5:第5話
衝撃的な告白から、一週間が経った。
どうやらセリクがララムのことを好きだというのは、夢でも幻でもなかったらしい。
「ララム、一緒に帰ろうね」
「ちょっ! セリク、近い、近い!」
騎士学校でいつも通りの授業を終えると、ララムの席にセリクが飛んできた。
そしてララムの頬に手を添えて、蕩けるような甘い瞳で見つめてくる。
クラスの人がこんなの見たら驚くだろうと、ララムは思っていたのだけど――。
「ああ、やっとララムに告白したんだな……」
「ララム、鈍感だもんな……」
「頑張れ、セリク……」
みんなセリクの気持ちを知っていたらしい。というか、そうならそうと誰か教えてくれても良かったのに。気付いていなかったのはララムだけとか、恥ずかしいにもほどがある。
ララムは頬を火照らせながらも、なんとかセリクの手から逃れた。
「分かった! 一緒に帰るから!」
「うん。……あ、手とか繋ぐ?」
「繋ぎません!」
鞄を持って、ララムはさっさと歩きだす。セリクは残念そうに口を尖らせているみたいだけど、そんなの知らない。
「でも本当に、いつから私のこと好きだったっていうのよ……」
「言ったでしょ、十年前からって。野犬に襲われそうになっていた僕を、ララムが助けてくれて。その後、おんぶして帰ってくれたよね。あの時からだよ」
「あの時から? えぇ……どこに惚れる要素があるってのよ……」
ララムは首を傾げた。
ちょっとピンチだったところを助けただけではないか。
そんなことで惚れるなんて――この幼なじみ、ちょっと単純すぎではないだろうか。
「あの時のララム、すごくかっこよかった。僕、ドキドキしたもん。それに、ララムの背中温かかったし、とっても良い匂いがした……」
やっぱりこの幼なじみ、綺麗な顔をした変態なのではないだろうか。
「もう! それならなんで、毎日お姉ちゃんに花なんか渡してたの?」
「だって、ララムに直接渡すの、恥ずかしかったんだもん」
「このヘタレ! そこは頑張りなさいよ!」
「うう、ごめん……。あ、でも、ミレディさんは僕の気持ち知ってるから、ちゃんとララムの部屋に飾ってくれてたでしょ?」
確かに。
なんでセリクからの花を全てララムの部屋に飾るのかという謎が、今、ようやく解けた。
(けど、お姉ちゃんも知ってたなら教えてよ……。十年も勘違いし続けてたなんて、すごく恥ずかしいじゃん、私……)
もう、なんだか穴があったら入りたい気分になってきた。どこか良い穴はないかと思わずきょろきょろしてしまう。
「ララム、何きょろきょろしてるの? よそ見してると危ないよ?」
「え? ああ……穴がないかなと思って。あ、あそこに良い感じの穴が」
帰り道の途中。小道を少し逸れたあたりの草むらの中に、人がひとり入れそうなくらいの穴があった。ララムはふらふらとそこへ足を向ける。
「何やってるの、ララム。危ないから駄目」
セリクに腕をぐいっと引っ張られた。そして、その勢いのまま、ぎゅっと抱き締められる。
「僕の傍から離れないで」
紫水晶の瞳が、じっとララムを見つめてくる。顔と顔がすごく近い。ララムは一気に赤面した。
「セ、セリク! だから近いってば……!」
「うわあ、真っ赤になったララム、すっごく可愛い!」
セリクが輝く笑顔を見せ、声を弾ませる。そして、ララムの額に軽くキスを落としてきた。
「な、なにするの!」
「あ、ごめん。ララムが可愛すぎて我慢できなかった」
――この子、こういう子だったっけ? というか、なんか立場が逆転してない?
セリクの唇が触れたところが、すごく熱い。心臓が馬鹿みたいに暴れてしまって、まともに立っていられなくなる。
へなへなと座り込むと、セリクがきょとんとした顔をした。
「ララム、大丈夫?」
「これが大丈夫に見える? もう、足に力が入らないじゃない!」
「キス、嫌だった?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
もごもごと口ごもりながら答えると、セリクは嬉しそうにくすくす笑った。
「良かった。じゃあ、僕が家までおぶってあげるね」
「いや、それは……」
「心配しないで。僕は男だよ? 好きな女の子くらい、ちゃんと運べるよ」
セリクがララムの前に背中を向けてしゃがみこむ。
その背中は思ったよりも大きくて、すごく頼もしく見えた。しっかりした一人前の青年の背中だった。
ララムがずっと守ってあげようと思っていた男の子は、いつの間にか、守られてばかりの存在ではなくなっていたらしい。
もちろん、まだまだ情けないところも多いけど。でも、彼は彼なりに努力して、ララムの力になろうとしてくれている。なんか、ちょっとだけ感動した。
ララムはセリクの背に乗った。すると、セリクはララムを軽々と背負い歩きだす。
夕暮れの田舎道。長く伸びる、二人の影。
ぎゅっとセリクにしがみつくと、ふわりとセリクの優しい香りがした。ああ、この匂い好きだなと、くんくん嗅いでしまう。
「ちょっと、くすぐったいよ、ララム……」
困ったようなセリクの声がした。彼の耳は真っ赤になっている。
(あ、しまった! これじゃ私も立派な変態じゃん!)
でも――まあ良いかと流すことにする。セリクとはもう十年以上の付き合いだ。少しくらい変態でも許してくれるだろう。
「……ところで、ララム。僕、ララムのことが好きって告白して、付き合ってほしいってお願いしたわけだけどさ」
「うん」
「返事、まだもらってない」
そうだったっけ? ララムは茜色の空を見上げた。
まあ、ララムは言うまでもなくセリクのことが好きなんだけど。でもここで、あっさり気持ちを教えてあげるのは、なんだかちょっと気が進まなかった。
両想いだと分かった瞬間、セリクは今以上にぐいぐい来る気がする。
そうなったらもう、確実に立場は逆転するのだろう。
それはちょっと、悔しいというか、なんというか。
「うーん、まだ悩み中かな……」
「ええ! ぼ、僕、ララムに振られたら生きていけないよ! これからは花もちゃんとララムに渡すようにするし、ララムの好きなお菓子も作るし……!」
必死なセリクに、思わず噴き出してしまう。
(本当に、セリクは私のことが好きだったんだなあ)
セリクは、ずっとずっとララムに一途だった。
ララムも、ずっとずっとセリク以外の男の子なんて見えていなかった。
お互いに気付いてなかったけど、きっとずっと、両想いだった。
「僕、本当にララムが大好きなんだ! 好きなのは、ララムだけなんだ!」
「うーん、どうしようかなー?」
セリクの背中は温かい。夕暮れの風が気持ち良い。
ララムはそっと目を閉じる。それから、その温かな背中に頬をすり寄せ、小さく笑みを零した。
大好きな幼なじみが最愛の恋人へと変わるのは、きっと、もうすぐのこと――。
鈍感。勘違い。幼なじみの立場逆転。こういうのにも、すごく萌えます♪
ちゃんと二人が両想いになるところまで書きたいので、明日おまけ話を追加します。
セリクから見たララムのお話です♪