砂漠の門にて。
広い広い砂漠と、のびのびと生える緑の境界線に立派な壁が連なっていた。それは太極の狭間のように長かった。
とは言っても、くぐるための門は一つだけしかなかった。
「暑いがもう少しの辛抱だ。例の門が見えてきた。」
地平線に沿って人工物が顕れる。
しかし、安心はできない。
門に来る際には必ず守らなければならないルールがあった。『冗談でも絶対に門番の質問に答えてはいけない』というものだった。
その理由を初めてここにきた俺たちは知らないが、砂漠に入る街の前で教えてくれた人々が多くを語らなかった分、碌なことにならないのは十分承知できたのだった。
砂塵が舞う中、ひとりの仲間と商隊を組み、ラクダと共にこの砂を踏んでいく。
ただ、もう少しの辛抱とは言ったものの、近いわけではなかった。砂と空以外何もないからこそ見えたのである。
空が赤紫色に染まる頃、門に到着した。
門を開ける前に砂を落としたり、準備をする。
「ん?何だ?」
仲間の一人が近くで何かを発見したらしい。
駆け寄ってみると、剣の入った鞘に包まるようにして目を瞑っている老人がいた。
頬には傷、加えて痩せ細っており、服はぼろぼろで賤しい格好をしている。
死んでいるのか。仲間が肩を揺すってみる。
すると、皺が深く入った目尻を上げ、片目だけを開けてこちらを一瞥した。
しわがれた声で言う。
「人を殺したことがあるか」と。
あまりにも突然出会ったので、呆気に取られていたが、段々と冷静さを取り戻していくうちにさっきのことを思い出した。
(このご老人が門番!)
仲間に知らせようとするも、彼は「いや、ない。」と答えてしまい、遅かった。
「………」
老人は何も言わずに睨みだし、そこから一切の会話がなくなった。
「お、おい」
一歩前にいる仲間の顔を覗き込む。
様子がおかしかった。
顎が外れて泡を吹き、目玉が飛び出しそうになっていた。
身体中の関節という関節がありえない方向に曲がり始めていた。
血の気が一気に引く。
「バレたか」
仲間が発したとは到底思えない、地獄の底から聞こえてくるような声がした。
仲間だったそいつは、もはや人のものではない膝を屈伸させて、逃げるための跳躍を行うも、門番は一瞬の隙間すら作らなかった。
鞘から抜刀した鋭い剣は、高速で仲間だったものを切りわける。血は出ず、断面は黒く塗りつぶされている。
そのまま空中で黒い塵となって、砂と共に消えた。
「あ、あの」
「怪はこの老いぼれだと思ったのだろうが、残念だったな。
なに、気にするでない。お前の連れは手遅れだった。悪霊に取り憑かれていた。
死者が彷徨うこの土地にはいっぱいいるからな。
狂った仲間の気配を知った今ならはっきりわかるだろう。お前も後ろから狙われていることに」
ハッとして背後を振り向きかけたが、生々しい雰囲気を感じたので止めた。
「すみません。ありがとうございました。」
「もうじき日が暮れる。早く行け」
お礼を拒否するように俺の荷物を押し付け、フンと鼻を鳴らして、緑が満ちる方に突き返した。
ギギギ…と門が閉まる音がする。
不毛の大地は閉ざされた。
残ったのは俺と、二人分の荷物とラクダだけ。
残らなかったものは仲間と砂と、気味の悪い気配だった。
一回こういう殺伐としたものも書いてみたかったので、短編の一部として出してみました。砂食ってるみたいな味気ないようなものになっていると嬉しいです。