第33話 枯れかけの村④
(全員じゃないが古い世代は去り始めている。新しい世代も生まれている。何もかもが同じじゃないからなあ。そりゃあ匂いも変わるか)
自分は一生この村で生きていくのだと信じきっていた頃に慣れ親しんだあの匂いは、もう二度と帰ってこない。時間と共に変化してしまうものはこの世に溢れていると知っていても、いざ自分が直面すると寂しい、悲しい、虚しい、どの言葉で表現すればいいのか。ぴたりと当てはまるものはないような、胸が締め付けられる思いがした。
「母ちゃんは? だいぶ時間が経っちまってるけど、調子はどうだ?」
変わらないものを確かめたかった。目の前にいる母は、宗次郎が捕まる前と容姿も、話し方も、匂いも何一つ変化が見られない。最後に見た母が時を超えて今この場にいると言われても納得できるほどだ。
だけど中は分からない。もしかしたら歳をとった体の節々にガタがきているかもしれない。大丈夫、変わっていないよ、と。自分以外の言葉で確信して、安心したかった。
「母ちゃんはまだまだ元気だよ! それに、最近村に滞在してる薬屋さんがいて、腕も凄くいいのよ。一昨日腰をやったけど、今はこの通り元通りよ」
「そうか良かった。でも治ったっていっても腰をやっちまったって、本当に大丈夫なのか? あんまり重いもの持ったりしないで、これからは俺のこと頼ってくれよ」
「ああ、ありがとう。存分に頼らせてもらうよ」
その言葉に、言語化できない胸のざわめきが少し治った気がした。
しばらく話し込んだあと、母は少し遅めの昼食の準備を始めた。急なことだったから御馳走とまではいかないが、腕によりをかけて作るからねと気合が入っている。
宗次郎は何を手伝えばいいかと母に聞いたら、家の外に薪が積んであり、家の中の薪置き場に補充しておくことを頼まれた。家のものの配置はほとんど変わっていないから、場所は詳しく言われずとも分かる。宗次郎はすぐに薪を取りに行った。
どうせならば家の中の置き場をいっぱいにしておこうと、昼食用に加えて抱えきれる限界まで良さげな薪を見繕う。見繕っている間も、家の近くを様々な者が通っていくが、やはり見知らぬ顔も混じっている。
家の外に出ると、先程よりも落ち着いて周りを見れることから、自分の記憶の中の村との違いが大分顕著に感じられた。知っているがそこまで行ったこともないし、知り合いもいない村で、仕事を任されて一人で作業しているような、そんな気分になる。ようはなんとなく気まずいということだ。
(自分の故郷なのに、こんな気持ちになることがあるとはなぁ)
だがそれも戻ってこれたからこその感覚だ。不安や恐怖感といったものではなかった。ただ自分が熟知していると思っていたが物が、ちょっと違ったという違和感が、気まずさとして現れているだけだろう。
早くこの環境に慣れねばと思ったその時、なぜか村の匂いが変わった気がした。鼻をすんと鳴らしてそれを確かめようとした瞬間、いつのまにか背後に立っていた者が一人。
「こんにちは、見かけない顔ですねえ」
宗次郎の背後に立っていた者はそう言って笑みを浮かべた。
読んでいただき、ありがとうございました!
評価、感想などお待ちしています




