第39話 洗濯①
川についた宗次郎は、右手に持っていた水桶の口を川上の方に向けて、川に入れた。流れてきた水はみるみるうちに溜まり、すぐに水桶を満たした。
その隣で薬屋も、中身の薬草を別のところに移して空になった背負い箱と、その中身の小さな引き出しを洗い始める。
「宗次郎さんはなぜ川に水汲みに? 下連村には井戸は無いのですか?」
「ああ。あの村はさっきも言った通り土地が枯れててな。井戸掘っても水なんか出ないんだ。だから川に汲みに行くしかない。まあ、近くに川がいくつかあるのは不幸中の幸いだな」
「そうですねぇ。誰でも、どんな種族でも水がなくては生きていけませんから」
川で行う作業は圧倒的に宗次郎の方が少ない。宗次郎が川で水を汲んでいる横で、薬屋は背負い箱の中身を出して、箱と引き出しを洗って、着ていた着物を洗って、新しい着物に着替えてと、とにかくやることが多い。
とっとと水を汲み終わった宗次郎は、薬屋の着物の洗濯を手伝ってやり、時間を潰した。洗濯した着物はここでは干さず村で干すから、軽く水気を絞って大雑把にたたむ。
洗っている時から思っていたが、この着物はどのような素材でできているのだろうか。着物にしては重い気がした。薬屋は西へ東へ村や集落を渡り歩きながら、薬草を採集しつつ薬を売り歩く。野生動物や盗賊なんかに襲われることもあるから、防御力を上げるために何か織り込んであるのだろうか。
とりあえず、宗次郎はこの着物がそこら辺で売られている普通のものではないと思った。どこぞの職人に依頼して布からこだわって作っているものなのかもしれない。普段着物を洗うときよりも、丁寧に扱うことを意識して、その匂いと汚れを落としていった。
「着物、ここ置いとくぞ」
箱を洗い終わって新しい衣に着替えている薬屋の隣に置いてある洗い立ての箱の上に、洗って綺麗になった着物を置いてやる。どうせ両方とも濡れていて、両方とも後で乾かすのだから、濡れている上においても問題はないだろう。
「はい。ありがとうございます」
薬屋は、箱に括り付けてあり、箱を洗う前に避難させていた新しい衣を出して着替えている最中だった。薬屋の見た目が中性的であることもあり、なんとなく見てはいけないような気がした宗次郎は、すぐに目を逸らそうとしたが、それは出来なかった。
薬屋が着替えた衣は着物ではない。あの自分達を捕らえ、実験し、そして今は脱走している自分達への追手達が着ているもの。二度と忘れることのできるわけのない、あの忌々しい軍服だったのだ。
読んでいただき、ありがとうございました!




