チェス盤の準備その1
封神計画。それは神々の魂を封神台に捧げて天上へ至らんとする儀式。それがこの現代まで脈々と受け継がれていた。この日、日本有数の温泉街であり、かつては銀が掘れるということでいくつもの炭鉱を持つ町、立花市にある立花山の頂上でそれが行われようとしていた。
時刻は深夜0時、二人の老婆と老爺が互いに向き合っていた。両者の前には巨大な祭壇が設置されていた。
「ババア、お互いに耄碌したなぁ」
白髪の小柄な老爺がニヤリと無い歯を見せて笑った。背丈は子供ぐらいしか無く杖を付いている。目は見えていないのか、睫毛は伏せられたまま瞳は閉じられていた。
「だが、それも今日で終わりよ。この封神台に焚べられし魂が、我を永遠へ導いて下さる」
老婆はそう言うと、手にしていた杖の先端を老爺へ向けた。
「死ねぃ」
杖の先端が開いた。どうやら仕込み杖だったらしい。中からビュッと一本の矢が飛び出した。
瞬間、黒い暴風が巻き起こり、矢は老爺の眉間を捉えたものの、ソレに防がれ折れてしまった。見ると、暴風では無く黒いマントであった。老爺を守護するように黒ずくめに銀髪の若い男が立っている。男は碧眼を光らせると、その手には朱色の長い槍が握られていた。
「ババア、抜かったな。既にこちらは召喚に成功しておるわ。のうオーディン」
老爺はそう言うと、顔面蒼白になっている老婆を見ながらほくそ笑んだ。
「相変わらず詰めの甘い女よなぁ」
「いや、甘いのはお主の方じゃ、鳳仙」
老婆は老爺の名を口にした。同時に、彼によって召喚されたと思われるオーディンなる若い男が、老婆を睨み据えたまま、手先で槍を弄ぶと、そのまま背後にいる鳳仙なる老爺の首を刎ねてしまった。
老爺の首は宙を舞うと、そのままコロコロと地面の上を転がっていた。そして首の切断部からは、この小柄な皺だらけの肉体の一体どこにこれ程の血液が蓄えられていたのか、不思議な程の大量の鮮血が、噴水のように噴き出していた。
「ご苦労じゃ主神よ」
老婆がそう言うと、主神と呼ばれたオーディンは退屈そうに目を細めた。
「貴様のためでは無い。我が渇望のためよ」
「渇望ねぇ。北欧の神々の頂点に位置しているお主が今更現世に戻って来てまで何を望む?」
「知れたこと。貴様も我の最後は知っておろう。ラグナロクの再演だ。我を裏切った者共への復讐もあるがな。あの大戦を生き延びて我は本当の神となる。貴様には召喚主として敬意は払うが、我が夢を邪魔するようならば、貴様からヴァルハラに送るので覚悟しておけよ」
血に飢えた堕ちたる神はそう言って、手に持っている槍を空に向けた。同時に槍は粒子となり消え、空気の一部と化した。
封神計画が始まろうとしていた。