第31話 枯れかけの村②
村に着いてまずは安全か確かめるために少し隠れて覗いてみた。分かったことがいくつかある。
一つ目は、村には老人と子供しかいないことだ。若者と言える年代の者は全くいなかった。
二つ目は、村はそれほど裕福ではないということだ。
畑はあるが、全てが耕されている訳ではなく荒れたまま放置されている箇所もある。屋根には穴が空いていたり、柱が腐ってボロボロになっているような、見るからに修繕が必要であろう箇所がこれまた放置されている。
老人と子供だけでは畑の管理も壊れた建物も修繕できなかったのか、それともそれをするだけの金銭がなかったのかは見ただけでは分からなかった。
「この村に私らが留まれるだけの資源はないな。先へ進むか?」
「そうだな。宿もないだろうし、日が落ちるまでに先に進んで野宿でもしたほうがいいだろうな」
桜羽が提案した時、一人の男が目を見開いて村の方を凝視していた。そうして、信じられないものを見たような口振りで呟いた。
「こ、この村は、景色はだいぶ変わっちゃいる。匂いも記憶と少し違うが、間違いねえ。俺が住んでた村だ‥‥‥」
男は思いがけず故郷に戻ってこられたことにさまざまな感情が込み上げ、その場で静かに泣き崩れる。隣にいた桜羽は、男の背中をさすりながら、問いかけた。
「どうする、お前はここに残るか? どうやらこの村には泊まれるような場所はなさそうだし、私たちは進んだ先で今日どうするか決める。感傷に浸らせてやれなくてすまない」
「いや、いいんだ。ここに来るまでに何人も別れてきた。俺が選択する番が来たってだけだ」
男は迷うことなく、この村に残ることを決めた。担当していた荷物を桜羽に渡し、旅の途中で得た物資を一行に託す。
「俺一人じゃあきっと帰ってこれなかった。ありがとう。みんなが故郷へ無事帰れることを願っているよ」
男は一行を離れる時にこう言い残した。騒げば追手がいたときに見つかってしまうかもしれず静かであったが、互いに言い残したことも、後悔も、後腐れもなく別れは済んだ。
男は森の中で一行が見えなくなるまでじっと見送り、村へと帰っていった。もう何十年ぶりかも分からない故郷にも、ちらほらかつての面影が残る者もいる。そのうちの一人が手に持っていた籠を手から落とし、両手をこちらへと伸ばしながら、のろのろと近づいてきた。
「宗次郎、宗次郎かい?! あんた、生きていたの! 今まで一体どこにいたの!」
年老いた女性は男を宗次郎と呼び、抱きつきいて大声を上げて泣き出した。
「母ちゃん! ごめんなぁ。俺ずっと遠くで捕まってたんだ。帰ってくるのが遅くなってごめんなぁ」
宗次郎は人間に紛れて暮らす化け狸の家系に生まれた。人間に紛れて暮らすと言っても、村にいたのは純血の人間ではない。人間や他の種族と交わり、妖怪の血が薄くなり、寿命や力がほとんど人間と変わらない者たちではあったが。いわゆる、ちょっとだけ妖怪としての力が使える人間である。
宗次郎の家系の中には人間や他種族はほとんどおらず、純血に近い。寿命ももちろん人間よりも遥かに長い。それでももう自分より年が上の家族が生きていることはほとんど諦めていた。まさか自分の母親が生きているだなんて思っていなかった。
宗次郎はもう二度と会うことはないだろうと遥か過去になんとなく感じていたその者に会えた事実に、段々と実感が湧いてきた。
ーーああ、本当に戻ってこられたのだ
自分が生まれ、育ち、一生を終えると思っていた村に。それはきっと、自分の人生の中でいちばんの幸運だったのかもしれない。人よりも搾取される、支配される人生だっただろう。それでも宗次郎には幸運が訪れたのだ。
宗次郎は自分に縋り付いて泣き震える母を抱きしめ返した。




