第34話 薬屋①
一切見たことのない男だった。ここらでは見かけることのない、長く金色に輝く髪。背負っている大きな箱。箱と本人からする独特な匂い。それにほんのり生臭い匂いもする。
顔立ちは周囲の人間と同じかと言われれば間違いなく違いがあると言える。それは和服を着ているが、軍服を着ている方が似合うと思えるということだ。
明らかに怪しかった。何よりも浮かべている笑みは、心から浮かべているものではなく、見るものを安心させるような表情を敢えて作っているかのように感じる。それが怪しさをより助長していた。
「長い間村出てたからな。大方お前さんが俺が出るよりも後に来たんだろう」
宗次郎はその男を怪しさ満点だと判断した。余計な情報を渡すと厄介なことになるかもしれないと一番重要なことを隠して、そこら辺に転がっていそうな、ありふれた回答をする。
「それもそうですね。私がここにきたのは数日前ですし」
どうやら上手くかわせたらしい。特に追求されることもなく納得してもらえたようだ。
金色なんて目立つ髪色をしていたら必ず覚えているはずだ。でも宗次郎の記憶にそんな男はいなかった。ならば初対面のはず。初対面ならば、いくら記憶を遡っても男の正体が分かるはずもなかった。
もともと気配が薄いのか、わざと消していたのか。どちらの可能性もあるが、後ろにいたことに気づいていなかった自分にわざわざ話しかけてきたということは、少なくとも殺意は無いのではないかと宗次郎は思った。
少しの間考えるふりをしてから、男に直接その正体を聞くことにした。宗次郎は考えることはそこまで得意ではないのだ。
「で、あんたはどこの誰なんだい?」
男は意外にもあっさり名乗った。
「ああ、申し遅れました。私、薬屋の草花と申します。故郷はすでになく旅をしているので、どこの、とは名乗れませんけどねえ。それで、あなたは?」
相手を警戒するばかり、名乗られたなら名乗り返す必要があることを失念していた。それにあなたは、と聞かれても答えられることなんでほとんどない。ずっと捕まっていたから職業なんてないし、近況も話せるものではない。
「俺は宗次郎。この村出身のもんだ」
どのように会話を繋ごうか焦り始めた時、母が家から顔を出した。
「宗次郎、そろそろ薪が足りなくなりそうだから少し急いでくれるかい? あら、薬屋さんじゃないの。この前はどうも」
母はこの薬屋と知り合いのようだ。呆気にとられる宗次郎を除いた二人で会話が進んでいく。
「いえいえ、奥様。その後のご様子はどうですか? まだ痛んだりするならば追加でお薬作りましょうか」
「大丈夫よお。この前もらった分でもうばっちりよ。ありがとね」
そう言って母は胸を張る。
「そうだ。お昼ご飯まだでしょ。家で食べて行ったらどうだい?」




