2:第2話
十年の時が経ち、ララムは十七歳になった。
おてんばぶりは相変わらずで、憧れの女性騎士となるために騎士学校へと通っている。
凛々しく強い騎士になるのが、今のララムの目標だ。
「おはよう、ララム。あら、また派手な寝癖ね」
「あ、お姉ちゃん! おはよう!」
二十歳になり、より美しい女性へと成長した姉ミレディが、ララムの寝癖を撫でてくる。
ララムは今日も眩しい美人な姉に撫でてもらって、上機嫌で目を細めた。
この素晴らしい姉は、いまだに独身。彼氏などもいない。
いや、もちろん男たちから猛烈なアピールをされてはいるのだけど、姉はそれに気付いていない。
なぜかって? それはもちろん、ララムが鉄壁の防御をしているから。
世界で一番素晴らしい姉の隣には、その辺の男なんてふさわしくないのだ。
ララムは姉が作ってくれた絶品の朝食をもきゅもきゅ食べながら、ふふんと笑った。
とその時、玄関のドアがノックされた。姉がぱたぱたと駆けていく。
「あら、セリクくん。おはよう」
「……あ、ミレディさん、おはようございます。……あの、これ」
やって来たのは幼なじみのセリクのようだ。ちらりと玄関の方へ目を遣ると、セリクが頬を染めながら、姉ミレディにピンクの花を一輪渡しているのが見えた。
(なんというか、セリクって一途だよねえ)
食後のお茶を一気飲みして、ぷはっと息を吐き出す。セリクがこうやって花を持ってくるのは初めてではない。もう何年も前から続く日課だ。
姉はいつも笑顔で花を受け取り――なぜか、ララムの部屋に飾る。
(お姉ちゃんにその一途な想いは、微塵も届いていないみたいだけど)
十七歳になったセリクは、美青年へと成長していた。ふわふわの金髪に、相変わらず綺麗な紫水晶の瞳。ぱっと見た感じ、王子様みたいに見える。
まあ、中身は相変わらず気弱で頼りないのだけど。
ララムは自慢の姉とこのセリクが並んでいるのを見ると、お似合いすぎてにやにやしてしまう。早くくっついてくれないかなと、毎日じれじれしている。けれど、セリクはヘタレだし、姉は鈍感だしで困る。
「ララム、一緒に学校へ行こう」
「あ、うん!」
セリクの声に慌てて返事をすると、鞄を持って家を飛び出す。そして、セリクと並んで騎士学校に向かって歩きだした。
「ああ、今日は模擬試合の日だっけ。気合い入れないとねー」
「……僕、試合は苦手だな」
「なら、騎士学校じゃなくて別の学校に行けば良かったのに。セリク頭良いんだから、そっちの方が良かったと思うよ?」
なぜかこの幼なじみ、ララムと同じ騎士学校に通っている。たぶん、ララムの傍にいれば、ミレディとも自然に話すことができるからだと思う。
(そんなことしなくても、全然大丈夫だと思うんだけどな)
たとえ違う学校に行っていたとしても、家は隣なんだから。いくらだって、やりようはあるはず。
それに、ララムと同じ学校に行っているからといって、現状維持がせいぜいだ。
――そろそろ、本気でなんとかしてあげないといけないのかも。
ララムは隣をのほほんと歩く幼なじみを見上げ、はあ、と大きなため息をついた。
模擬試合の日は、家族や友達などの観戦が許されている。
訓練場の観客席に、姉ミレディの姿を見つけたララムはぴょこんと飛び跳ねて喜んだ。
「お姉ちゃーん! 見に来てくれたの? 嬉しい!」
「ふふ、ララムったら。あ、これ、差し入れ。レモンケーキなの」
「ひゃあ、可愛いケーキ! おいしそう! ありがとうー!」
お菓子作りが趣味の姉ミレディ。その姉が作ってくれたレモンケーキなんて、絶対おいしいに決まっている。
ララムはレモンケーキの入ったかごを掲げて、くるくると踊った。
そうしていると、同じクラスの男子生徒が周りに群がってきた。花が咲くような笑顔を見せる美しい姉とお近付きになりたいらしく、みんな目が異様に輝いている。
「ララム……この春の女神のように美しい女性を紹介してくれよ……」
「嫌だよ! あ、こら! お姉ちゃんに近寄らないで!」
「ケチだな、ララム。じゃあ、そのケーキを分けてくれよ……」
「嫌だよ! これは私が全部一人で食べるんだもん!」
ふんっと鼻を鳴らすと、男子生徒たちは不満げな声をあげた。
「じゃあ、模擬試合で勝ったらそのレモンケーキを食べる権利を得られる、ということにしようじゃないか……」
「なんでよ! これは私の!」
「試合に勝つ自信がないのか、ララム? 情けないな……」
「はあ? 何言ってるの? 勝てるし!」
上手く乗せられてしまったララム。姉のレモンケーキは優勝賞品になってしまった。
なんか遠くにいるセリクが、こっちを悲しそうな目で見ているような気がする。
(……セリクも、レモンケーキ欲しかったんだね。悪いことしたかな……)
でも、まあ仕方ない。ここはララムが優勝して、セリクにレモンケーキを分けてあげることにしよう。
――そう、思っていたのだけど。
「あいつら……本気すぎるでしょ……」
模擬試合は、散々な結果だった。美女の手作りレモンケーキは、男たちを本気にさせ、地獄のような攻撃を繰り出させた。
ララムは男たちの執念に勝てなかった。悔しすぎる。
擦り剥いた膝を手当てしながらギリギリと歯噛みしていると、そこにセリクがやって来た。
やっぱりどこか悲しそうな目をしている。
「あ、セリク! ごめんね、負けちゃって。次は絶対勝ってみせるから!」
明るくそう言ってみせたけれど、セリクの表情は晴れない。
(そんなに食べたかったのかな、レモンケーキ……)
今度の休日にでも、もう一度姉にレモンケーキを作ってもらった方が良いのかなと思案する。姉は優しいから、きっと頼めば作ってくれる。
「あ、あのさ、セリク」
「ララム、膝見せて。僕が手当てするから」
「へ? ああ、ありがとう」
セリクは難しい顔をしたまま、ララムの膝の手当てをしてくれる。ララムは不器用な上に雑なので、丁寧に手当てをしてくれるセリクの存在はとてもありがたかった。
手当てをするセリクの手つきは優しい。膝の手当てが終わると、今度はララム自身も気付いていないような小さな傷を消毒してくれる。
「こんな小さな傷、ほっといたら治るのに」
「駄目だよ、跡が残ったら大変でしょ。……ララムは女の子なんだから」
その辺の女の子よりも綺麗で可愛い顔をしておいて、よく言う。ララムはつい噴き出してしまった。
やっぱりこの幼なじみは、ララムのお気に入りだ。ララムは改めてセリクの恋をしっかり応援してあげようと決意し直すのだった。