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チェス盤の準備その3

 立花市の名家である雪村家の次期当主である雪村忍は、薄暗い地下室にいた。鼠達の群れが排気口の中を慌ただしく駆け巡っている。こんな汚らわしい場所に女子高生が好き好んで来る筈も無く、彼女は今時珍しい、漆黒のような長い黒髪を白いリボンで後ろで一本に結んだ、所謂ポニーテールを揺らしながら念じた。


(コール。我が身を贄に混沌に沈められし偽りの神々に命じる。我は世界と世界を結ぶ境界なり。汝らが己が渇望を満たさんと欲するのであれば、この声に応えよ。人が造りし神に我が命じる。この声に応えよ)

 奇妙な呪文だった。忍は祖父の鳳仙から命じられるがままに膝を折って、両手を組むと、瞳を閉じてひたすらに呪文を心の中で唱え続けた。


 女性にしては背が高く、凛とした美人がこうして懸命に何者かに対して祈りを捧げていると、何だかそれだけで絵になるようだった。


「ふっ、やはり私には無理だったか」

 忍は自嘲気味にそう呟くと、床に放り出していた鞄を拾って、表面に付いた土を払いながら、こんな所には一秒でも居たくないと言わんばかりに、せっせと踵を返して歩き始めた。その時である。突然、背後から青白い光が差し込み、彼女の歩く先を照らした。振り返ると、床には大きな青い魔法陣ができていて、その中心部から突然、彼女と同じぐらいに長身の金色の長い髪をした女性が現れた。


「あ、ああ…」

 忍は思わず腰を抜かした。剣道部の首相で、後輩からは裏で鬼などとあだ名を付けられている自分が何というザマなのだろうと、情けなく思いながらも、立ち上がることができないでいた。


 恐怖は無い。ただ目の前の存在が美し過ぎたのだ。白い透き通るような肌に、筋の通った高い鼻。長い睫毛に射抜くような碧眼。髪の毛と同じ金色に輝くビスチェ風の甲冑を纏うその女性は、谷間から覗かせる豊かな乳房を揺らしながら現れたのだが、不思議と下品な印象は無かった。とにかくその荘厳さ、美しさは見る者の心を捕えて離さない。忍は同性でありながら、女性の姿を見てうっとりとしていた。


「声に応じて降臨しました。知恵と美と戦いの神アテナと申します。私を呼んだのはあなたですか?」

「あ、ああ…」

 忍は言うべき言葉を忘れていた。そうしている間にもアテナはゆっくりと床の上を歩いて、彼女の方へ向かって来ている。

「あなた美しいですわ。思わず嫉妬してしまう程に」

 アテナは自分の美しさを棚に上げて忍にそう言うと、もう彼女の目の前に来ていた。


「その美しい顔を良く見せて」

 アテナは言いながら両手で彼女の頬を優しく挟んだ。

「あなたが、アテナ様?」

「ふっ、アテナで結構ですわ。今の私と今の貴方は対等ですからね」

 アテナはそう言うと、唇に小指を当てて笑っていた。そして右手を天に向けると、眩い光と共に、青と金色の大きな盾を取り出して、それを忍の足元に落とした。


「こ、これは…」

「眷属神器ですわ。神器には2種類あるのは知っていますわよね。1つは伝承神器。召喚された神々が持つ奥の手。そしてもう一つは神々を召喚した者に与える眷属神器。このアイギスが私の貴方に譲渡する契約の証です」

「折角ですが私には必要ありません。私には刀があります。今は持っていませんが家にあります。私はそれで戦う」

「ほう、では貴方はその剣を持って私を護るナイトの役割を担って下さると言うのね。でも、神々の戦いに神器無しで挑むは自殺行為ですわよ」

「構いません。慣れない得物を使って自滅するよりは、こちらの方が都合が良い」

「あら、言いますわね」


 アテナは目の前にいる少女を見ながら、同じ年齢ぐらいの別の女性を思い浮かべた。


(あの娘もこんな黒髪をしていたわね。それにしても似ているわ)

 アテナは床に刺さっているアイギスに触れると、アイギスは光の粒子となってその場から消失した。

「さて、貴方は私を呼び出した。それがどういう意味かお分かりですわね」

「はい。私は一族の悲願を叶えたい。雪村家がこの辺境に根を張って百年。全てはこの時のため。私が当主になろうというこの時に巡り合わせたのは運命です。私は封神計画を完終させたい。そして、一族の霊を弔い、彼らの生は決して無意味では無かったのだと、墓前で伝えたいのです」


 忍の切実な願いにアテナはニコニコと微笑んでいたが、内心苦々しく思っていた。この儀式は言うならばルール無用の殺し合いだ。一度参加を表明すれば最後まで勝ち残る以外に生き残る術は無い。この戦いには途中リタイアは認められていないのだ。参加したが最後、一組を除いて他の神も人も全て死に至る。

 

 参戦した神は良い。死んでもそれはこのゲームに敗北しただけだ。彼らの魂は元居た神話世界に戻り、次の召喚を待つか、それとももう人間の召喚に応じないこともできる。しかし関わった人間はそうは行かない。救われぬ魂は三途の川を渡り、二度とこの地上に還ることは叶わないのだ。


「少し頼りないですわね」

「え?」

「いえ、何でもありませんわ」

 アテナは一瞬自害しようかと思った。契約な完了していない今ならば間に合う。一族の悲願などと言うあまりにも弱々しい、他人の夢の代行者では、この先生き残ることはできないだろう。


 契約が完了してしまえば、二人は赤い糸と呼ぶにはあまりにも生々しい生命のパスで繋がることになる。どちらかが死んでも負け。片方が滅びればもう片方も一緒に滅びることになる。まさに一蓮托生。生死を共にする契約なのだ。


「アテナ。あなたの渇望も聞かせてくれませんか?」

「ふっ、私の渇望ね…」

 この少女に言っても分かるまいとアテナは首を振った。

 目の前にいる頑固そうな娘は自分が目的を語った以上、彼女も自分の渇望を明かさなければ許さないだろう。そう思うと、目の前の少女が可愛らしくもあり、反面憎たらしくもあった。


「私は所謂嫉妬の神としての側面も持っていた。自分に並び立つ存在を許さず、多くの神や下々の者達の生を狂わせた。その過去を全て無かったことにする。私が蜘蛛に変えたあの娘や他の娘達を元の姿に蘇らせて上げることこそが私の渇望…」


 アテナは言いながら目を閉じていた。涙が頬を濡らす。この少女に言われて再認識したことが一つある。それは、この少女を贄にしたとしても、自分には叶えなければならない渇望があるのだと。

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