DAY3:根源的な意味合いで
戦闘は苛烈を極めていく。
オーナーはスピード重視の近距離戦闘になると才能がより目立つ。
軽々と攻撃を躱し、カウンターを放ってくる。
ルーインは魔力シールドを作り出して、その裏で技を繰り出すための魔力を練る。
「奪えるもんなら奪ってみなさいよッ!」
「くっ!!」
カカト落としが力いっぱいに振り下ろされる。
魔力を目一杯広げた筈のシールドが、パリンと心地よい音で割れてしまった。
その隙を彼女は逃さない。
空中に魔弾を張り巡らせ、追撃する。
ルーインの体を直撃する魔弾特有の鋭い痛み。
傷ついた左肩を押さえながら後ろに3〜5m退避する。
「あら?もう終わり?
あとは貴方を数日黙らせてこの場所を捨てるだけね」
冷酷でいて、ハイテンションに煽る。
挑発に乗せようと企んでいるような怪しい顔つきで。
「ええ、これで終わりです。
ところで質問なんですが、僕のシールドをなぜ割らせたと
思います?」
「?」
彼女はキョロキョロ足元を確認して、琥珀色をしたシールドのかけらを確認する。
「その隙がダメなんですよ。」
盾の破片は数珠のように彼女の周りに円を描いた。
「…まさか!」
パチンと指を鳴らす。
それが合図だった。
円は収縮し、呆気に取られたままの彼女を拘束した。
地面に倒れる。
「うっ!くっ!この、うーーんっ!こんにゃろう!」
ゆっくりとした歩みで青年は近づいた。
「まんまと引っかかりましたね。
すぐに術を出せないって知ってたのに、僕にチャンスを与
えたオーナーが悪いんですよ?」
彼は悪戯な微笑を浮かべながら本に手を伸ばした。
だが、オーナーはそう簡単に渡すわけにはいかなかった。
断固たる意思で本を掴んでいる。
ルーインは力いっぱいに引っ張る。
でも、びくともしない。
「くそっ!離せこのゴリラ!
拘束だけじゃなくて弱体化までかけてるはずなのになんで
効いてないんだ!」
「嫌よ!
てか、ちょっとルーイン君!言葉遣いが汚いよ!
数日前までの二枚目キャラは何処?!
お母さんそんな子に育てた覚えはありませんっ!」
「オーナーはお母さんじゃない!!」
「そんなの知らないわよ!さっさと諦めて拘束を解いて!」
「じゃあ、本を渡すんだ馬鹿!」
「嫌って言ってるでしょ!」
おままごとのおもちゃの取り合いにしか見えない大の大人がやっているソレは、緊急事態なのに子供の日常にあり得そうな光景のようでいて、とっても奇妙だった。
ま、先生がやってきて怒られるのがオチだが。
というわけで、五月蠅く喧嘩しているのなら奴がやってくるのも仕方がない。
まあ、残念ながら先生じゃなくて、喧嘩に混ぜて欲しい子供みたいな化け物なんですけどね。
二人の前方の木々が綺麗にかつ、いっぺんに切り倒された。
(いつの間に!!!)
驚愕に囚われる男と女。
まず怪物が狙ったのは、確実に仕留めやすいオーナーだ。
空間が捻れていく。
ルーインは彼女を蹴り飛ばして庇った。
代わりに太ももの肉が抉れてしまった。
「ルーイン君!足が…!」
叫んだ理由はそれだけではない。
抉れた箇所から流れた血に濡れた皮膚が、動物の体表みたく黒くブヨブヨしたものに変わっていたからである。具体的に言って河馬のような。
「ああ、これですか。
予想はできていたことですから気にしないでください。」
普通を装っているものの、明らかに我慢している。こうなった理由は不明だが、魂弴力の急な変化に体がついていけてない。彼の肉体が内部崩壊を始めているのだろうとオーナーは考えた。
対して、怪物はこの攻撃は効くと理解し、余裕そうに構えていた。
さっきの攻撃が連続して繰り出される。
至る空間が混ざる、混ざる、混ざる。
ルーインは彼女に攻撃が当たらないように避け続けた。
これでは面白くないと思ったのか、奴は新しいパターンを攻撃に加える。
空間が曲がったまま固定され、そこからクラインの容量で鋭い氷麗を射出しようとしている。
「後ろ!避け…」
あっ…
言葉が届く前に、彼の背中に大量の氷刃が刺さった。
もう彼は動けない。あっさりと終わった。
ああ、昨日は本当に奇跡だったのだなと実感する。
「何よ。上等じゃない。」
逃げたかった。
こんな怪物のために命をかけるなんてアホくさいにも程がある。
めんどくさいことは大っ嫌い。
そして何より、倒せるだろうと自分の力を過信してた。
なんなら自分はもっと嫌い。
だからこそ、こんな目の前でいつも一緒にいた彼が死にかけているのを見てるだけなのは心底ムカつく。
てか第一、なんでクズ親父にこんなやばいのを押し付けられなくっちゃいけないのよ!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛もう!」
向っ腹が立ちまくる。
彼女を拘束していた術は怒りで外れた。
持っていた本を投げ捨てる。
「何よ!!!なんなのよ!」
何を考えたのか、思いっきり本を踏みつけた。
気がすむまで八つ当たりを済ます。満足したのか、ふう、と深呼吸をして、一思いに勢いよく本を開いた。
本は眩しく煌めいて。
時が止まったみたいな感覚とフラッシュバックが連続して起こる。体は質量がないみたいに自由だ。
脳に繰り返し流れる光景。悠久の記憶を体現していた。
道を見た、呪文と知恵を振り絞る人がいた。
加護と邪魔を潜り抜けて旅をする。
その先には…
「天秤…」
天秤に乗っていた。
秤にかけられているのは、私と…
肉塊。
“半分”生きていて、ずっと不気味な声を出している。
ぐちゃぐちゃは角や蛇が所々に混じり、おまけに緑色の炎で眼を焼いている。
違う。こんなはずはないと自身の魂が困惑していた。
自由よりも軽い純白の羽ではなく、肉塊。
絶対におかしい。
天秤からの脱出を試みる。
出来ない。透明なバリアのようなもので覆われている。
パンチや足蹴りでもびくともしない。魔術も使えるが、壁は微動だにせず。
やがて、肉塊から一本の影が出でて、40体程に枝分かれした。彼らは大きくなって円になって上から天秤を傍観していた。
ポカンとオーナーは影を見上げる。
私が小さくなっているのか、それとも彼らが大きいのか。
影の一つが喋り始める。
『我らは42柱の神である。
汝の罪を数えるべく、今ここに罪の否定告白をしてもらおう。本来ならば天秤をかける前に行うが、もはや混沌に飲まれた我らにとっては形式なぞどうでも良い。
効率さえあればそれで良いのだ』
「ふーん。飲まれるねぇ。
そんなんで神聖さを失うくらいにへぼいんだったら、神様
やめたほうがいいんじゃない?」
プレッシャーの反動を表に出さないように、せめてでも自身を保とうと見下した態度をとるオーナー。
『ほう、言うではないか。我らに抗うということだな。ならば汝はもはや此処まで。
下を見るがいい。
今にも喰らおうと天秤の周りを泳いでおる。』
天秤からじゃ見えにくいが、たしかに何かが下で泳いでいる気配がする。
自分が乗っている皿はどんどん降下していく。
恐怖の対象が迫るにつれて、そいつの正体が自動で脳内に入り込む。
なんとなく察しがついていたが、これから私を襲うのは、さっきまで戦っていた奴だ。
古来より人々の畏怖の対象とされた幻獣。
悪しき魂はかの者に捕食され、二度と黄泉還ることはないという人類のオートファジー。
だったもの。
赤黒いあのゲルが原因だろう。渦巻に溺れさせられ、自分が何であったかも忘れて、歪な形でタスクを遂行しようとしている。
大衆は法を敷こうとするが、結局は無為だ。
とっくに廃れたシステム、それこそ別の世界の冥界の概念なんて認識されるはずも無く、死者なんてこないのに。誰かに利用されて、魂を喰らわんとする在り方は哀れみの念さえ抱かせる。
今、殺されようとしているのにも関わらず、彼女はひどく落ち着いていた。
静かな呼吸、静かな瞳で。
「オマエ、私と同じだったのね」
心から沁み出た言葉。
醜さを知っているから、敢えてそこに溺れようとする。
無常に生きようとした結果、むしろ自分が此処に居る意味を喪失し、浮遊して消えゆく。
逆に、目的を見出そうとした途端に行き詰まって、折角出てきたはずの混沌の海に入水し、泳ぎ方を忘れて苦しむ。
奴に放った言葉は、軽蔑や侮辱などではない。かといって祝福や救済でもなければ、激情も要らない。
慈愛といえばいいのか。
彼女が今までしてこなかったことは、自分を受け入れることだった。
とっても単純でとっても難しい。
自身を慈しむ。
その行為は自分の枠を取り外し、曖昧にしてしまうことに等しいもの。我々人間は躊躇する。
人はエゴの塊だ。己を愛せないのだから。
やがて、天秤は底へ堕ちた。
濁り切った水を伝って、奴が彼女を狙う。
しかし、全く恐怖を感じなかった。
腹を括ったともいえるし、受け入れようという姿勢をとったとも捉えられるだろう。
ゲルの中の骨格が顎を大きく動かし、口を開けた。
彼女は両手を大きく広げて、さあ。と待ち構えていた。
もう逃げない。だからって死の道を進むわけじゃない。
「もう、いいよ…」
最初に彼らが触れ合ったのは皮膚同士だった。彼女は巨体を優しく抱きしめた。
朱殷の壁は必死に彼女を拒み続けた。接触している部分が爛れていき、骨が見えるまで融ける。
それでも、彼女は止めない。氷の針が千本刺さっても、体の一部が千切れても。
包み込もうとする両手は絶対に離さなかった。
「やめろ」と叫ぶ声がする。
「無駄だ」と罵る意思がある。
獣は体を振って除けようとするも、取れない。
「こんなに熱いのにひんやりしてる」
まさしく矛盾から生まれる混沌。
受け入れよう。
私の正悪も殺生も。混沌から眼を背けて生きてきたからこそ、その傲慢も自分のモノなんだと。
体温が囚われた獣に注がれ、次第に大人しくなった。
彼女と獣の境界線は薄まって、一つになっていく。獣にあった沢山の目は風船みたいに萎み、骨格は泡を生じさせて小さくなる。
倒すという目的に拘泥したままでは絶対になかった光景。
彼女は自身の形を維持し、混沌の担い手となったのだ。
そこで質量を得た。
世界が廻る。
肉塊も天秤も42の影も、マーブル模様の竜巻に。
一つの解への収束を起こす。
塗りたくられたペンキのようなカオスが剥がれる。
途中、神の模造品達は賞賛を浴びせた。
『人の娘よ、大義だ。混沌を打ち破るとは』
彼女は前だけを見据えて、上から鑑賞していた彼らを直視せずに返事をした。
「違うわ。私は混沌。誰だってそうなのよ。ただ、それをた
またま人が形容しただけ。飲まれるだとか打ち破るだと
か、そういうものじゃない。そこにあって初めて0という
概念が有ることと同じなの」
『その様なものか。我々には判りかねんな。』
その言葉を最後に、彼らの気配はなくなった。渦は彼女の中にコンパクトにまとまった。
残ったのは、空と鏡の様な水。天の蒼さを反射している。
彼女は水面の上にぽつんと立っていた。
「そういうことね。
混沌をわざと裏返しに着てたのは君だったか。だから、あんなに必死だった」
さっきまで怪物が鎮座していた場所には、暗い顔で下を向いて、三角座りをする裸の青年がいた。
「ここにいても仕方ないわよ?」
「いいんだ。ボクのせいだ。ボクが帰ったって…」
「ここは綺麗すぎてしんどいと思うけど。
それに紆余曲折あったけど、誰も死んでないじゃない。また日常を送りたいなら立つのよ。
少なくとも私はいつも君を必要としているんだから」
「それでいいの?」
「それでいいの」
頷いて彼女はこう続ける。
「でも、どうするかは君が決めなきゃ。
私は先に戻ってる。
死なずに済んだけど、この本と君の元々の体との同期が切れただけだからね、根本的には解決してないし」
彼女は歩き始めた。この無限にアテがないような場所から、次の行き先までの道を手繰り寄せているのだろうか。
歩くたびに波紋が美しい輪を描いていた。
ブラックホールに飲み込まれたように、意識が気が遠くなるまで引き延ばされ、オーナーは森で意識を戻す。
本からの光は消えて、ただの本に変化した。
同期が強制的に解除された影響か、残った課題も活動を停止していた。
ここで決める。受け入れたからこそ、ピリオドを討とう。
詠唱の第一声は決別の覚悟を。
「____黒き無貌に面し、月に眼をそらすことなく。受け取る
のではなく、その忘却を我が者として享受す。フルートの
音は規則も時間も制し、遙かなる闇を齧る。ここに知
恵ありけれど、波には負く。
ならば。
黒き混沌を始まりの三染に分ち、白き星辰に交ざらん」
…魂が燃える。
善と悪を超越して、体が銀河になる。内側から更新する。
地面に白色の魔法陣が現れ、髪が上昇した風によってあおられる。
発動のスイッチはトリガーを弾くようにして。
「超えろ!」
解き放つ。
魔法陣は私を含んだまま赤い靄を切り裂いて、黄金の月と一直線に繋がる。その光の筋が綻びを魅せた時、新生する。
新しい風が森を揺らす。
茶色かった髪はラピスラズリの色に、虹彩はエメラルドにして、体には紅蓮の刻印が現れる。
両手には白き炎を携えて、完全なる殲滅をもたらさんと駆けていく。
空中できりもみ回転を効かせて白い火の玉になる。
一筋の純白の矢が血溜まりの怪物を射る。
「これで、最後ッ!!!!」
怪物の体が焼き削れる。痛みで目を醒ました彼は、最期の抵抗として自爆の為に構成物質を加速させた。
「遅い!」
そうして、彼は貫かれた。
永遠に続く筈だった呪いが終わった。
悪意から解放された幻獣は元の尊厳のある姿に変化し、地面に落ちて開きっぱなしになっていた本の中に消えていった。
「あー疲れたあぁ…」
肩の荷がおりたことを確信し、仰向けに倒れた。
手のひらを見たがさっきのような力はもう無く、白い炎は初めからなかったのように消えていた。髪も元に戻っている。
手はそのまま空にかざしてみた。5日ほどずっとかかっていた赤いモヤに慣れていたせいか、久しく見えなかった星空がとっても綺麗だった。
「さてと、ルーイン君。どうなった?」
立ち上がった彼女は、まだ返事がない、黙ったっきりの抜け殻に対して独り言のように質問した。
「………………」
少し顔を横に向けて、夜風にあたる彼女だった。
いつも適当に書いているので、ここおかしくね?とかあったらバンバン言って欲しいんですが、そこの領域まで行ってないと言うか、見られていないと言うか。活動報告で言っていることと矛盾していますが、やっぱり評価してもらえるってことほど良いことはないんじゃないかなと思います。
(特別誤訳:私、気になります!と私は叫ぶ)