第29話 不審な視線②
桜羽は花凛に巻いてある包帯をゆっくり丁寧に外し、傷を見る。身体中についていた浅い傷は全て塞がり瘡蓋となっていた。一番深い肩の傷以外はもう包帯を外していても問題ないだろう。
「一番深い傷以外は全部治ったな。今日から肩以外は包帯も巻かなくていいぞ」
花凛は嬉しそうに声を上げた。
「本当? やったあ」
「ああ。だだし、瘡蓋は剥いたらダメだぞ。また血が出るからな。痛いのは嫌だろう」
「分かった!」
元気な返事を聞きながら、桜羽は懐から大きな葉に包まれた何かを出す。それに気付いた花凛は興味津々に聞いた。
「それはなあに?」
桜羽は包みを解きながら答えた。
「これは傷に効く薬草をすり潰して作った塗り薬だ。昨日のうちに見張り担当のやつが作ってくれていたんだ。本来なら貝殻や木で作った容器なんかに入れる。今はないから葉で代用しているがな」
包みが開くと、葉の真ん中あたりに薄い緑色の塗り薬があり、目や鼻に染みるような香りがしてきた。花凛は思わず鼻を摘み不満を述べる。
「まさかこれをぬるの? ずっとこの匂いがするんでしょ。いやだなあ」
「これを塗っておけば残った傷もきっと良くなる。それに、上から包帯も巻くから今より幾分か匂いはましになるから、少しの間我慢だ」
「うう、頑張る……」
桜羽は花凛の肩の傷口に薬を塗ってやる。傷を刺激しないように優しく塗り広げた後、先ほど外した包帯とは別に用意してあった、洗って清潔にした包帯を動いても解けないように巻く。包帯を巻き終わった後、桜羽は花凛を軽く抱きしめて声をかけた。
「よし、今日の手当てはこれで終わりだ。大人しく座ってられてえらいぞ」
花凛は少し戸惑った表情を浮かべ、黙って抱きしめられていた。桜羽は手当てするごとに大人しくしていた花凛を今日のように抱きしめて誉めていたが、いつも同じような反応をする。それは褒められた時にどう反応して良いのか分からないように見えた。
花凛くらいの年頃の子供が褒められた時に、飛び跳ねて喜び無邪気に笑っていた様子を何度も見たことのある桜羽は、花凛の反応を見て、褒められることにあまり慣れていないのか、感情を表現するのが苦手なのだと思った。だが、普段の様子を見ていると後者よりも前者の可能性の方が高いのではないかとも考える。
桜羽はもう少し力を入れてぎゅっと抱きしめ、おまけに花凛の頭を少し荒めに撫でた。
「わあ、髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよ」
「そしたらまた整えてやる。今は最低限のものしか持っていないから、ご褒美の代わりだ」
花凛はご褒美をもらえる意味がわからないといった様子で聞く。
「なんでご褒美? ほめられることなんてやってないよ。大人しくしてるのはあたりまえでしょ」
「手当てが痛くて暴れる奴もいるし、そもそもお前くらいの子供は常に動き回っている方が多い。おとなしく座って指示が聞ける。それだけで大人は助かるんだ」
「そう……なんだ。でもやっぱりわかんないや。黙って座ってるだけでほめられるなんて」
「そうだな。今はまだすぐに理解できなくてもいい。なあ花凛。これからお前がいくのは今までいた場所とはおそらく全く違う場所だ。今まで普通にやっていたことは実は誉められることかもしれない。これからゆっくり慣れていって、理解していけばいいさ」
説明しているうちに、採集組が帰ってきた。採ってきたのは、薬草や木の実、野草、また狩りや、追手が来た際の撃退に使うための毒草などあまりかさばらないものだ。この中でも毒草と薬草は見た目が似ているものあり、詳しいものが分かるように分別していった。間違えて毒草を薬草がわりに使ったり、食事に混入させたりするような無用な事故と被害を防ぐためだ。
形跡を消す作業も終わり出発するまでのだいたいの作業が終了した。各組の代表が軽く成果を話し合い、その間に残りの者たちは採集したものや荷物を分けて最終確認を行う。
最終確認が終わり、数分もすれば代表たちの成果確認も終わった。一行はまとめた荷物を分担して持ち、一晩野宿をして明かした地を出発した。




