第45話 着物①
割と切実にネーミングセンスが欲しい。
今日はもう休もう。先ほど桜羽はそういったが、今滞在している村は大きくて栄えていた分宿代が高い上に、商品やらなんやらを求めてたくさんの人が訪れるため、宿の空きがなかった。この村に泊まることは不可能である。どうやら、今日は久しぶりの野宿になりそうだ。
日が沈まないうちに晩御飯の獲物の調達や拠点の確保をする必要がある。宿泊をしないのなら、今のところこの村で済ますような用事はない。休憩も住んだところだし、さっそく決して多くはない最低限の荷物をまとめて甘味屋を後にした。
「奥さん、そこの雪色の御髪の奥さん! 着物は入りようかい?」
甘味屋から二、三件ほど先まで歩いた時、ふと呉服屋の店先に居た女性に呼び止められた。「雪色の御髪の奥さん」と言っていたし、間違いなく桜羽たちを指しているのだろうと即座に判断した桜羽は足を止めて、時羽と花凛の手を引きながら呉服屋の方へと足を進める。人間はもちろん、それ以外でも桜羽と時羽の髪色はそれが呼び名の代わりになるほどに珍しいのだ。
「ああ、やっぱり。随分と痛んでいますね。買い換えていったらいかがです? うちはほとんど趣味でやっている店だから他の店よりも手ごろな価格ですよ」
「あまり気にしていなかったが、確かにそうだな。これから寒さも厳しくなってくる。私の分と、子どもたちの分も見繕ってくれるか?」
「ええ。かしこまりました。では中へどうぞ!」
呉服屋の女はダメもとで呼び込みをしていたのか桜羽の返答にぱあっと顔を明るくして、軽い足取りで店の中へと入っていった。
「あたらしい着物かうの? 私のぶんはいいよ。今きてるのまだきれるもん」
「遠慮なんてしなくていい。宿がいっぱいで取れなかった分ここで使おうと思っていた宿代が残っているしな。それに、これから寒さは厳しくなる一方だ。今の生地だと薄くて寒いだろう。お前たちにそんな思いはできるだけして欲しくない」
「でもっ」
花凛は他人から何かをしてもらうことや、貰うことが苦手なようだ。感じるのは恐怖か遠慮か、それとも他の何かなのかはっきりしたことは確信していないが、少なくともそのような感情を抱いていると桜羽は見抜いていた。
「おとははこわくないよ」
ずっと黙ってやり取りをぼうっと見ていた時羽が、無感情にそう言った。桜羽をかばう気持ちがあるわけでも、花凛が抱いているひと匙の恐怖をなだめようとしているわけでもない。淡々と時羽にとっての事実を述べたに過ぎない。
あまり自分から話さない時羽が声を発したことに桜羽は驚いた。
実のところ桜羽は不安だったのだ。時羽にも花凛にも自分は味方であると。おこがましいかもしれないが親とさえ思ってもらってもなんの問題もないとさえ思って接していた。しかし、感情が割と分かりやすい花凛が、特定の状況下でまだ自分におびえることがあるのは知っていた。信頼は得られていても、まだ絶対的な信頼までは得られていないのだ。
おそらく施設でひどい目にあって、同じような年ごろの子が知っているであろう知識、常識や与えられていたであろう愛情が著しく欠けていた時羽の感情が薄く、何もかもが成長途中であることも承知していた。
時羽にも花凛にもこれから先根気強く関わって、桜羽は味方であると、桜羽がいるところが二人にとっての安全地帯になれるようにしようと長期戦の構えでいた。そこに、感情も意志も薄く、何もかもを一生懸命学んで成長中の時羽が桜羽を「こわくない」といったのだ。
驚いた後少し遅れて時羽にずっと味方であると、自分なりに行動と言葉で伝えてきたことが伝わっていたのだと気づき、桜羽は目頭が熱くなった。
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