第46話 着物②
「……いいの? 甘えても、いいの?」
花凛は、時羽の言葉にぐっとこみあげてくる涙をこらえていた桜羽の裾を弱弱しく掴んで、発した言葉にどのように反応するか伺うように見上げる。
「ああ、勿論だ。衣類を揃えるのも子を保護する者の務め。そうでなくともお前たちにはいいものに囲まれて暮らして欲しい。今はあまりそれはできていないから、せめて衣類くらい面倒見させてくれないか?」
「うん。やっぱりあたらしい着物、かってほしいな。それに私はおとはが怖いわけじゃないよ。前のこと思い出しちゃって怖いだけで、おとはが怖いわけじゃない。嫌な思いをさせちゃったならごめんなさい」
花凛も普段は明るくて活発だから忘れてしまいそうになるが、あの施設に捕まっていたのだ。それに旅の道中聞きはしたが両親の話も故郷の話も、いない、ないとしか帰ってこなかった。
普段の立ち居振る舞いでは見抜くのは難しいが、隠れたところに傷は沢山あるのだろう。そして、全てが古傷でなく、今も新鮮な痛みを与えてくる記憶があるのだろう。
「謝る必要なんてない。その話も、話せると思った時に話してくれればいい。だけど、これだけは覚えておいてくれ。私はいつだってお前たちの味方だ。お前たちを守り育てる。遠慮なんかしなくていいんだ」
花凛と桜花の間で話の決着がついた頃、店の奥に着物を見繕いに行っていた呉服屋の女性がいくつかの着物と反物を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。反物と着物、いくつか持ってきましたよ」
桜羽たちに見えるように、けれども部屋の中に入り切るように、色が見えるようにしながら重ねて次々に商品を置いていく。
「ここは反物だけじゃなくて、完成品も売ってるのか」
「はい。私、着物を作るのが趣味なんですけど、着切れないくらいつくってしまって、こうして店頭に出させてもらってます。お客さん、ここらで見ない顔だから旅のお方でしょう。今夜は宿も埋まってるっていうし、もしすぐに立つならできてる方がいいかと思いまして」
「正直ありがたい。私は縫い物があまり得意ではなくてな。完成品の方を貰おうか。色は……時羽、花凛どれがいい?」
花凛はすぐに並べられた着物を端から見始めた。何度か視線が行き来し、候補は数枚に絞れたようだ。その着物はどれも赤系の色だった。花凛が選ぶのを後ろで見ていた桜羽は、どれを選んでも花凛が持つ黒髪が映えそうだと思い、その選択を見守る。もっとも、どんな色を選んだとしても花凛の選択は尊重しようと思っているのだが。
一方で時羽はすぐに選び始めた花凛とは正反対に微動だにしなかった。
「どうした、選ばないのか?」
「こんなにたくさんあるところから選んだことない。どうすればいいかわからない」
時羽はそうぽつりとつぶやいた。
「そうだな。今回みたいのだと色をみて、好ましいと思ったもの、自分の髪色に合うと思ったものなんかを選ぶといい」
「やってみる」
時羽は並べられている着物をじっくりと見始めた。その姿はあまりにも真剣で着物に吸い込まれそうなほどだ。二人が選び始めたことを見届けて、桜羽も自分のものを選び始めた。
並べられている着物たちは、たくさん作っていると言っていただけあってどれも完成度は高かった。本来ならばもっと高値で売られていてもおかしくないくらいだ。呼び込みに反応して正解だったのかもしれない。
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