきた。ずっと見計らっていたのだろうか。やたら都合のいい時機に声をかけてくるのだ。
「いや、そこまでは世話になれない。今は宿が取れなかったからそれほど時間が無くてな。集落に戻ったら自分で頑張ってみるよ」
「なら、次に来るまでこちらで保管しておきますよ。いつでもいいので取りに来てください。その時また新しい着物や反物もお見せしますよ」
この女は縫物だけでなく商売も上手い。条件としてはこちらが不利になるものでもない。九割の好意と一割の次の商売への期待で成り立っているようなものだ。
桜羽は着物の修繕も頼むことにした。集落からも離れていない、商品の質も高い。今後も利用するには十分条件が整っている。
「またのお越しをお待ちしてます!」
呉服屋の女は店先まで客を見送り、しばらくの間手を振ってから店の中へと戻っていった。
予定にない買い物であったがよいものを手に入れることが出来た。それに、野宿の準備をするにも時間がある。想定外の幸運への感謝を感じながら、三人は村を後にした。いや、しようとしたところで再び呼び止められた。今度は呉服屋の女ではない。男の声だった。
「桜羽さん逃げろ! あんたのこと追ってる軍服が!」
「何だと?!」
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